第416話 大樹海遭難生活ーリザルト1
像ヨリ西ヘ三百米ノ『祠ヨリ北西ヘ五百米』。
これが財宝の在処を示す暗号文だ。
9文字目の『ノ』は、クソ皇帝が右手に持っていた湯呑に。
差し込み方がわからず混乱したのも数秒、背景の掛け軸にこれまでの法則を無視した右横書きの一文を見つけたとき、俺は絵の中のクソ皇帝をぶん殴ってやろうかと本気で悩んだ。
『一体いつから――――1枚につき1字だと錯覚していた?』
クソ皇帝がドヤ顔で宣う様子が、変声機能付き仮面の変態貴族ボイスで脳内再生され、苛立ちを増幅する。
本人はおそらく戦前の人間だから、元のフレーズは知らないだろうが。
(妖魔や精霊はともかく、二百年前の人間にまでコケにされるとか……)
8文字目まで集めた奴が時間効率度外視で正解に至るルートを消すためなのだろうが、それにしたって人を馬鹿にしている。
おそらく、これまでの法則から最初に皇帝の手元や足元を探した転生者が9文字目を見つけ、困惑することも織り込み済みなのだ。
そもそも自然公園内に祠は一箇所しか存在しないので、暗号は背景の掛け軸だけで完結する。
ようやく見つけた9文字目すら必要としないあたり、性格の悪さが滲み出ていた。
(これで財宝がショボかったら、絶対に許さねえ……!)
ドヤ顔のクソ皇帝を脳内から追い出し、精霊にもらったパンフレットを見ながら自然公園内を北西方向へ。
像から指定の距離を移動したところで、俺とクレインは1つのオブジェクトに行き当たった。
「これは……迷路?」
「正確には、迷路を模して造られた展示場だな。彫刻などの立体的な芸術品が集められている場所で、この迷路自体がひとつの芸術作品だったはずだ」
黒い石材で作られた平屋の構造物をしげしげと眺める。
構造物の両端に造られた幅数メートルの出入口は迷路の規模に対してあまりに小さいため、中の様子を窺うことはできない。
ただ、ほかの観光客も普通に出入りしているのを見ると、入るだけなら危険はなさそうだ。
(祠から北西へ……500メートル……。多分、この辺りか?)
パンフレットに描かれた地図と縮尺表記、そして目の前の迷路。
それらを見比べながら、おおよその位置に印を付けた。
500メートルというのが単にこの構造物を示しているのか、それとも厳密に特定の地点を指しているのか。
何か参考になるような話でもあればと思い、クレインに振ってみる。
「ちなみに、この中に入ったことは?」
「以前、一通り観覧しているはずだが……。正直なところ、この場所はあまり記憶に残っていないな」
「わかりました。では、気づいたことがあれば教えてください」
どうせ外からでは何もわからない。
まずは印の位置を目指してみるのがいいだろう。
そんなことを考えながら、俺たちは迷路の中に足を踏み入れた。
暖色の灯りで照らされた通路をゆっくりと歩く。
通路の両側、数メートルおきに存在する半円形にくり抜かれた空間に展示される作品は、クレインの言う通り大半が彫刻だった。
帝国美術館の設立は二百年前だが、解説を読むと比較的最近の作品も多く展示されている。
迷路それ自体はともかく、作品は定期的に入れ替えが行われているのだろう。
彫刻というか芸術に関する造詣は皆無だが、じっくり見てみると意外に面白い。
どうやら通路を進むほど時代が古くなっていくようだ。
現代の区間を通過し、今は帝国分裂の時代。
ここから大帝国時代、拡張期、そして建国期へと続くのだろう。
多くの作品を俯瞰すると、時代背景が芸術に与えた影響が理解できる見せ方になっていて、素人でも楽しめる。
「…………ぶふっ」
そんな中、前世で見た覚えがある彫刻を見つけて軽く噴き出してしまった。
作品名を見てみると、模倣を隠す気がなさそうなのがさらに面白い。
作者は間違いなく転生者だろうと思い詳しく見てみると、彫刻の台座に何か言語が綴られていた。
すでに掠れていてほとんど読めなかったが、何者かが同胞に向けたメッセージでも書いたのかもしれない。
(おっと……)
クレインに遅れないよう通路を進む。
美術館内部ではクソ皇帝の暗号が気になって絵画どころではなかったが、今はゆっくりと展示品を観察する心の余裕が生まれていた。
どこにどのような仕掛けがあるかわからず、展示物ひとつひとつを入念に観察する必要もある。
ならば、少しくらい観覧を楽しんでも罰は当たらないだろう。
もちろん、展示物だけでなく床や壁面も注意深く観察している。
こちらは迷路という割に分岐点がなく、時折直角に折れる曲がり角ばかりだったので今のところ気になる点はない。
床も同様、足元に敷かれた石材の模様は規則的で、異変があればすぐに気づくことができるはずだった。
にもかかわらず、気づけば二人そろって異変に囚われている。
「……一応聞いておきますが、この現象に覚えは?」
「これが記憶に残らないというのは、流石に考えにくいな……。いや、しかし、こんな……バカな……」
迷路内の雰囲気は変わらない。
相変わらず暖色の灯りが通路を照らし、通路の両脇に置かれた展示物を浮かび上がらせている。
明らかにおかしいのは周囲に人の気配が皆無であること、そして通路の前も後ろも先が見えないことだ。
灯りが照らすのは俺たちの前後20メートル程度で、そこから先はいつのまにやら真っ暗闇。
俺たちが進めば前方の灯りがつき、振り返れば後方の灯りは1つ消えている。
そもそも、俺の記憶に間違いがなければ一本道の曲がり角は全て左に折れる順路だったはず。
少なくとも4回以上は曲がっていて階段の昇り降りもないのだから、これまでの通路より長い直線の通路が存在するのは物理的におかしい。
(完全にホラーだなあ……)
巻き込まれたクレインは、警戒を通り越して挙動不審になっていた。
優れた魔法使いだからこそ自身が認識する間もなく囚われたことが信じられず、それを為した異様な空間に恐怖せずにはいられないのだろう。
俺もクレインを笑えない。
この現象の背後にアレがいるとわかっているのに背筋が寒くなるのだ。
どうやら<フォーシング>の習熟が進んでも恐怖への耐性を得られるわけではないらしい。
もっとも、恐怖を感じにくくなるのは危機に対して鈍感になるということなので、耐性が欲しいとは思わないが。
「……おそらく何かの魔法でしょうが、我々は鍵を手にしています。悪いようにはならないはずです」
「そう、だな……」
クレインを励まし、そのまま一本道を行く。
それ以降、いくら進んでも曲がり角はなかった。
展示物が置かれる間隔は徐々に長くなり、帝国建国期の彫刻を最後に展示物が存在しない一本道が続く。
気づけば、足元は遺跡のような古い通路。
これで俺たちは、初代皇帝の時代に辿り着いたということだ。
それを証明するかのように、終わりの見えなかった通路に終着点が現れた。
「扉か……。鍵は、持っているのだったな?」
立ち止まるクレインの横を抜け、俺は扉の前に進み出る。
鍵と言ってもそれは比喩であって、物理的な鍵を保有しているわけではない。
何ならそれが鍵だと思ったのも俺の感覚であって、根拠は特になかったのだが。
幸い、今回は予想を外さずに済んだようだ。
(我が名を唱えよ、ね……)
扉に刻まれたありがちな文字を指でなぞる。
ここで初代皇帝陛下の御名を唱えると、床が抜けたりするのだろうか。
落とし穴の底にあるのが小麦粉なら笑いが取れるかもしれないが、試す気にはなれなかった。
「この穴は……こっちから選ぶのか」
扉に刻まれた文字の下に正方形の穴が並ぶ。
壁際に置かれた多数の小さな石板――――帝国共通語や異国の言語を含む様々な文字や記号が彫られているものの中から懐かしき文字を5つ選び取り、少し迷った末に右詰めで穴にはめ込んだ。
それは、9枚目の余白に記された、ありふれた日本人の名前。
扉に魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと開いて俺たちを招き入れた。
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