003: 案内 -- レーセネにて

 輝かしい栄華の都レーセネの喧騒は、街外れの武家屋敷にまで響いてきた。

 その入り口にもたれかかってカナギを待つセンリは、滅多にかぶらない中華風の帽子を落ち着きなく弄っていた。つばの部分からはキョンシーを意識したデザインのお札が垂れ下がっており、こだわりを持って作られた装備であることが伝わってくる。

 やがて武家屋敷の門の向こうからカナギが姿を現した。いつも通りの質素な袴に黒雲のような長髪が目立つ姿だ。

センリはさっとカナギに駆け寄ってにこにこと言った。


「カナギ、お疲れさん。なあ見てこの帽子。耳を隠すためのやつなんやけど、かっこええやろ」


 見慣れないセンリの姿に目をぱちぱちと瞬かせたカナギは、少し頭を傾げて言った。


「なんで俺に聞くんだ。服のことなんて分からないぞ」

「分かる分からないの話ちゃうねん。俺はカナギに聞きたいの!」

「なんだそれ」


 拗ねるようにセンリがそう言うと、カナギは不可解そうに眉をひそめた。そして腑に落ちないという表情のままセンリの姿を観察し、おずおずと口を開いた。


「似合ってるんじゃないか」

「似合うとる? ええ褒め方するやんかあ」


 センリは浮ついた声で返した。カナギはますます顔をしかめて問い詰めるように尋ねた。


「だから何だよ」


 その様子が彼にしては表情豊かに思えて、センリはくすくすと笑いながら言った。


「なんてことはないで。こういう他愛のない話が友達には必要やろ?」

「と、友達?」

「そりゃ友達よ。ほら、レーセネ案内始めるで!」


 たじろぐカナギの腕を引っ張るようにしてセンリは歩き出した。ちらりと振り返ると、カナギは嬉しそうな顔をしていたような気がした。

 静かな路地を少し行くと、すぐにレーセネの大通りと合流した。クリーム色のレンガ壁がまるで黄金のように輝くその道は、城塔に見下ろされながら多くの人が行き交い、店を並べる商人の熱気が漂っていた。

 センリはカナギの手を引くのをやめ、横に並んでゆっくり歩きながら言った。


「よく使う施設はこの大通り沿いに全部揃っとる。あそこの店は初心者向けの装備屋で、そん隣が武具店。どっちもNPCが経営しとる」


 センリがそう言って指さした一角には、初心者らしいプレイヤーが何人かたむろしていた。

 カナギは興味深そうにその人だかりを眺めていた。その横顔が少し寂しそうに見えて、センリは自分のことを思い出させるかのように話しかけた。


「でも、カナギは使う機会ないと思うで。なんてったって俺がおるからな!」


 その言葉を聞いたカナギは黒髪をなびかせて振り返り、薄い藤色の瞳をゆっくり瞬かせて返した。


「……そうか。ありがとう。でも、申し訳ないな」


 彼の声は海に深く沈んでいくようだった。センリはいつも通りの明るい表情を装って言った。


「申し訳ないなんてことあらへんで! カナギにちゃんと働いてもらうための投資金なんやから」

「分かった。ちゃんと働くよ」


 カナギは目を伏せたまま頷いた。やはりどこか遠慮しているかのような顔だった。

 大通りをのんびり歩いていくと、センリとカナギが最初に出会った場所である噴水の広場に出た。


「カナギ。あそこにあるんが稽古場やで」


 センリが指さす先には、大きな運動場のような施設があった。広い砂地には人ぐらいの大きさの人形がいくつか置かれてあり、中にはモンスターを模した人形の姿もあった。


「好きなだけ武器の試し切りができる施設や。たぶん、カナギが一番使うことになる場所なんちゃうかな」

「確かに」


 カナギは静かに頷いた。センリは稽古場を指さす腕をそのまま動かすようにして、今度は通りを挟んで隣の施設を指して言った。


「んで、あっちが図書館。資料探しにも使えるし、スキルブックっちゅうスキルを覚えるための道具も揃っとる。静かやから勉強にも使えるで」

「へえ」


 図書館はそれなりに大きく、かなりの規模であることが外見からも伺えた。カナギも口数は少ないが、目を瞠って興味深そうにしている。

 案外カナギは本が好きなのかもしれないと、センリはその横顔を見ながら思った。


「よし、次はこの街一番の見どころに案内したる」


 センリはそう言って噴水広場を曲がった。


「一番の見どころ?」


 その後ろを付いてくるカナギは不思議そうにそう尋ねた。

 センリは魔よけの札を翻すように振り返り、カナギに向かってにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「俺の店」

「ああ、確かに場所知らないな」

「せやろ? カナギは未来のお得意様やからな。ちゃんと場所覚えてもらわんと」


 センリとカナギは会話をしつつ、だんだんと街の喧騒から離れていった。街路の風景はだんだんと寂れていき、剣呑な雰囲気の漂う細い路地を突き進んでいく。

 そしてある一点でセンリは立ち止まり、首をかしげるカナギに見守られながら壁のレンガの一つを押した。すると足元の石畳がずれるように移動していき、地下への階段がそこに現れた。


「おお……!」


 カナギは黒髪の間からキラキラとした目を覗かせた。


「かっこええやろ」

「かっこいいな」


 センリが尋ねるとカナギはすぐにそう返した。どうやらかなり気に入ってくれたようだった。

 センリが先に階段を下りるとカナギも後に続いた。そして下りきった先、アンティークな小さな扉を潜り抜けると、どこか埃っぽい刀屋の風景が飛び込んでくるのだった。


「ようこそ、刀屋センリへ」


 そう言ってセンリがくるりと振り返ると、そこには今までに見たことないくらい目を輝かせたカナギがいた。

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