第389話 戦う理由
「詳細はお話しできません」
どこか諦めたような空気を漂わせながら、レオナが口にしたのは拒絶だった。
しかし、何も話したくないというわけではなさそうな微妙な雰囲気を感じた俺は、眉をひそめながらも再度問うた。
「本気で言ってんのか?」
「ええ。そういう命令ですので」
「……なるほど」
宮廷魔術師団で大隊長を務めるレオナに命令できる存在。
心当たりは1つだけだし、おそらく実際にそうなのだろう。
「今さら隠し立てしようとは思いません。ただ、話せば貴方のためにならないこともありますから、少しぼやけた話になってしまうのは許してください」
「構わない」
それで俺が納得できるかどうかはさておき。
罵倒も追及も、まずは話せる部分とやらを聞いてからだ。
「さて、どこから話しましょうか。状況を理解していただくためには帝国貴族の派閥についてある程度の知見が必要になりますが……」
「俺が知ってるのは皇帝派と貴族派が争ってること、それで戦争都市が割を食ってることくらいだ」
レオナは頷き、言葉を選びながら話し始めた。
「宮廷魔術師と宮廷魔術師団も他の様々な組織と同様、大別すれば皇帝派、貴族派、中立派に分かれて鍔迫り合いを繰り広げています。ただ、私たちがこうして3人で防衛線に向かっている直接の原因は、皇帝派内部の争いです」
「派閥争いだけに飽き足らず、内部でまで争ってるのか……」
げんなりした内心が、そのまま言葉になって口から漏れた。
呆れて物も言えないとはこのことだ。
(こういう連中は、もう帝国滅亡とかそういうレベルまで追い詰められない限り協力なんてしないのかもな……)
あるいは、そうなってすら最後の最後まで争い続けるような気がしないでもない。
レオナは俺を咎めることもせず、話を続けた。
「少し誤解を招いてしまったかもしれません。皇帝派内部の争いとは言いましたが、事実上は皇帝派と宮廷魔術師第六席の争いです」
「第六席も皇帝派……いや、元皇帝派なのか」
「お察しのとおりです。宮廷魔術師は皇帝派が4人、貴族派が3人、中立派が2人……このうち皇帝派の第三席、第七席、第八席が、第六席と争う構図です。多くの魔術師を巻き込み、ときに再起不能にしながら、かれこれ半年も戦い続けています」
「半年って……」
権力闘争ならば、まだ理解できる。
しかし、実力行使による闘争がそれほど長く続くものなのだろうか。
「双方消耗しているなら、交渉で幕引きにはならないのか?」
「消耗しているのは片方だけですから」
「はあ?だったらなんでこんな……、皇帝派内部の争いのせいで手が足りないから、防衛線に回す人員が足りないという話じゃなかったのか?」
大勢が小勢を弄るような一方的な展開が半年も続けば、決着がついていないというのも不自然だ。
国同士の戦争ではあるまいし、戦力は早々に払底するだろう。
そう考えたところで、半年も戦闘が続く展開がひとつだけ思い浮かんだ。
「……第六席の方が勝ってるのか」
「ご名答です。第六席は配下を一人も持たない異色の宮廷魔術師ですが、私が師事する第三席が差し向けた魔術師を全て退けています」
「それで六番目か。宮廷魔術師というのは本当に化け物だな……」
「席次が強さをそのまま反映しているとは限りません。魔術以外の力も、場合によっては必要になりますから。それでも第三席以上は別格ですが」
「へえ……」
昨日の話では魔力こそパワー、弱肉強食の体現という印象だったが。
流石に権力が深く関わるポストということか。
「詳細は伏せますが、現在、私がお仕えする第三席は政治的に窮地に立たされています。ただでさえ手駒を削られている中、第七席の離反も囁かれていますし、貴族派の宮廷魔術師も動きを見せています。早期に事態を収束させなければ進退問題は必至で、第三席には第六席に戦力を振り向ける以外の選択肢がありません」
「それで、お前が割を食ったと」
「……必要な戦力を用意できなかったのは、私の力不足です」
レオナは困ったように笑った。
伝手に逃げられたか、敵対派閥から妨害されたか。
その結果が、この装甲馬車なのだろう。
俺は一縷の望みをかけて、レオナに問うた。
「沈みかけた船だ。第七席のように逃げるわけにはいかないのか?」
ここまでの話を聞いていて確信したが、どうもレオナ自身は派閥争いに肯定的ではないように見える。
もちろんレオナ自身の立場もあるだろう。
しかし、宮廷魔術師すら立ち位置を変えようとしているなら、例えば第三席から第七席に鞍替えするとか、何か立ち回りがあるのではないか。
素人考えの提案は、やはり否定された。
やんわりと、しかし、確かな意志を以て。
「私は、帰る場所を守りたいんです」
「帰る場所……?」
意味を取りかねた俺は、オウム返しにそれを繰り返した。
ここまでの話から、第六席のことを言っているのだろうと察しはつく。
しかし、察しがつくからこそ帰る場所などというものが残っているとは思えなかった。
含むところを察したレオナは、悲しげに頷いた。
「第三席と第六席は師弟関係にあります。そうでなくても散々に配下を削られていますから、交渉によっては元の関係に戻らないとも限りません。そうなったとき、帰る場所がボロボロでは帰って来れないから……。私は何の力にもなれないから、せめて帰る場所だけは守りたいんです」
師弟関係だから。
手駒が足りないから。
理由を挙げながらも、レオナはそれが可能性の域を出ないことを理解しているようだった。
だからこそ、思う。
「なんで、そこまで?」
レオナは微笑んだ。
考えるまでもないと言わんばかりに、その理由を告げた。
「私にとって姉のような人なんですよ、第六席は。私は、ただ――――」
お姉さまに、幸せになってほしいだけなんです。
強い願望と昏い展望。
それらによって作られた寂しげな笑顔に、まばたきとともに一筋の雫が伝う。
レオナはそれを拭い、しかし涙の筋は増えるばかり。
ついには堪えきれず、顔を伏せて嗚咽を漏らした。
「レオナさん……」
気づけば、レオナにハンカチを差し出すソフィーの目にも涙が浮かんでいた。
ひとしきり涙を流し切り、頬に付いた雫を拭う。
目蓋を腫らしたレオナは深く頭を下げた。
「ごめんなさい。私の我儘に、貴方たちを巻き込むべきではありませんでした。防衛線に到着したら、クレインに頭を下げてソフィーを任せようと思います」
「そんな!?私も戦います!!」
ソフィーの抗議を受けてもレオナの意志は固そうだ。
俺はわかりきったことを、それでも敢えて問うた。
「お前はどうするつもりだ?」
「もちろん、戦いますよ」
「レオナさん!!」
即答だった。
俺とソフィーを巻き込んだことを恥じながら、それでも自分が逃げることだけはあり得ない。
泣きはらした目が、何よりも強く主張する。
「精鋭二百人からで守る領域を、一人でか?」
「こう見えても宮廷魔術師団で十指に入ると言われる魔術師です。それに……この程度の無茶を通せなければ、私の願いは叶いません」
強気に嘯くレオナは、しかしどこか頼りなく見えた。
それはきっと、第一印象で感じた小動物じみた雰囲気が顔を出したからだ。
話を聞いた今なら、こちらがレオナの素の表情なのだとわかる。
姉の居場所を守るために、強い魔術師たらんと仮面を被っていたのだろう。
(姉、か……)
俺はすでに喪失を受け入れた。
戦争都市の地を踏み、儀式を経て過去を吹っ切ったつもりだ。
だが、レオナはまだ間に合うかもしれない。
たとえ糸のように細い願いであっても、第六席とやらが生きている限りは実現の可能性がある願いだ。
少なくとも、レオナだけはそう信じている。
信じると心に決めて、その意志に殉じようとしている。
「はあ……」
馬鹿げている。
もちろん、レオナではなく俺のことだ。
間接的とはいえ、戦争で散々俺たちを苦しめた皇帝派を利する行動なんてあり得ない。
見ず知らずの他人と大差ないレオナを見捨てたところで、俺の英雄は揺らがない。
さらに言えば、想定よりもずっと悪目立ちしそうだというのも大きなマイナスポイントだ。
旅行先で流れるように戦争に巻き込まれる俺が能動的に揉め事に飛び込めば、更なるトラブルを引き寄せるのが目に見えている。
そもそも、俺の目的は盾の入手なのだ。
ソフィーの依頼は、それが非常に漠然としたものであるがゆえに、クレインの部隊に移籍しても達成と見なされるに違いない。
シビアに判断するなら、明らかに退くべき状況。
だが――――
(…………本当に、しょうもない)
幼い頃から染みついた習性が、この瞬間もグイグイと後ろ髪を引く。
目の前に手を差し伸べるべき少女がいるぞと、わかりきったことを強く主張している。
助けても見捨てても、もやもやとしたモノを抱える予感がある。
ただ、悲しいかな、その度合いは後者の方が少しばかり大きくなりそうな気がした。
それに、今回に限っては、それ以外の事情も俺の背中を押す。
「いいだろう。お前の願いが叶うかは知らんが、今日のところは助けてやる」
「アレンさん!!」
ソフィーが立ち上がり、歓喜する。
そんなタイミングで、石か何かを踏んづけた馬車が大きく揺れた。
またかと思いながら腰を浮かしかけると、意外にもソフィーは両手を広げてバランスを取り、転倒せずに踏みとどまった。
珍しいこともあるものだ。
「本気ですか?」
「もちろん、本気だとも」
浮かしかけた腰を装甲馬車の硬い座席に再び下ろし、不敵に笑う。
こちとら英雄を目指しているのだ。
晴れて上級冒険者となった今、二百人ばかりの精鋭の代わりくらい務められなくてどうするのか。
「どうして、そこまでしてくださるのですか?」
「自分は言えないことがあるのに、俺には全部言わせるつもりか?」
「それは……」
口ごもるレオナを見て、ふと既視感を覚えた。
どこかで同じような会話をしたかと記憶を探り、灰色髪の美女のことを思い出す。
彼女と会ったのは、たしか2か月ほど前だったか。
(あいつも魔術師に追われていたが……。まさかな……)
不思議な女ではあった。
ただ、死に場所を探していた彼女と帝国最高峰の魔法使い集団を翻弄する第六席とやらの印象は一致しない。
俺が既視感の正体に納得した頃、レオナはこちらの事情を詮索することを諦めた。
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
再度深く頭を下げ、感謝を示すレオナ。
顔を上げたとき、彼女は作り笑いではない本心からの笑顔を浮かべているように見えた。
俺は鷹揚に頷き、もらい泣きしたソフィーとそれを慰めるレオナを眺めながら、追及が打ち切られたことに内心で胸をなで下ろす。
だって、そうだろう。
余計なことは言わないと、つい先日学んだばかり。
屋敷に囲った女に似ているからなんて、言わぬが花に決まっているのだ。
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