010: 斜陽 -- 『仇花の宿』にて
PvPの参加が決まった次の日、カナギのためにいくつか刀を用意してセンリは『仇花の宿』の屋敷を訪れた。
そこにはセンリと同じように装備を用意しに来たらしい、マサの姿もあった。気を緩めているのか、彼は口布を外して黒装束を着崩している。
「ああセンリくん。ちょうど良いところに来てくれました」
マサは座敷から顔を出し、センリをちょいちょいと手招いた。
センリが中を覗いてみると、そこには豪華な羽織に身を包んだカナギがいた。黒髪に溶け込むような黒地には、金糸で藤の花の刺繍が施されている。
高い格式を感じるが、それでいて闇夜に紛れることもできるような、暗殺者にぴったりの服装だった。
「あの、動きにくいんですけど……」
「そんなことないですよ。<SPD上昇>が付いとりますから、むしろ動きやすいはずです。走ってみればその恩恵を実感できますよ」
「……はい」
カナギは困った顔をして大人しく着付けをされていた。彼は部屋に入ってくるセンリを見ると、濡れそぼった犬のような顔をした。
センリはその表情を意外に思いつつ、にこやかに声をかけた。
「おお、カナギ。大変やな」
すると、すかさずマサが返した。
「何言ってるんですか。センリさんの分もありますよ」
「げげっ」
カナギの羽織のしわを手早く整えたマサは、さっとセンリの後ろに回って着物をその手の中に現した。
それを半ば押し付けられたセンリは、渋々装備スロットを弄ってその着物を身に着けた。
カナギのものと同じく、黒地に金の藤が映えたデザインの着物だ。帯の色だけが違い、カナギは藤の色だがセンリは薄い黄緑だった。
「うわ、センリがちゃんとした格好してる」
「俺はいつでもちゃんとした格好しとるわ」
驚くようにそう言ったカナギに、センリは素早くツッコんだ。
「よし。お二人ともよう似合っとりますね」
センリの着付けも終わり、マサは満足そうに微笑んだ。
「俺の着物に付いとるんは<DEX上昇>なんやな」
「ええ。戦闘にも生産にも役立つでしょう?」
「せやなあ。流石マッさん」
センリはため息とも感嘆ともつかない息を吐いた。
センリの姿を見て軽く拍手をしたカナギは、そのままさっさと座敷の外へ歩いて行こうとした。
「試しに、身体を動かしてくる」
「ああ、カナギちょい待って」
それをセンリが引き留めて、黒い刀を取り出した。
「これ、例の奴」
「ありがとう」
その受け渡しを見ていたマサが、口を押えてセンリに話しかけた。
「あら、それカーマちゃんとの奴でしょう?」
「カーマ?」
カナギが不思議そうに頭を傾けた。
センリは言いづらそうに頭を掻きつつ、おずおずと口を開いた。
「この刀を一緒に作った金細工職人のことや。そいつもリアル経由で知り合った奴で、マガミやマッさんとも面識あるんよ」
マサは肯定するように頷き、頬に手を当てて思い出したかのように言った。
「そういえば、カーマちゃんも今度のイベントに出場するって」
「ええ!? あいつが!?」
今度はセンリが驚いて声を上げた。
カーマという少女は自分と同じく生産を主に行っているプレイヤーで、PvPイベントに出場するほど戦闘に興味があるわけではないはずだった。
「強いのか? そいつ」
カナギが言葉少なに尋ねると、センリは迷うようにしばらく唸り、言葉を選ぶように答えた。
「戦闘をやり込んでるわけやないけど、楽しむタイプではあるな。端的に言えば、トリガーハッピーや」
「トリガー? ということはガンナーか」
カナギの相槌にセンリは頷いた。そして考え込むように顎に手を当てて呟いた。
「でも二人一組の試合に出るタイプではないんよなあ。あいつは仲間とか関係なく銃をぶっ放す奴やから……」
その言葉にカナギは顔をしかめた。マサはちらりとそれを見て、補足するように口を開いた。
「どうでしょう。あの子は愛情深いところもありますから、相方によってはかなり戦法を変えてくるかもしれないですよ」
「どちらにせよ面倒な相手や。何せ、俺と同じ天才的な職人ってことは間違いないからな」
センリは言葉を継ぐように言った。カナギは他の中の黒い刀を見て、重々しく頷いた。
「この刀みたいに、予想外の装備が出てくる可能性もあるってことか……」
「せやな。気ぃ引き締めておかんとな」
それで話は終わりになり、カナギは黒い着物と刀を試すために外へ出ていった。
日が落ち始めているようで、強い西日が座敷の中に入り込んできていた。
残されたセンリは、隣のマサににこやかな顔を向けて言った。
「なあ、ちょっと偵察って頼める?」
マサはため息をつき、口布を引き上げて答えた。
「カーマちゃんにだけは見つかりたくないです。それに、うちは他にも仕事がありますから」
「ちぇっ」
取り付く島もなく断られたセンリは、不服を隠さずに口を尖らせた。
マサはセンリを横目で見て、子を諭す親のような口振りで言った。
「センリくん。あなたも学会の準備があるでしょう」
センリは一気に顔をしかめ、反抗心の強い子供のようになって言った。
「もう論文も発表原稿も書き終わったって」
「それならいいのですが」
マサはそう言ってふっと笑った。彼もまた、家族のようなやり取りをすることがこそばゆかったのだろう。
「それが終われば一度日本に戻ってくるんですよね」
「そのつもりやで」
センリも不思議な気持ちを感じながら返した。本当の家族を傷つけた自分が、こうして他人に家族のように受け入れられることなど、あってはならないと思った。
「センリくん。我々はいつでも、あなたの帰ってくるべき場所になりますから」
そう言い残してマサはするりと座敷を出ていった。
「俺の頭を当てにしとるだけやろ」
誰もいなくなった部屋の中で、センリはぽつんと呟いた。ほとんど自分に言い聞かせるような響きだった。
畳の上で誰にも拾われず、いつまでも転がっているような言葉だった。
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