第409話 指名依頼の顛末




 賭け試合の相手であったゴメスなる冒険者。

 前回の金髪と違って俺が上級冒険者と知った上で吹っ掛けて来たわけでもなく、喧嘩の理由も理解不能というほど酷いものではなかったため、<フォーシング>は使わず素手で相手をした。


 ただ、ゴメスは俺が上級冒険者と知って腰が引けてしまい、本来の実力は発揮できなかったようだ。

 短い拳打の応酬の後で腕を掴んで床に叩きつけると、本人が降参を申し出たので賭け試合はそこで終了となった。


 周囲が悲鳴と歓喜に包まれる中、俺は賭けの胴元からファイトマネーを支給されたことで、初めてファイトマネーの存在を知った。

 銀貨を渡すとき胴元の頬が引きつっていたのは、前回を覚えているからか。

 ファイトマネーを受け取らずに相手の身ぐるみ剥いでいった俺の姿は、さぞかし野蛮に映ったに違いない。


 しかし、そうなると俺が前回やったは、どのような扱いになるのか。


 多くの場合、知らなかったでは済まされないのがルールというものだが――――


(まあ、冒険者だしな……)


 強い奴が偉い。

 そいつが上級冒険者なら、なおさらだ。


 ローカルルール違反を踏み倒し、終わったことは仕方がないと気持ちを切り替えて受付に並び直すと、並びながら試合を見ていた冒険者たちが列の順番を譲ってくれた。

 なんだか無理やり譲らせたような感じになってしまったが、元々列に並んでいたのを半ば無理やり賭け試合に参加させられたことを思えば帳尻は合う。

 受付嬢も何も言わなかったので、俺は彼らに礼を言いつつ受付に立った。


「試合、見てましたよ。おつかれさまでした!」


 定型文の挨拶はなく、賭け試合の発端である“レベッカちゃん”から労いの言葉を頂戴した。

 ほかの受付嬢にも言えることだが容姿のレベルは相当のもので、ファンが付くのも納得といったところ。

 そのせいで面倒事に巻き込まれた俺としては少々複雑な心境だったが、可愛い娘に笑顔を向けられれば悪い気はしない。


 ゴメスの件で受付嬢に当たるのは流石に理不尽だろうし、俺は素直に労いを受けた。


「帝都のギルドはいつもこうなのか?」

「混雑する時間はやってませんけど、そこが一段落すると夜までですねー。無手でも対人戦の訓練になるので、ギルドとしては止めないことにしてるんですよ」

「対人戦か。なるほどなあ……」


 どこの冒険者ギルドにどんな依頼をするのも基本的に依頼人の自由だが、やはり地域によって多少の偏りは発生する。


 辺境都市であれば森や山から人里に出てくる魔獣の討伐。

 戦争都市であれば公国との戦争への助勢。

 これほど人が多い帝都であれば、種類や目的がどうあれ人間相手の依頼も多いのだろう。

 帝都西支部では城塞都市関連の依頼が多いと聞くが、ここに入ってくる依頼全てがそうであるはずもない。


 納得して頷いていると、こちらの疑問が解消したことを察したレベッカが用件を問うた。


「さて、今日はどんなご用でこちらに?」

「ああ、そうだった。ひとつ、確認してほしいことがある」


 俺が辺境都市に帰還せず、わざわざ帝都に顔を出した理由。

 それは、ソフィーから受けた指名依頼がどうなっているか確認するためだった。

 確認だけなら辺境都市でも可能だが、今回は経緯が経緯なので直接会って説明しておきたかったし、仮に指名依頼を達成したとみなされた場合、帝都西支部で現物を受け取らなければならない。


 いずれにせよ一度は帝都に足を運ぶ必要があったので、早いうちにということだ。

 もっとも、すでに依頼当日から1月近く経過しているので、あまりいい返事は期待していなかったのだが――――


「ソフィー様からの指名依頼ですけど、13日前に依頼取消の申し出がありまして、7日間の留保を経て6日前に正式に処理されちゃってますねー……」


 カードを預け、レベッカとペアを組んでいる受付嬢が記録を確認するのをレベッカと雑談しながら待つことしばし。

 少しだけ申し訳なさそうなレベッカから告げられた結果は、やはり予想通りのものだった。


 依頼人は冒険者が期待通りの仕事をしないとき、依頼をキャンセルすることができる。

 この仕組みが悪用されないように、キャンセルを申請してから返金を受けるまでの猶予期間が依頼の種類ごとに設定されていて、この期間内であれば冒険者側がキャンセルに異議を申し立てることもできるのだが――――今回はその期間が終わって、返金まで済んでいるという。


 前世で言うなら、契約の履行が遅れて相手に契約を切られてしまった状態だ。

 つまり、俺にできることは何もない。


(まあ、仕方ないか……)


 良くない結果だが、どこか納得している自分もいる。

 経緯はどうあれ、大樹海で遭難している間は彼女の依頼通りの仕事を何ひとつできていないのだ。


 継続的な関係があるわけでもない単発の依頼。

 半月以上も音沙汰なしでは、切られても文句は言えない。


 ソロの頃を含めれば、依頼失敗の経験自体は何度かある。

 小さく溜息を吐き、すぐに頭を切り替えた。


「わかった。指名依頼をしくじるのは初めてなんだが、何か罰則はあるか?」

「その辺りは本拠地の支部から通達されると思います。ただ、ソフィー様から苦情はなかったようなので、口頭注意で済むかもしれません。あまり気を落とさないでくださいね」

「ああ、そうするよ」


 カードの返却を受け、首から下げる。

 金色混じりのカードに早くも傷を付けてしまったわけだが、思ったほど落胆していないのは大樹海の経験が糧になっているからだろう。


 指名依頼を失敗するより、もっと悔しい思いをした。

 指名依頼を成功させるより、もっと価値のある勝利を得た。


 この1月足らずの短い期間で、俺は冒険者としてまたひとつ成長したのだ。


 失敗は取り返せばいい。

 一度の失敗で折れてしまうほど、今の俺は弱くないのだから。


 しかし――――


(まずは、やることをやってからだな……)


 前を向いて歩き始める前に、済ませるべき後始末が残っている。


 1つは依頼者であるソフィーへの謝罪。

 そしてもう1つは、アラクネごと俺を魔導砲撃に巻き込み、指名依頼失敗の原因を作りやがったクソ野郎への報復だ。


 順番は謝罪を先にする。

 しっかりと頭を下げて許しを得てから、心置きなくクソ野郎をぶん殴るのだ。


 そんなことを考えながら階段を降りた先。


 正面玄関へ足を向けた俺の前に、立ち塞がる者がいた。


「探したぞ。申し訳ないが、少し時間をもらえないだろうか」


 宮廷魔術師団の大隊長であり、クリスの兄である銀髪の青年。


 クレイン・フォン・カールスルーエが、姿を現した。



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