第391話 妖魔迎撃戦1




(まあ、武器頼みの戦い方は、上級冒険者になっても変わらないわけだが……)

 

 『セラスの鍵』から『スレイヤ』を召喚し、右手に握る。

 <強化魔法>を全開にすると、剣身は美しい青を纏って俺に応えた。


 もはや淡い光などという表現は似つかわしくない確かな輝き。

 振れば弧を描く軌跡を遮るものはなく、ただ綺麗に切断された獲物の断面だけがその威力を物語る。


(これは<強化魔法>の強度の問題なのかね……?)


 この状態――――竜のブレスと同種の純粋魔力攻撃は、『スレイヤ』の柄を握って<強化魔法>を全力行使するだけで半ば自動的に発動する。

 光の強さが変わる要因は<強化魔法>以外に考えにくいので、<強化魔法>も着実に進化を遂げているということだろう。

 進化前でも斬れない物がなかったので、その効果のほどは実感しにくいかもしれないが。


 そんなことを考えながら楽な姿勢で待つことしばし。

 森の奥から低音が響き、足元が揺れた。


「これは……」


 聞いてはいたが、凄まじい地鳴りだ。

 この手の作戦は過去に膨大な実績があり、一度に討伐する妖魔の数が千を下ることはないという。

 仮に妖魔の数を千として、8部隊で割ると1部隊当たりは125体。

 中央だから2割増しは堅いだろうし、それすら最低限の数だ。

 200体くらいは覚悟しておいた方がいいだろう。


「啖呵を切った手前、しっかり働かないとな」


 木々の隙間に妖魔の群れを認めた瞬間。

 俺は各部隊の前衛たちが途切れ途切れに作る一文字の戦線から足を踏み出した。

 そのまま二歩、三歩と進み、他の部隊の前衛よりも数十メートルほど大樹海に近い位置で立ち止まる。

 別に目立ちたいわけではない。

 わずか3人の部隊で取りこぼさずに妖魔を狩るためには必要なことだ。


 襲い来る妖魔たちはゲームのmobのように自分に最も近い位置にいる人間を規則的に狙ってくれるわけではない。

 一人の人間に襲い掛かる大量の妖魔――――そんな光景を目撃した後続は、当然のように別の人間へと流れていく。

 

 それを防ぐための方法が、これだ。


『ほら、こっちだ!かかって来やがれ!』


 大音声とともに発動する<フォーシング>が、前方に広く拡散する。

 魔力の波動を受けた妖魔たちは一瞬だけ動きを止め――――狙い通り、その進路をこちらに向けた。


「よし、上手くいったな……」


 本来であれば<挑発>のスキルが欲しくなる局面。

 フェザータッチを意識したの拡散型<フォーシング>を代替手段として、妖魔をおびき寄せることに成功した。


(この前みたいに、本気でやるわけにはいかないからなあ……)


 戦争都市のように出力全開で<フォーシング>をまき散らさない理由は2つある。


 ひとつは友軍への誤爆が怖いから。

 もうひとつは、これに頼り切りではからだ。


 無差別に振りまかれる恐怖は敵を増やす。

 敵が増えれば、そいつは俺が歩む道のどこかで障害として立ち塞がるかもしれない。

 覚悟を決めても、結局のところ<フォーシング>を奥の手としなければならない状況に変わりはないのだ。


(とはいえ、これはちょっと……)


 このままでは、全速力で密集する妖魔の群れに集られることになる。

 簡単に死ぬつもりはないが、窮屈で面白くない戦いを強いられるのは間違いない。


 だから――――


(見せてみろ、レオナ……!)


 涙で頬を濡らしながら、それでも啖呵を切ったのは彼女も同じ。


 願いを叶えるため。

 細い糸のような希望を繋ぐため。


 妖魔の殲滅に死力を尽くすと誓ったレオナは、己の最も得意とする魔法を紡いだ。


「――――!」


 地鳴りにかき消され、その声は届かない。

 しかし、彼女の杖から放たれた黒い靄のような塊が3発、俺の頭上を越えて前方に着弾した。


 数も少なく、弾速もさほどない。

 3発の魔法は全ての妖魔に回避された。


 だが、それでいい。


 着弾地点から溶けるように広がった漆黒の魔法陣が、レオナの魔法が正しく発動したことを証明している。


 レオナの得意魔法。

 火水風土氷雷光闇の8種の中でも一二を争う希少さを誇る、<闇魔法>だ。


「なるほど、こうなるわけか」


 俺も初めて目にする<闇魔法>。

 その使い手が最も得意とするのは、対象の弱体化だ。


 俺の前方と左右を塞ぐように形成された直径数十メートルの魔法陣から黒い靄が立ち昇り、周囲の妖魔に纏わりつく。

 <闇魔法>に巻き込まれた妖魔たちは苦しげに身をよじり、明らかに動きが鈍った。


 効果には個体差があるようだが、ここまで弱れば関係ない。

 こちらに来るのを待ち受けるのも億劫なので、魔法陣の上を駆けまわって妖魔の首を次々と刎ねて回った。

 

「そらっ!!」


 何体目かの名も知らぬ妖魔が両断され、魔力の塵となって魔石を落とした。

 俊足と連携が自慢の狼共もこうなっては形無しだ。


(速度低下は確定……。防御力低下も……ありそうだな!)


 試しに手頃な妖魔を全力で蹴り飛ばしてみると、高々と宙を舞った妖魔は地面に落ちると同時に霧散した。

 普通こうはならないので<闇魔法>の効果だろう。


 謎の動きをした後でフリーズする妖魔もいたから、もしかするとスキルの発動阻害まであるかもしれない。

 掛け値なしにデバフのオンパレードだ。


『次ぃ!』


 挑発代わりの<フォーシング>を放ち、食べきる前にお代わりをおびき寄せる。


 前評判に反して思いのほかイージーな迎撃戦は、まだ始まったばかりだった。



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