004: 刀屋 -- センリの店にて
センリの店の暗い壁には、所狭しとたくさんの刀が飾られていた。それらは大きさも反りもまちまちで、小さな子供から大きな大人まで、誰が来ても困らないだろうという自信がセンリにはあった。
「魔法の杖の店ぐらい品揃え豊富やから、ゆっくり好きなの探してや」
センリがそう声をかけると、刀を眺めていたカナギがゆっくり振り返って不思議そうな顔をした。
「なんだ、魔法の杖の店って」
「知らんの? あのイギリスの名作を?」
「知らない」
まるで渾身のボケが伝わらなかったときのような雰囲気になり、センリは精いっぱいの悲しい顔をした。しかしカナギはそんなセンリの様子を全く意に介せず、マイペースに刀の鑑賞に戻ってしまった。
「センリ、装備可能レベルってなんだ?」
ふいにカナギが不思議そうな顔をして振り返った。
「ああ。強い武器は装備できるレベルの下限が決まっとるんよ。序盤から強い武器が使えると、身体のほうの育成を疎かにされてまうからな」
「なるほど」
センリがそう答えると、カナギは残念そうに頷いた。その様子に口角を上げて、センリはにやにやと尋ねた。
「気に入った刀でもあった?」
「……いや。俺にはまだ、装備の良し悪しは分からない」
カナギはそう言って、また壁一面の刀たちを眺めた。
「でもこだわりは感じる。一つ一つ、良いところが違うから」
「お、分かってくれる?」
センリはカナギの横に並ぶように立って、壁の刀たちを次々指さして語った。
「これは属性武器。派手に戦えるで。んで、こっちは逆にシンプルに威力重視の刀」
「なるほど」
説明を聞くカナギは、感心を滲ませて何回も相槌を打った。
「……んで、これはDEX重視の刀。威力より急所率狙いって感じで、剣豪よりアサシン向きやね。ええと、あともう一振りあるんやけど、ちょい待ってて」
「ああ」
端から端へ刀を紹介し終わったセンリは、カナギを待たせて店の奥から一振りの刀を持ってきた。
それは黒い鞘に金の鍔が映える絢爛な刀だった。センリが鞘から引き抜いて見せると、黒い刀身に星のような金の意匠が散っている。
「やけに豪華な刀だな」
「せやろ? 知り合いの金細工職人と協力して作った刀なんやけど、こいつがなかなかの曲者でな」
センリはそう言って刀を水平にカナギへ差し出した。
「この刃、触ってみ」
カナギは戸惑いを見せながらも、センリの言葉に従っておずおずとその手を伸ばした。そして黒い刃に指が触れたと思った瞬間、カナギははっと息を呑んで目を瞬かせた。
「実体が……ない?」
「そう。これは物を切れない刀なんや。その代わり、空間を斬る」
センリがそう言ってぶんと一振りすると、刀が通った場所に向かって一瞬カナギの身体が引っ張られた。たたらを踏んだカナギは、驚いた顔で呆然としている。
まるで空間を切り取ったかのようだった。攻撃には使えなくとも、相手の動きを阻害することは十分できるだろう。
「おもろいやろ。たぶん見た目のせいでこんな性能になっとると思うんやけど」
センリが笑いかけると、カナギはまじまじと刀を見て感心したように言った。
「こんな武器を作れるなんて、すごい自由度だな」
その言葉に深く頷いたセンリは、刀を鞘に戻しながら返した。
「せやろ。『SoL』って奥深いわ」
そしてごそごそと店の奥に刀を片付けるセンリの背中に、カナギはおずおずと疑問を投げかけた。
「一体どういう仕組みになってるんだ?」
振り返ったセンリは、顎に手を当てて少し考えてから口を開いた。
「装備の見た目、フレーバーテキスト、その他諸々すべての情報がAIによって解釈され、唯一無二の存在に生まれ変わる。小説家が一人の人生にタイトルを付けるみたいな感じや」
「出来上がった絵に相応しい額縁を後から考える、みたいな……?」
「そうそう」
刀を仕舞い終わったセンリはぐっと伸びをして、まだ壁の刀を観察するカナギの下へ戻った。
近寄るセンリの気配に気が付いたカナギは、少しだけ振り向いて口を開いた。
「フレーバーテキストも色々あるんだな。説明的なやつから、短歌みたいな詩的なやつまで」
「それも試行錯誤中。文体によっても若干性能が変わってくるからな」
センリがそう答えると、カナギは藤色の瞳をゆっくりと瞬かせて首を傾げた。
「そんなところまで汲み取られるのか?」
「ここのAIは貪欲やからな。プレイヤーの一挙手一投足もデータとして取り入れ、解析する。そしてプレイヤーが作り出したものには全て、AIなりの答えを返す」
そう言ってセンリはそっと手を差し伸べ、カナギの長い前髪に指を滑らせた。
隠されていた右目が露わになったカナギは、その脈絡のない行動にきょとんとした顔をした。
「時々、AIがプレイヤーの強い気持ちに呼応することがある。導き出された”答え”は、新しいスキルとなってプレイヤーの手に渡る。……俺はきっと、カナギも何かを見つけられると思うで」
そしてカナギの髪から手を離し、くるりと背を向けたセンリは、明るい声色に戻って言った。
「さて、そろそろギルドホールに戻るで」
再び右目を黒髪に覆われたカナギは、歩いていくセンリの背中に気づき慌てて追いかけた。
二人が立ち去った後の店は、また静けさに包まれた。
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