012: 初陣 -- 闘技場にて

―――――


 仇花の屋敷はいつにもまして活気があった。

 普段はマガミばかりが使う広い座敷間には数人のギルドメンバーが集まり、その中には目を輝かせるヨウの姿もあった。

 彼らの視線の先には、液晶テレビを模した家具が置かれていた。その画面にはイベントの様子が中継されており、戦いが始まる前の緊張感を伝えている。

 テレビに食い入るような集団の後ろに胡坐をかいて座ったマガミは、浮足立つメンバーに言い聞かせるように声をかけた。


「カナギの戦い方をちゃんと見とけよ。対人戦の参考になる」

「はい!」


 ひと際大きな声で返事をしたのはヨウだった。ギルドメンバーではない彼が最もやる気を見せていることに、マガミはため息を吐いた。

 ふいにメッセージの着信を示すアイコンが表示された。それはセンリからのものだった。


『うちを敵対視してんのが八人。うち二人はテルスミアのPKギルドや。残りはうちの誰かにPKされたんちゃう? 知らんけど』


 そして彼は続けて言った。


『あとカーマは小さい女の子を連れとる。シスコン拗らせすぎてロリコンになっとるわ。早めに逮捕しとき』

『分かった。カーマについては、厳重注意に留めておこう』


 そう返信したマガミは、また苦い顔でため息を吐いた。

 再びメッセージが着信した。今度はマサからのものだった。


『ドクターと合流しました。センリくんもカーマちゃんも出るんですって申し上げたら、ちょっと変な顔してました』


 マサの上品な含み笑いが聞こえてきそうな文面だった。マガミも少し顔を緩めて返事をした。


『だろうな。俺もまさかあいつらが、誰かと協力して戦うようになるとは思わなかった』


 マサからの返信は、少し時間が経ってからだった。


『そうですね。センリくんは特に、カナギくんのことを親しく思えば思うほど、自分の首を絞めるようなものですから。その苦しみを味わいながらもずっと傍にいるというのは、以前の彼には考えられなかったことです』


 今マサはどんな顔をしていたのだろうと思ったマガミは、彼の表情を窺うことがどれほど無駄な試みか、すぐに思い至って思考を打ち切った。


『ドクターによろしく言っておいてくれ』


 それだけを送りマガミは意識を屋敷の中に戻した。

 マサのような底知れない狂人には大人しく従っておいた方がいい。警察官として数々の事件に立ち会ってきた経験から得た防衛本能が、そうマガミに告げていた。


―――――


『5、4、3、2、1……転送開始』


 アナウンスがそう告げた瞬間、一瞬の浮遊感の後に全く知らない景色が広がった。

 そこは薄暗い神殿の中のように見えた。白い柱に挟まれた壁が並び、中世ヨーロッパの建造物のような雰囲気を漂わせていた。

 センリとカナギがいるのは小さな部屋だった。しかしその向こうには開けた空間があり、おそらくそこが戦闘フィールドになるのだろう。


「俺が先行くわ。二刀を使うかどうかの判断は任せる」

「了解」


 カナギの短い返事を聞いてすぐにセンリは駆け出した。猫のビーストであるセンリは敏捷で、その姿を捉えるのは難しいと踏んでのことだった。

 姿を現したセンリに反応したかのように、向かいの小部屋からもプレイヤーが二人出てきた。それぞれ得物は剣と槍らしく、慣れた様子で構えている。

 どちらも器用貧乏な印象の武器で、だからこそ戦い方が読みにくい。スキルの有無によっては攻撃の届く範囲が大きく変わってくる上、武器自体に付与された効果も決して無視はできない。

 センリは腰に下げた鞘から短刀を抜き放った。軽い刀ならセンリの持ち味であるスピードを殺さず扱うことができると、カナギに勧められて自分用に作ったものだった。

 その刀に付けた名前は【ヒガンバナ】。植物系モンスターの皮を織り交ぜて作られたその刀身は赤く、斬った相手を麻痺させることができる。

 センリの攻撃では大した威力は期待できない。だからこそ状態異常を駆使し、カナギが戦いやすくなるように立ち回るのがセンリの作戦だった。

 飛び込んでくるセンリを見て、剣士のほうは片手の盾を持ちあげた。しかし切り込もうと見せかけたセンリはすぐに飛び退り、槍を持った方へ刀を閃かせた。


「くそ、麻痺か!」


 リーチの長い槍では素早いセンリの攻撃を防ぐことが難しく、数回切りつけられた槍のプレイヤーは動きを鈍くして悔しそうに吐き捨てた。

 一方、その隙にセンリを狙った剣士の攻撃は、さっと分け入った刀にあっけなく逸らされてしまう。


「お前の相手は、俺だ」


 駆けつけたカナギは刀を上段に構え直してそう言った。


「はっ。初戦から『仇花』の奴に当たるとは、俺らって運が無いな」


 剣士は冷や汗を浮かべながらも、冗談を飛ばすようにそう笑った。

 カナギは一切笑わないまま刀を振り上げた。それを受け止めようと剣士は下から剣で切り上げようとしたが、見切って避けたカナギにそのまま切りつけられた。


「ぐっ」


 剣士は苦しそうな声を漏らした。それでもカナギは手を緩めることなく続けざまに切り払い、あっという間に相手の命を散らした。

 槍を刀ではじきながら気を引いていたセンリは、カナギが決着をつけたのを見て、あえてその槍に肩を貫かれた。

 槍使いは一瞬嬉しそうな顔をした。しかしすぐに驚愕の顔になって、槍から手を離しながら絶命した。センリの肩に刺さった槍も同時に消えていき、破れた着物を魔法で直してセンリは立ち上がった。

 倒れていく槍使いの背後には、刀を血で濡らしたカナギがいた。無表情のまま敵の消失を見届けた彼は、肩を押さえるセンリを見て痛ましそうな顔をした。


「そうまでして攻撃を止めなくたって良かったのに」


 カナギのその言葉に、センリはゆっくりと首を振った。


「万が一カナギが落とされて攻撃手段のない俺だけが残るより、俺が攻撃を食らって隙を作る方がええやろ。一番確実な手を選ぶんは俺の癖みたいなもんやから、気にせんで」


 そのとき、勝負の決着を伝えるアナウンスが静かな部屋に響いた。しかし初めてのPvPを無事に終えた高揚からか、センリの耳にはぼんやりとしか聞こえなかった。


『次の試合が始まるまでロビーにて待機してください。転送開始まで5、4、……』


 また浮遊感があった。次に目を見開いたときには、試合開始前に居た受付に戻っていた。どうやら勝者だけがここに戻されたらしく、最初よりも随分と人が減っていた。


「とにかく勝てて良かった。この調子で頑張っていこうな」


 カナギは奮い立てるようにそう言った。チームを引っ張るようなその前向きさに、彼の強さは実力だけじゃないのだと、センリはそう直感した。

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