第415話 許可




 美術館の正面に戻ってクレインを探していると、ちょうどクレインが従者を連れてこちらへやってきた。


 勝手に歩き回ったことを詫びるつもりだったが、なぜかクレインの方が開口一番、俺を待たせたことを詫び始めた。

 わけがわからず話を聞くと、報酬となる荷物をここへ届けてくれた従者が乗る貴族用の魔導馬車が、交通規制やら何やらで不自然なくらい迂回を強いられた結果、ここに到着したのがつい先ほどになってしまったという。


 別に従者のせいではないだろうし、そもそも全く待たされていない俺としては謝られる理由がない。

 平謝りする従者に気にしないと一声をかければ、それでおしまい。


 話題を切り替え、俺はクレインに1つの提案を告げた。






 俺の提案とは、もちろん迎賓館――――ではなく事務所を訪ねようというものだった。


 先ほどは自力で謎を解かなければ云々と考えたものだが、をクリアしたとお墨付きを得た以上、初代皇帝の財宝を手にすることに躊躇いはない。


 俺とクレインが訪ねれば、館長は俺たちを応接室に通すはず。

 足を運べば予想通りの流れになり、俺はあっさりと目的のモノを発見するに至った。


「いやはや、まさかこのを取る日がやってこようとは……!」


 館長は手袋を装着し、興奮を隠すことなくの前に立った。


 宮殿が美術館となってから二百年余り。

 全面が布で覆われ、魔法で封印され、来館者が勝手に近づかぬよう簡易なバリケードで囲まれたそれは、形状から絵画であることが予想される以外、正体は謎に包まれてきた。


 館長曰く、初代皇帝の勅令で取り扱いが厳格に規定され、封印の解除方法と中身を知るのは歴代の館長のみ。

 この場所を訪ねた者が、その正体を『初代皇帝の9枚目の自画像』であると言い当てたときに限り観覧できる決まりとのことで、館長自身も実際に布の内側を見たことはないという。

 と聞けば、挑戦する者もほとんどいなかっただろう。


 なお、答えを間違えた場合に限らず、正規の手順を踏まずに中身を見ようとした者は問答無用で処刑されるらしい。

 多少の我儘は許されると勘違いして処刑された貴族の子女は両手の指では足りず、子女の処刑に激怒して美術館に武力を持ち込み滅亡した貴族も数多く存在する。

 使用人に挑戦させればなぜか主人である貴族本人が突然死し、侵入者のみならず館長の死体が応接室で発見される例まであるというから、もはや怪談を通り越して呪詛の類と認識されていた。


 を知る俺としては、まあそうだろうなという感想しかない。

 家の中で家精霊(?)を出し抜く方法など、考えるだけ無駄というものだ。


「では、心の準備はよろしいですかな?」

「ああ」

「大丈夫だ……。少し、緊張するな……」


 館長は俺とクレインに見られてはいけない書類を執務机に広げ、書類と絵画を何度も往復して無事に封印を解除した。

 

 そして、二百年の時を越え、9枚目が俺たちの前に姿を現す。




「「「………………」」」




 無言。


 俺を含め、誰も言葉を発することができなかった。

 

 長きに渡り秘されてきた絵画を観覧した感動や興奮はどこにもない。


 俺はもちろんのこと、クレインと館長ですらそうだった。


「これは……、なんと言えばいいのだろうか……。間違いないのか?」

「……少なくとも私は、前任の者からそう伝え聞いております。お見せできませんが、初代皇帝陛下の勅令により作成された書類にも、そう……。しかし、これは……」


 クレインと館長を支配する感情は、困惑だった。


 二人の気持ちはわかる。

 自画像に描かれた人物は、8枚目までに書かれていた人物とからだ。


 一回り小さくなった頼りない体つきに、皇帝にしては貧相な衣装と質素な椅子。

 顔の特徴もかなり違うというか、むしろ構図以外の共通点が黒髪と年齢くらいしかない。

 画風すら異なるのだから、もはや比較以前の問題だ。


 初代皇帝が人間だということは、ほかの自画像から明らかになっている。

 同じ人間が描いた自画像なら普通こうはならないというか、どうしてこうなったというのが正直な感想だろう。


 姿に心当たりがあるのは、やはり転生者である俺だけだった。

 これを何主義と表現するかは知らないが、写実的でない自画像への驚きもさほど大きくはない。


「………………ッ」


 だから、俺が絶句した理由はそうではない。


 9文字目は見つけた。

 財宝が隠された場所に繋がる扉の正しい位置が判明し、扉の鍵になりそうな情報も入手した。


 しかし、俺の胸の中には、それらがもたらしてくれる喜びよりも大きな感情が生まれていた。


(この……!この、クソ……ッ!!絶対、許さねえ……ッ!!!)


 それは苛立ち、そして憤怒の感情だ。

 

 自画像に描かれた初代皇帝の推定前世。

 8枚の自画像と同じ構図で椅子に腰かけ、こちらに笑い掛ける壮年の男。


 ここまで右往左往してきた転生者を嘲るような嫌らしい笑みを浮かべたそいつを、俺は歯軋りしながら睨みつけた。





 ◇ ◇ ◇





 その後、描かれた人物やら何やらが予想と違ってそれどころではなかったクレインと館長がクソ皇帝の表情に気づいてさらに困惑を深めたり、布の中身をバラしたら処刑されると聞いたクレインが真顔になったりという一幕もあったが、館長がクソ皇帝のご尊顔を封印するところを見届けると、俺たちは館長に見送られて事務所から立ち去った。


「いや、なんと感謝したら良いものか。まさかアレの中身を目にする機会があろうとは……」


 クレインは、布が掛けられた謎の物体の存在自体は最初から知っていた様子。

 そしてバラしたら処刑云々の衝撃から立ち直って冷静になった結果、どうやら喜びが勝ったらしい。

 内容はともかく、アレの中身を観覧したという事実自体は口外して良いと館長が明言したので、クレインは珍しく浮かれていた。


「感謝は不要です。ただ、館長から言われた事は、どうかお忘れなきように」

「ああ、それはもちろんだ」


 二百数十年の歴史の中で初めてということだから貴族にとって凄まじいステータスになるのは理解できるので、浮かれすぎて中身のことを口外しないよう再度念を押しておいた。

 宮廷魔術師団所属のクレインはおそらく帝都に居ることが多いはず。

 がどこまで届くか知らないが、酒の席で口が滑った結果――――なんてことになれば目も当てられない。


「さて……」


 美術館の近くにそびえ立つクソ皇帝像の下。

 クレインは立ち止まり、こちらへ向き直った。


 彼の背後に控える従者が大事そうに抱えている袋を見て、俺はようやくここに居る理由を思い出す。


(そういえば、暇つぶしに来たんだった……)


 ここに来てからの時間が濃厚過ぎて忘れかけていたが、全ては報酬が詰まった袋を用意するまでの時間稼ぎだったのだ。

 それを俺に引き渡したら、クレインの用件は完了。


 しかし、当のクレインは報酬の袋を俺に渡すつもりはないようだった。


「そろそろ教えてくれてもいいのではないか?一体、其方は何を探している…………いや、何を探し当てた?」

「……やはり、お気づきでしたか」

「隠そうともしていなかっただろうに。石畳を睨んでいたときはどうしようかと思ったが、先ほどの件もある。それに……探索が空振りに終わった冒険者は、其方のような顔をしないものだろう?」


 もう少し婉曲な言い回しをするかとも思ったが、クレインは単刀直入に成果を問うた。

 

 気づかれたこと自体は意外でも何でもない。

 クレインは隠し財宝の話を知っていたし、血相変えて公園内を駆け回る俺の姿も見ている。

 その後で9枚目を見れば、むしろ気づかない方がおかしいだろう。


 だから、俺の顔は関係ない。

 顔に出たからバレたわけではない、はずだ。


「お察しの通り、ひとつ面白いものを見つけた……かもしれません」

「ほう?」


 クレインが楽しそうに口の端を上げた。

 貴族として落ち着いた振る舞いを見せている彼だが、歳は俺やクリスと大差ない。

 初代皇帝の隠された財宝などと聞いて、ワクワクしないはずがないのだ。


 それに、俺は元々この件をクレインに秘匿しようとは思っていなかった。

 最たる理由は秘密を独占するリスクが大き過ぎるからだ。

 なにせ、あの精霊は到達者が出ないのは予想外というようなことを口走っていた。

 つまり、クソ皇帝の隠し財宝は先着総取り方式ではない可能性が高い。


 そうなると怖いのが後発の存在だ。

 二番手が権力者である場合、情報の独占を狙って先着を恐れがある。

 それを防ぐため、良好な関係を築いている権力者を先んじて巻き込むというのは、安全策としてベターな選択だ。


 もちろん館長との交渉を円滑にしてくれたという貢献や、ここを案内してくれた恩に報いる意味もある。

 今回の経緯を踏まえても、俺が財宝を独占してしまうのは少々後味がよろしくない。


「せっかくの機会です。美術館を案内していただいたお礼に、私も―――――」

「…………どうした?」


 そこまで口にして、俺は視線を泳がせる。

 今更感があるが、とある懸念に思い至ったのだ。


(あれ、これってクレインは連れて行っても大丈夫か……?)


 が出たのは俺一人だ。

 となると、果たして隠し部屋にクレインを連れて行くのはセーフなのか。


 俺自身が処刑されるのはもちろん御免だが、同行したクレインだけが帰ってこないとなれば暗殺者扱いされかねない。


 何も言わないでいると、クレインの眉間にだんだんしわが寄っていく。

 気持ちはよくわかるが、なんと説明したものか。


 俺が頭を悩ませていた、そのとき――――


「ぶっ!?」


 突然、バサリと大きな音がして視界が狭くなる。

 何事かと思って顔に触れてみると、俺の手は一枚の紙を掴んだ。


 それは、帝国美術館のパンフレットだ。

 7文字目を見つけた後、どうして買っておかなかったのかと後悔したそれを今頃になって入手してしまった。


 きっと風で飛ばされてきたものが頬に張り付いたのだろう――――そう考えた直後、俺は奇妙なことに気づいた。


(いや、待て……?今、別に風なんか吹いてない――――ッ!!?)


 なんと無しにパンフレットを裏返した俺の頬が、盛大に引きつった。

 その慌てぶりは、沈黙を守っていたクレインが思わず声を上げるほど。


「おい、さっきから一体どうした?」

「い、いえ、大丈夫です……。では、参りましょうか……」


 何とか平静を装い、クレインとともに目的地へ進む。


「――――」

「――――」


 口が動くままに適当な会話を続け、足を動かす最中。


 よせばいいのに、吸い寄せられるように視線を向けるのは、手にした紙の余白。




『いいよ』




 俺の迷いを見透かすような文字。


 それと一緒に、デフォルメされた少女の顔が描かれていた。



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