第394話 妖魔迎撃戦4




「うらあっ!!」


 蜘蛛の足を狙った大振りの斬撃は跳躍によって回避され、上空から蜘蛛糸と<土魔法>の槍が撃ち下ろされる。

 それらを避けるのは難しくないが、こちらの攻撃が向こうに届かなければ妖魔は倒せない。


(くそ、すばしっこい……!)


 大振りになるのは仕方がない。

 そうでなければまともにダメージが入らないのだ。


 しかし、大蜘蛛と人型のペア――――と思いきや大蜘蛛の体躯と人間の上半身を合わせ持つアラクネ風の妖魔だったが、すでにこちらの斬撃を警戒して中距離からの攻撃に切り替えている。

 機敏で知能が高く飛び道具持ちとくれば、俺との相性は最悪だ。


 せめてもの好材料は、事態を認識した両サイドの部隊から魔法火力の支援が届き始め、ほかの雑魚を気にせずにアラクネと相対できるようになったこと。

 できればアラクネ自体を魔法で攻撃してほしいのだが、両サイドも自分たちの正面を支えながら善意で支援してくれているのだから文句は言えない。


 そして、レオナ大隊の魔法火力担当はソフィーただ一人。

 『スレイヤ』の斬撃が軽傷で留まる妖魔に有効打を入れろというのは、いくらなんでも無茶振りが過ぎる。

 

(それでも、無いよりはマシなんだが……!)


 こちとら近接戦闘職なのだ。

 まずは隙をついて近づかなければどうにもならないので、威力が低くても牽制攻撃は非常にありがたい。


 そのあたり、レオナはしっかりと理解している様子だった。

 すでに俺とアラクネの足元にはレオナの魔法陣が展開済み。

 さらにレオナのものと思われる<闇魔法>が何度かアラクネに着弾して牽制の役割を果たしているものの、本来の狙いである弱体化に関しては体感できるほどの効果は得られていなかった。


 それでもレオナの<闇魔法>の着弾に合わせて距離を詰めるべく大地を踏みしめ、アラクネに向かって駆け出す。


 その直後――――


(おお……!?)


 アラクネが爆ぜた。


 高い防御力にかまけて俺以外への警戒がおろそかになっているアラクネへ、それを見抜いた両サイドの魔法部隊から集中砲火が突き刺さる。

 堅牢な防御力を誇るアラクネも、流石にこれは効いたはず。


(好機!!)

 

 即座に『スレイヤ』を保管庫に送り返し、全速力で疾走する。


 集中砲火が巻き起こす土煙が煙幕の役目を果たし、アラクネの視界は通らない。

 アラクネから全方向に放たれた牽制の土槍を最小限の動きでかわし、アラクネの目前で『スレイヤ』を再召喚。

 疾走で得た勢いそのままに、アラクネの下に潜り込むように腹部を大きく斬り裂いた。


「ははっ、どうよ!!」


 勢いに任せてアラクネの下を転がり抜けると、<土魔法>の反撃を警戒して後方に退避。

 『スレイヤ』に持っていかれた魔力の量から、アラクネに与えたダメージの大きさが伝わってくる。

 これは流石に軽傷では済まないだろう。


 反撃がないことを察すると、土煙が晴れないうちに勝負を決めるつもりで再び距離を詰める。

 ただ、同じ手は通用しなかった。

 <土魔法>では牽制にならないと理解したアラクネは大樹海の方に大きく跳ね、距離を取ってしまう。


 そして――――俺はアラクネの行動に驚愕した。


「ちょっ……!!?」


 アラクネの体躯が淡い光に包まれ、やっとの思いで付けた傷が少しずつ癒えていく。


 散々世話になった俺が見間違えるはずもない。

 あれは、<回復魔法>の光だ。


「それは反則だろうが!!」


 罵声を吐きながらの全力疾走。

 しかし、アラクネはこちらを嘲笑うように縦横無尽に荒地を跳ね回り、俺を寄せ付けない。


 傷はみるみるうちに癒えていき、初撃で付けた傷まで綺麗さっぱり完治してしまった。


「ええ……?」


 無力感から足が止まり、口からは自然と困惑が漏れる。


 レオナ大隊の担当エリアの中央。

 黒い靄が立ち昇る魔法陣の上、俺とアラクネはこれまでの攻防なんてなかったかのように再び対峙した。


 俺自身の消耗はほとんどない。

 アラクネもほとんど消耗を感じさせない。

 ただ、後方から放たれた魔法の分だけ魔法使いたちが消耗し、アラクネの警戒心が無茶苦茶高くなった状態でのリスタート。


 正直、徒労感が半端ない。


(てか、これどうやって狩るんだ……?)


 負けはしない。

 だが、勝ち筋も全く見えない。


 何十年も続いている任務である以上、この妖魔相手の対処法も確立されているはずだが。

 悲しいことに、そのために俺が何をすればいいのか、さっぱりわからなかった。


「おい、ローマン!これどうやって倒すんだ!?」


 張り上げた声は魔法の着弾でかき消される。

 このエリアへの支援攻撃が本格化した頃、ローマンは周囲から姿を消した。

 見捨てられたとは思わない。

 この局面でC級冒険者が無理に踏みとどまっても、支援攻撃で妖魔諸共吹っ飛ばされるだけだ。


「くっ……!?」


 回復したアラクネがこちらの混乱に乗じて再び動き出した。

 蜘蛛糸や<土魔法>による攻撃を続けながら、俺との距離はこれまでよりさらに広くとっている。

 絶対に俺を近寄らせないという明確な意思が感じられる戦い方だ。

 

 そんなアラクネの行動は、逆説的に俺の攻撃が有効だと示しているのだが――――剣が届く距離まで近寄れなければ、どうすることもできない。


 そのとき――――

 

「――――ッ!?」


 突然のパターン変化。


 <土魔法>で射出される攻撃が突如として数倍に増え、数十本の土矢が俺を襲う。


 高速で制圧範囲が広く、回避は困難。

 <結界魔法>だけでは足らず、最後の一本を左手のガントレットで弾く。


「んなっ!?」


 予想を遥かに超える衝撃。


 弾かれた左腕に若干の痺れが残る。

 視線を向ければ、最も頑丈なはずの甲にへこみとひび割れがあった。


 たった一回。

 アラクネの魔法を受けたガントレットは、それだけで破壊されてしまった。


「これが本気か、くそったれ!!」


 まずい。

 これは非常にまずい展開だ。


 散弾銃の如き<土魔法>が俺に有効と知ったアラクネは、戦術を完全に切り替えた。

 蜘蛛糸で逃げ道を塞ぎ、こちらの移動を阻害した上で高威力の<土魔法>を斉射する。

 たったそれだけのことを、俺が防御をしくじるまでひたすら繰り返すつもりだ。

 

 アラクネが跳ね回るようになり的を絞れなくなったためか、魔法部隊からの支援攻撃は周囲の妖魔を制圧するものでしかなくなった。

 魔法火力が飛んでくるのに前衛の応援が来ないのは、こいつを相手にできる前衛がいないからだろう。

 俺の装備を一撃で破壊するような攻撃だ。

 装備の質によっては全身鎧でも貫通しかねないからやむを得ないのだが。

 

 このままでは埒が明かない。

 それどころか、こちらがなぶり殺しになってしまう可能性すら出てきた。


(こうなったら仕方ない……)


 泥臭すぎるから、やりたくはなかったが。

 俺は『スレイヤ』を保管庫に送り返し、アラクネの戦術に合わせて方針を切り替えた。


「付き合ってやるよ、超長期戦だ……!」


 攻撃行動の放棄。

 足でアラクネを攪乱し、回避と防御に専念し、高威力の魔法を使わせ続ける。


 牽制、攻撃、回復。

 アラクネは戦い続ける限り、あらゆる行動で魔力の消耗を強いられる。

 ここまでの戦いで消耗が見られないアラクネとて魔力は無限ではない。

 ラウラの例を挙げるまでもなく、魔法を使い続ければいつかは魔力が尽きるのだ。


 人間が飯を食わねば生きられないように、妖魔は魔力を喰わないと生きていけない。

 俺のように休めば――――あるいは休まなくても魔力が回復するわけではない。


 これほど破壊力が高い魔法を連発していれば、遠からず魔力が尽きるはずだ。

 そうでなくても、これ以上俺と戦うのは割に合わないと考えるところまで魔力が減ればそれでいい。


 アラクネが諦めて大樹海に帰るまで、我慢比べだ。


「おら、どうした!?」


 こちらの方針転換を察したアラクネが消耗を抑制しようと手を休めた瞬間、不意に肉薄して魔法を誘う。

 攻撃が来ないなら、こちらから攻撃するだけだ。

 

 ここから先、戦い続ける限り休む時間なんて与えない。


「魔力をすり減らすのが嫌なら、お帰りはあちらだ!!」


 目まぐるしく動き回る反面、戦況は均衡が続く。

 

 俺はアラクネを消耗させれば勝ち。

 アラクネは消耗が許容範囲のうちに俺を仕留めれば勝ち。


 このままいけば俺の判定勝ちだが、それとて一瞬の油断が命取りになる。


 そんな緊迫した戦闘の最中――――


「――――ッ!!?」


 轟音と共に、俺とアラクネの周囲に魔導砲撃が降り注いだ。



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