第393話 妖魔迎撃戦3
魔導砲の第二斉射から数分後。
戦場は早くも妖魔の供給超過に陥り始めた。
「どうすんだ、これ……」
黒鬼サイズの大猿の胴を薙ぎ払い、独り言ちる。
腕が長いせいで、懐に入るまでに<結界魔法>を二度使わされた。
こちらのリズムを崩されて後がやや窮屈になったが、最大5枚展開できる<結界魔法>を十分に活用し、十数秒かけて確実に主導権を取り戻す。
俺はこの程度で済んでいる。
だが、他の戦線はそうはいかない。
数自体は思いのほか増えないのだが、人間より明らかに大きい妖魔が時折混じることで討伐に時間を取られ、その間に押し寄せる妖魔たちが被害を出すという悪循環が生まれていた。
的がデカくなったことで魔法使いにとってはむしろ狩りやすいのかと思えば、どうやらそうでもないらしい。
今もクレインの部隊の魔法使いたちの斉射がデカい猪に直撃し、それでも止まらない猪が兵士たち目掛けて突進していく。
これは不味いかと思ったところで一人の騎士が前に出た。
大盾で猪の突進を正面から受け止め――――るかと思いきや、派手に吹き飛ばされて荒地を転がる。
しかし、騎士の果敢な行動によって猪の勢いが死んだ。
冒険者と兵士が猪を包囲し、何とか猪を仕留める。
騎士も吹っ飛んだ距離のわりにダメージは軽いようで、すぐに立ち上がり戦線に復帰した。
「へえ……」
連携は素晴らしい。
しかし、猪の対応に戦力を集中する時間、周囲の妖魔が傍観してくれるわけではない。
手薄になった場所では負傷者が出ており、また一人の兵士が後方に下がった。
徐々に薄くなっていく前線がどこまで耐えられるか。
お手並み拝見と言っていられないのが辛いところだ。
『てか、ここだけデカいのが多くないか……?』
両側は時々混じる程度だが、俺の守備範囲にくる奴らはその比率が目に見えて高い。
中には他所の正面から戦場を横断してこちらに突っ込んでくる妖魔すらいる。
<フォーシング>が何か悪さをしているのだろうが、出力を下げすぎればレオナとソフィーのところに妖魔が行ってしまう。
戦いながら調整する余裕は流石にないので、今日のところはこのまま続けるしかなかった。
妖魔は魔獣より魔力を感じ取る精度が高いというから、その辺が影響しているのかもしれない。
「うん……?挟み撃ちか、生意気な……」
右前方から四本腕のゴリラ、左前方から長い角を持つ虎。
どちらも人間より二回りほど大きく、レオナの<闇魔法>が刺さるかどうかは五分なのだが――――
「まあ、そらね……」
一角虎は魔法陣をレジストしながら強行突破し、ゴリラは魔法陣を迂回した。
本来ならより近いところにいる一角虎をこちらから迎えに行き、処理した後でゴリラと一対一がベスト。
だが、一角虎より近いところにいる奴らを先に処理しないとこちらが袋叩きだ。
不利を受け入れ、周囲の掃討を優先するのがベターだろう。
そして数秒後、妖魔たちの狙い通りに俺は左右から挟まれた。
(ここが支援火力の使いどころだぞ、ソフィー……!)
魔力を温存しているはずのソフィーから魔法が放たれる気配はない。
組んでいるのがティアかネルならば確実に片方を処理してくれただろうが、見習いに上級冒険者の立ち回りを要求するのは流石に理不尽か。
妨害もないまま、左右から同時に襲い掛かるゴリラと一角虎。
攻撃方向がわかりやすいという理由で一角虎に背を向け、まずはゴリラと対峙する。
背後で鳴るガラスの破砕音を聞きながら、ゴリラの腕に<結界魔法>を当てに行って無理やり姿勢を崩し、脇から上体を斬り上げる。
すぐに立ち直るであろう一角虎の攻撃を受けるため後方と左右に大きめの<結界魔法>張り直しながらゴリラが塵に還るのを見届けるとすぐさま背後の一角虎を――――
「――――ッ!!?」
振り返る、直前。
ゴリラを構成していた黒い魔力の煌めきの中、俺の視界に牙が映った。
「さ――――」
三体目。
普通の狼。
時間差挟撃。
<結界魔法>の、ほんのわずかなリキャストが――――
「――――っっせるかあああああああっ!!」
体勢を崩しなから無理やり振り上げた右足が狼を捉えた。
全く体重が乗っていない蹴りのダメージは皆無。
しかし、無理やりに振り上げた足のせいで俺の体勢は崩れ、おかげで間一髪、回避は成った。
無様にすっころんだ俺はすぐさま立ち上がり、こんな単純な罠に掛かりそうになった苛立ちと怒りを込めて狼と一角虎をぶった斬る。
狼は何の変哲もない雑魚妖魔だった。
小さかったからこそ上手く隠れたと言えばそれまでだが、こんなのにやられたら死んでも死にきれない。
上級冒険者の中で最弱とか面汚しとか、散々にこき下ろされそうだ。
「はあっ……はあっ……」
嫌な汗をかいた。
心臓の鼓動が、やけにはっきりと聞こえる。
正面を見据えると、大樹海はすでに次なる妖魔の波を吐き出していた。
(ああ、何やってんだ……)
求めるべきは上級冒険者として相応しい実力。
それが足りていないことは自覚していたはずなのに、いつのまにか油断していた。
態度だけ上級冒険者相応になってどうするつもりか。
生意気なのは、一体どっちだ。
大きく、息を吸い込んだ。
『がああああああっ!!!』
<フォーシング>を抑えきれず、拡散した魔力は隣接エリアの一部をも巻き込んだ。
自分でピンチを招いては世話ないのだが、精神的敗北は勝利でしか上書きできない。
たとえそれが八つ当たりのような何かであっても、今は勝利という薬が必要だ。
迫りくる妖魔に剣を構えると、レオナの魔法陣が薄れ始めた。
タイミングが悪いが、こればかりはどうしようもない。
心の中で悪態を吐きながら、頭の中では努めて冷静に妖魔の処理順を組み立て始める。
幸い次の大きめの妖魔はまだ後方で、状況を整えるための猶予は十分にあった。
「ふう……」
一体目を見据え、油断を排して腰を落とす。
そのとき――――
「――――てくれぇ!!」
救援を求める声が耳に届いた。
正面に近づく妖魔から注意を逸らさず、一瞬だけ声が聞こえた左方を見やる。
すぐに正面に視線を戻――――そうとして、思わず二度見した。
「なんっ……くっ!?」
なんだそれは。
そんな声を上げる間もなく正面の妖魔との戦闘に突入する。
気を引き締めた直後に更なる失態を重ねたが、決して油断したわけではない。
流石にこれは不可抗力だ。
「たす、て……、たすけてえええっ!!」
右手にあるクレインの担当エリアから、この世の終わりを見たような顔でこちらに駆けてくる男。
見覚えがあると思えば、宿舎で同室となったローマンだった。
それはいい。
いや、本当は良くないというかクレインの部隊は何をやっているんだと叫びたい気分なのだが、気にすべきはそこではない。
問題はローマンが背後に引き連れている妖魔。
ワゴン車より一回りは大きい蜘蛛の上に乗っているそれは、ローマン本人が要注意と話していた人型だ。
遊んでいるのだろう。
ローマンの足元に次々と魔法をバラ撒いていながら、それはひとつも命中していない。
「…………くそっ!」
迷っている時間はない。
ローマンのことは横に置いても、このままではまたしても挟撃を受ける羽目になる。
それも警戒対象である人型となれば、到底許容できるものではない。
ならば――――
「1つ貸しだぞ!!」
「お、恩に着るうっ!」
目の前の妖魔を斬り飛ばし、こちらに向かってくる妖魔たちに背を向けてローマンとすれ違う。
ローマンに背後の雑魚を任せ、俺はデカい蜘蛛と人型へ。
全く釣り合わないトレードだが、この場を乗り切る方法はこれしかない。
幸い背後からは魔法の着弾音が聞こえてきた。
寝ぼけていたソフィーが、ようやく自分の役割を思い出したらしい。
情けない逃げっぷりを晒したローマンも一端のC級冒険者。
魔法陣と魔法火力の支援があれば、一人でもしばらく耐えられるだろう。
(まずは足にしている蜘蛛から……!)
黄色と黒の毒々しい色をした大蜘蛛が吐きだす太い糸を加速して回避。
人型が放った足元への魔法を<結界魔法>で防ぐ。
さらに蜘蛛から身を乗り出して伸ばされた人型の腕を姿勢を低くしてすり抜け、すれ違いざまに蜘蛛の脇腹を斬り裂いた。
しかし――――大蜘蛛が魔力の塵に還る兆しはない。
(浅いか……!?)
『スレイヤ』にいくらか魔力を持っていかれた。
それは蜘蛛の防御力――――おそらくは魔法的な防御が相当に高かったことを意味しているが、それでも普通の妖魔なら魔力の塵に還っていてもおかしくないくらいにザックリいった感触があった。
だが、当然ながら同程度の傷でも体躯が違えば被害は異なる。
通常の妖魔なら致命傷でも、ここまで大きい蜘蛛が相手なら軽傷と評価せざるを得ない。
「チィ……!」
一撃で倒れないなら二度、二度でダメなら三度。
俺にできるのは目の前の妖魔が魔力の塵に還るまで斬りつけることだけだ。
妖魔に包囲されるまで、残り時間は多くない。
俺は荒地の土を踏みしめ、大蜘蛛と人型に向かって即座に反転した。
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