013: 仮面 -- 闘技場にて

 それからもセンリとカナギは獅子奮迅の活躍をし続けた。剣の読み合いを制し続けるカナギは特に注目され、弓や魔法などの飛び道具すら難なくかわし切るその姿は、中継を盛んに賑わせた。

 一方カナギの影に隠れたセンリは、注意がカナギに逸れることでむしろいつもの調子を取り戻し、より的確な動きをするようになっていった。

そしてついに二人は大した苦戦もしないまま、残り数戦というところまで上り詰めたのだった。

 何回目かの試合を終え受付エリアに戻った二人は、ついに周りにいるのが自分たちを含めて数人しかいないことに気が付いた。


『今ここにいる皆様はセミファイナリストになります。以降の試合は一試合ずつ行います』


 静まり返ったその空間に機械的な声が響いた。センリはぐっと唾を飲み、張りつめた空気に呑まれないように深呼吸を繰り返した。


『セミファイナルの対戦カードを発表いたします。セミファイナル第一試合の出場者はセリア、ブッファチームと……』


 センリがそっと会場を見渡すと、黄金の髪を退屈そうに弄っているカーマの姿があった。


『センリ、カナギチームになります』


 アナウンスに名を呼ばれ、はっとセンリは意識を戻した。


「お、早めの出番か」


 カナギは事も無げにそう言って身体をぐっと伸ばした。少し強張った顔で頷いたセンリは、ふと背後から何かが近づいているような気がしてばっと振り返った。

 そこにいたのは異様な仮面が目を引く二人組だった。どちらも同じ形のスーツを着ており、彼らの間の連帯意識が高いことが伺えた。

 豆電球のような形の仮面を着けた方が一歩前へ出た。その仮面の大きな頭の部分は金の装飾で縁取られ、まるで知性溢れる脳を表現しているかのようだった。


「初めまして。『仇花の宿』の新顔さん」


 彼はカナギだけを見つめてそう言った。視界の外に追いやられたセンリは彼らの出方を窺いながら、カナギを心配してそっと傍に寄った。


「次の対戦相手の人ですか」


 カナギは冷たい顔になってそう尋ねた。彼がここまで警戒心を見せるのは珍しかったが、相手の仮面の仰々しさがそうさせたのだろうとセンリは思った。

 大きな頭の仮面の方は、黄色いネクタイをさっと直して恭しく言った。


「ええ、その通りです。私はセリア。あなたの同業者です」

「同業者?」


 カナギは不可思議そうに眉をしかめた。セリアは試すようにこちらを眺めるだけで答えようとはせず、センリは自分が彼らを知っていることを知られたくなかったが、仕方なくそっとカナギに耳打ちした。


「あいつらはテルスミアに拠点を置くギルド『マスカレード・ファミリア』の連中や。仮面がトレードマークで、『仇花の宿』と同じくPK行為で稼いどる」

「なるほど」


 カナギも小さい声で返した。

 そのやり取りをどう見たのかは分からないが、セリアは芝居がかった動きでゆったりと腕を上げ、もう一人の仮面の者を示してみせた。


「こちらはブッファです。さあブッファ、もう喋っていいですよ」


 ブッファと呼ばれたその存在は、セリアのその言葉に弾かれたようにあたふたと一歩前へ出た。トランプの柄によく描かれるような道化師を模した仮面を着けており、ネクタイもそれと合わせているのか赤と黒のダイヤ柄になっている。


「喋っていーい? 喋ってもいーい?」

「そう言っているでしょう。挨拶をするのです」


 ブッファの口調はずいぶんと幼かった。しかし体格はセリアとほとんど同じで、その外見と内面のあまりの隔たりにセンリの思考は混乱した。


「僕はブッファ! マ……『マスカレード・ファミリア』の、”道化師”!」


 彼は元気よくそう叫んだ。それを見守っていたセリアはくるりとこちらを振り返り、補足するように穏やかに言った。


「私は”司書”と呼ばれています。知識の集積と体系化こそ私の役目……」


 セリアの仮面がつるりと輝いた。その金縁の目の奥には闇ばかりが満ちていて、その表情も何もかも窺うことはできなかった。


『間もなく第一試合を開始いたします。転送開始まで残り5分』


 アナウンスが割り込むように聞こえてきた。


「それでは我々はこれで。また後でお会いしましょう。カナギさん、センリさん」

「ばいばーい!」


 セリアはブッファを連れて歩いて行こうとした。しかしすぐに振り返り、悪戯そうな声色で言った。


「あ、そうだ。私とブッファは双子なんですよ。戸籍上はブッファが兄です」


 たったそれだけを言い残し、セリアは颯爽と立ち去った。

 彼が何故その情報を残していったのか。センリはぐるぐると渦巻く思考を止めようとして歯を噛みしめた。

 ただこちらの動揺を誘っているだけだと理性は結論付けていた。そもそもブッファの行動もセリアの言葉も、真実かどうか分からなかった。しかし感情が、センリ自身の兄のことを想起するのを止められなかった。


「兄さんのことを知っているはずがない……だって……」

「センリ? 腹でも痛いのか?」


 どうやら考え事が口から出ていたらしく、いつの間にか不思議そうな顔をしたカナギがセンリの顔を覗き込んでいた。

 センリは慌てて取り繕った笑みを浮かべ、カナギを安心させるために明るい声で言った。


「……全然! 凄い仮面やなって思っとっただけ」

「だよなあ。俺も思った。あんなに豪華な仮面も作れるのか、この世界は」


 カナギはセンリの言い訳に乗ってそう言った。その声色は柔らかく、きっと彼はただ見過ごしてくれているんだろうと、その藤色の優しい瞳を眺めるセンリは内心呟いた。

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