第388話 大樹海の妖魔と任務の詳細
大陸中央部のやや北側、東西に連なり大陸を北と南に分断する大山脈。
その南側に広がる大陸最大の森林地帯――――それが大樹海だ。
辺境都市を領都とするオーバーハウゼン領の4分の1を占めると言われる南の森でさえ、大樹海と比較すれば霞んで見える。
そもそも帝国全土より大樹海の方が広いと言われているのだから、文字通り桁違いだ。
強い妖魔ほど森の中心部に陣取り、外側に行くほど弱くなるという傾向は南の森と変わらないのに、大樹海の外縁部である城塞都市の防衛線に出現する妖魔のレベルは非常に高い。
冒険者ギルドが大樹海関係の依頼受注をC級以上に制限していることからも、大樹海の危険度は察せられる。
「まず、ヤバい外見の奴は大抵ヤバい。これは間違いない」
「おい……」
最初から説明を放棄するような言い草に眉をひそめると、ローマンは落ち着くよう手のひらを向けながら至って真面目な顔で首を振った。
「本当のことだ。有名どころだとメガ……あー、家より大きい緑色のスライム、人間を100人から丸呑みしそうな大蛇、あとは城壁を殴って破壊できそうな巨人とか、城壁を体当たりで破壊できそうな猪とか。上級冒険者なら腕に自信はあるだろうが、この辺はA級パーティが何とか撃退する奴らだから遭遇しても戦うな。命がいくつあっても足りない」
「……なるほど、そこまでか」
「大樹海で虚仮おどしは通用しない。ヤバそうなやつは実際にヤバいから直感は大切にした方がいい」
「理解した」
そのレベルが出没するならローマンの言う通りだろう。
参考にローマンが言いかけた妖魔の固有名を尋ねてみると、家より大きいスライムはメガスライムと言うそうだ。
通常サイズのスライムの100万倍くらい大きいと聞いた直後はそんな馬鹿なと思ったが、幅、奥行き、高さがそれぞれ100倍なら100万倍だと気づけば、あり得ると思えてしまうのが大樹海の恐ろしいところだ。
「で、知っておかないといけないのは一見ヤバそうに見えないのにヤバい妖魔だ。これにもいくつか特徴がある。まずは人型だ」
「ああ、それはそうだろうな」
「その様子だと、すでに痛い目を見た経験があるようだな?」
「まあ、な……」
ローマンが指摘した通り、人型の妖魔に良い思い出はない。
火山付近で遭遇した湖の妖魔にしても、南の森で遭遇した――――魔人、にしても。
どちらも強かったし、それ以上に俺の心を的確に抉ってきた。
(湖の妖魔、結局討伐されたって話は聞かないままだが……)
まだ辺境都市近辺に存在するなら全く情報がないのは不自然だ。
どこか別の地方に流れていったか、それとも別の妖魔との争いに敗北して消滅したか。
前者なら仕方ないが、後者ならアレより強い妖魔がいることになるので笑えない。
口を結ぶと、俺が詳しく語る気がないことを察したローマンは話を続けた。
「人型は見た目が危険度の指標として全くアテにならないから、強いか弱いか見ただけじゃわからない。ただ、人型の妖魔は総じて賢いから注意が必要だ。逃げるフリをして人間を誘い出し、群れで待ち構えて袋叩きにするくらいは普通にやる」
「覚えておこう。人型は多いのか?」
「流石に頻繁に出るということはないな。数が多い妖魔なら――――」
ローマンが語った情報の量と質は、俺の期待を遥かに超えるものだった。
どの道ギルドの資料室には行くつもりだったが、時間は大幅に短縮できそうでありがたい限り。
俺はその内容に十分に満足し、食事の支払いのほかに約束どおり娼館代として大銀貨1枚を握らせた。
ローマンは小躍りして喜び、飯屋を出るなり走り去った――――と思いきや、何を思ったかUターンしてこちらへ引き返してきた。
「ひとつ、妖魔とは関係ないが追加情報だ」
そう告げたローマンの顔は、これから歓楽街に繰り出す冒険者とは思えないほどに真剣なものだった。
◇ ◇ ◇
翌日、朝帰りのローマンを含め、任務に参加する同業者たち食堂と朝食をとりながら友好を深めた。
その場にいた全員が多かれ少なかれ宮廷魔術師団との連携を経験しているとのことで、初参加は俺だけだった。
そもそも、こういうときは基本的にお抱えや付き合いがある冒険者を起用するものらしい。
縁もゆかりもない帝都所属ですらない冒険者が参加するのは記憶にないと彼らは口をそろえたが、ローマンが事情を話すと誰もが口を閉ざした。
せめてもの救いは、俺が置かれた状況に同情した彼らが親身になって色々と教えてくれたことだ。
任務の流れや求められる動きなど、本来は雇い主から聞くべきことを不文律まで含めて説明してもらったので、任務初心者としては非常に参考になった。
(まあ、なんとかするしかないか……)
想像した方向と異なるが、こういう状況を上手く切り抜けるのも上級冒険者に求められる資質ということなのだろう。
そうでも思わないと、やっていられなかった。
冒険者組と別れ、集合場所に到着したのは約束の10分前。
部隊が集合できるようにするためか相応の広さが用意されている城塞都市の西門前広場は、すでに任務に参加する千人以上の魔法使い、騎士、兵士、冒険者たちでごった返していた。
魔法使いに限っても似たようなローブを着た者たちがあちらこちらに分散していて、目印にはならない。
おそらくは部隊ごとにおおよその場所は指定されているのだろうが、初心者の俺にはさっぱりだ。
これを予想していたからこその10分前行動。
しかし、結論を言えば、俺はあっさり雇い主と合流することができた。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「……おはようございます」
挨拶を交わしたきり、会話は途切れたまま時間が過ぎる。
口もききたくないという感じではないが、他愛無い雑談などは望むべくもないという雰囲気だ。
しかし、それは昨日の俺が放った皮肉を理由としたものではなかった。
俺たちが無言で佇む間にも衛士たちが広場を走り回り、門の近くにいる集団から門の外へ案内して行く。
朝食のときに冒険者に教えてもらった流れのとおりなら、門の外側には兵員輸送用の魔導馬車が用意されており、それに乗って1時間も揺られていれば前線に到着することになる。
「準備ができましたのでご案内します」
「はい」
俺たちの番になり、衛士の案内に従ってレオナが門へと歩きだす。
そのすぐ後ろにソフィー、さらに二、三歩下がって俺も続いた。
門を通過すると、外壁の外側には大型の装甲馬車が車列を作っていた。
戦争都市と同様、西門は一般に開放されていないから空間を贅沢に使えるのだろう。
人員を飲み込んだ馬車から流れるように西へと走り始める光景から、城塞都市の人員の練度が垣間見える。
「こちらです」
「ありがとうございます」
俺たちもその中のひとつに乗車し、適当に腰を下ろす。
ドアを閉めた衛士が御者に合図すると、装甲馬車は滑らかに走り出した。
数十秒が経ち、数分が経った。
無言を貫く隊長殿に焦れた俺は、苛立ち交じりに口を開いた。
「で、いつになったら説明してもらえるんだ?」
「……何をです?」
「決まってんだろうが」
本来は兵員ですし詰めになるに違いない、軍用の大型装甲馬車。
その車内に存在する謎の空間を示しながら、俺は語気を強めた。
いや、実のところそれは謎でも何でもない。
40人は乗れそうな大型装甲馬車に3人しか乗車していないのだから、座席がガラガラになるのは当然の結果だ。
思えば、俺は最初から任務の内容を誤解していた。
3人から5人の小隊で妖魔を狩ると聞いていたから。
レオナは、それが当然という様子で振舞っていたから。
宮廷魔術師たちが配下の小隊を大樹海の外縁部に投入し、樹海の中で妖魔を探しながらこれを間引く――――いわゆる捜索撃滅任務なのだと思い込んでいた。
しかし、実際はそうではなかった。
俺の思い込みが的外れであることは、冒険者たちから入手した情報によってすでに明らかになっている。
『まず、防衛線の防壁から大樹海に向けて、とにかく魔導砲をぶっ放す!』
『そうすると、大樹海から大量の妖魔が防衛線に押し寄せるでしょ?』
『そこを魔術師を主力とする大部隊で待ち構えて、ドーンと殲滅するって流れよ』
俺たちより先に城塞都市を出発したクレインが率いる部隊を見ていればわかる。
彼と取り巻きの貴族2人にローマンを加えた4人組は、あくまでクレイン自身が所属する小隊に過ぎない。
彼が率いる部隊の構成は、魔法使いが見習い含め二十数人に冒険者が数人、そして騎士を含む兵員が二百人以上。
ああ、そうだ。
この任務の行動単位は、小隊などではなかったのだ。
ゆえに、俺は問わねばならない。
「本来は200人規模で受け持つ戦線に、部外者込みのたった3人で殴りこむ理由だよ。レオナ隊長……いや、大隊長殿?」
装甲馬車の中に沈黙が落ちる。
追及を受けたレオナが、力なく笑った。
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