第392話 妖魔迎撃戦2
初めて戦った妖魔は火山に1体だけ出没した黒鬼だ。
何体斬ったか覚えていない魔獣と違い、妖魔と戦う機会はさほど多くない。
だから俺が妖魔について知っていることも、そこまで多くないというのが実情だった。
精霊や妖精と似たような存在であること。
魔獣と比べて強い個体が多いこと。
倒すと魔石になって死骸が残らないこと。
精々この程度だった妖魔知識は、先日ローマンから仕入れた情報によって大幅に更新された。
そのひとつが、妖魔の外見についての情報だったのだが――――
(なるほど、たしかに変なのばっかりだなあ……)
身体を低くして斬撃を回避しようとする片方だけやたら手の長い猿を、すくい上げるように斬り捨てる。
その隙を狙って角を突き付ける大型犬サイズの兎を<結界魔法>で受け止め、宙でもがくそれを両断する。
いかにも物理攻撃が効かなそうな靄の塊を真っ二つに斬り裂いて霧散させ、毒々しい色の蜘蛛が放った糸を身体をそらして回避する。
戦闘を続けながら観察してみると、明らかに普通の生物ではない見た目をした妖魔が少なくない。
これは生殖によって数を増やす魔獣と違って、妖魔が環境に適応した姿形で生まれることが理由だそうだ。
地形に紛れやすい色、獲物を狩るための爪や牙。
周囲の生き物に似た形をとるのも一種の環境適応であり、生まれた後に外見を変化させる場合もあるという。
ただ、その全てがうまく作用しているわけでもないようだ。
今しがた斬り捨てた植物と狼のキメラみたいな妖魔は、多分どっちつかずで環境適応に失敗した例だろう。
「ふう……」
周囲にはすでに100個以上の魔石が転がっているが、妖魔の波濤が収まる様子はない。
ただ、焦りはなかった。
弱体化した妖魔を狩るだけの戦いはむしろ退屈で、妖魔博覧会を楽しむ余裕すら生まれている。
どうやらこの地域では魔獣はほとんど混じっていないらしく、血や死骸が戦闘の邪魔にならないのもありがたい。
しかし――――
「――――ッ!」
戦線を支えるレオナの<闇魔法>が薄れ、妖魔たちが俄かに勢いづく。
今が好機とばかりにがむしゃらに攻撃を繰り出す多種多様な妖魔たちの攻撃を回避し、<結界魔法>で受け止め、ガントレットで受け流した。
(本当に、盾が欲しい……!)
なぜ俺は盾も持たずに盾役のような立ち回りを強いられているのか。
今更だが、間に合わせでも何でもいいから盾をひとつ買っておけばよかった。
「――――!」
ただ、妖魔の攻勢もほんの十数秒のこと。
後方から飛来する黒い靄が新たな魔法陣を展開すると、戦況は再び安定した。
「やれやれ……」
魔法陣が展開されている間、同じ場所に新たな魔法陣を展開すると相互に干渉して正しく効果を発揮しないらしい。
綿密に時間を管理しても絶対にわずかな隙間が発生してしまうため、この時間帯だけは細心の注意が必要だった。
(まあ、これくらいはな……)
大半の時間帯で優勢を維持するためのコストと考えれば安いものだ。
何度か経験すると魔法陣の減衰を何となく感じられるようになったので、そのタイミングに合わせて対峙する妖魔の数が減るように立ち回ることもできる。
四方八方から一晩に渡って襲われ続けるような状況と比べると、落差が大きすぎて欠伸が出そうだ。
「…………」
状況は非常に安定している。
ただし、それは短期的な状況に限った話だ。
当然のことだが、魔法を使えば魔力が減る。
使った分と同等かそれ以上に回復し続ける俺や数日単位で休息しても雀の涙ほどしか回復しないティアは例外としても、魔法使いが一日に使用できる魔力には自ずと限界がある。
この状況でボトルネックになるのは、やはり繰り返し<闇魔法>を展開するレオナの魔力だった。
レオナの<闇魔法>で発動する魔法陣は強力だが、その威力に比例して消耗が大きい。
本来はここぞというときに発動して戦況を変えるような運用が基本であり、連発による常時使用は想定していないのだ。
手近な妖魔を斬り裂き、背後をちらりと見やる。
今はまだ、辛そうな様子を見せていない。
非常に供給量が少ない魔力回復薬を少しばかり用意しているというし、魔法陣の再展開に少しもたついてもフォローできるようソフィーの魔力を温存している。
ただ、それでも今回の作戦終了までレオナの魔力が持つかというと、厳しいと言わざるを得ない。
なにせ終了時間も妖魔の総数も、全ては大樹海の気分次第だ。
笛が鳴るまで走り続けろと宣う陸上部の鬼コーチの如き所業。
だからこそ他の部隊はあれだけの人数をそろえ、継戦能力に余裕を持った状態で作戦に臨んでいる。
「やっぱり……っと!」
独り言を咎めるように襲い来る妖魔に、自然に体が反応する。
横薙ぎに振るった『スレイヤ』が、不定形の霧のような妖魔を魔力の塵に還した。
霧の向こう、剣が届かない位置に見えていた獅子は当然に無傷で、黒い靄を引きずりながら猛然と襲い来る。
<結界魔法>は必要ない。
片足を軸にくるりと回転し、すれ違いざまに胴体を斬り払った。
「範囲攻撃が欲しいなあ……」
『剣に魔力を纏わせて超強化攻撃!』を完全にモノにした今、俺に必要なのはやはり範囲攻撃だろう。
例えば『魔力を剣に乗せて中距離攻撃!』という感じ。
前方数メートルでも扇状に薙ぎ払うような攻撃ができたら最高だ。
遠距離攻撃も捨てがたいが、こちらは魔法銃『ハイネ』によってある程度の解決を見ている。
優先すべきは複数の敵を同時に倒す手段だ。
強欲と笑わば笑え。
人間の欲望――――もとい向上心は留まるところを知らないのだ。
しかし、範囲攻撃が欲しいと叫んだ瞬間にレベルアップして範囲攻撃を習得できるのはゲームの中だけ。
レオナの魔力で弱体化しているとはいえ『ハイネ』では流石に火力不足の現状、逃げながら何発も撃ちこむくらいなら接近して一体ずつ斬った方が早い。
「…………」
口を結び、黙々と剣を振る。
討伐数を数えるのは、とうに諦めた。
足元の魔石――国が回収するので俺の稼ぎにはならない――が邪魔になり始めたので、近くに妖魔がいないわずかな時間を狙って両脇に蹴り飛ばす。
低い軌道で宙を舞った魔石が地面に落ちたとき――――周囲に轟音が響いた。
「マジか……」
蹴った魔石が爆発したわけではない。
防壁から、再び魔導砲が斉射されたのだ。
戦線に支援火力を提供してくれる分には感謝しかないのだが、砲弾は妖魔たちの頭上を越えて遥か向こう――――大樹海へと着弾する。
着弾音の聞こえ方から察するに、初回よりかなり遠くに撃ち込まれたようだ。
地響きを伴って多種多様な攻撃魔法をまき散らす砲弾の雨は、さらに多くの妖魔を戦線に呼び寄せることになるだろう。
「まだ足りないってか?やってくれるじゃねえか……!」
目の前の妖魔を斬り捨て、素早く戦線の状況を確認する。
いつぞやのように崩壊秒読みということはなかったが、クレインの部隊も右側の部隊も討ち漏らしが増えてきた印象を受けた。
現状は前線の兵士や冒険者たちが対応できている。
ただ、これ以上増えたらどうなるかはわからなかった。
「他所の心配をしている場合じゃないか……!」
正面を見据えると、早速戦況に変化が生じていた。
先の砲撃に反応したのか、妖魔の群れの中に図体が大きいものが混じり始めたのだ。
攻撃魔法で殲滅するなら的が大きい方が楽かもしれないが、それを剣一本でどうにかしなければならない俺にとっては無視できない変化だ。
『ああ、くそっ!やってやらあっ!』
低出力の<フォーシング>で妖魔を釣り出し、魔法陣に誘い込む。
時折魔法陣を回避する知能を持つ妖魔も混じっているので、そういうのがいれば優先的に処理する必要があるのだが――――
「…………ッ!?」
ひときわ大きい猪の妖魔が魔法陣を踏み、黒い靄を弾いた。
デバフ系の魔法やスキルは使い手と対象の相性や力関係によってレジストされることがあるのは当然知っている。
偶然ならいいのだが、これから湧き出る強力な妖魔全てに効かないとなると緊張感のある戦いになりそうだ。
魔法陣を軽々と突破した猪は咆哮し、その勢いを増す。
瞬く間にこちらの懐に飛び込み、俺の眼前で太い牙を突き上げた。
「残念、行き止まりだ」
ガラスが砕ける音とともに、猪の妖魔はぴたりと動きを止める。
その脳天に、青い光が振り下ろされた。
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