第387話 城塞都市
明日の定刻、城塞都市西門に集合。
飛空船を降りて最低限の業務連絡を済ませると、レオナ小隊は一時解散となった。
「さて、どうしたものか……」
初めて訪れた場所だから、今夜の宿を心配している――――というわけではない。
レオナやソフィーのような関係者は当然として、俺のような外部協力者にも宿舎内に部屋が用意されていた。
共用だが風呂と便所があって、食堂に行けば安価で飯も食える。
場所も西門に近く、集合場所まで迷う心配もなかった。
タダで与えられる環境としては文句のつけようもない。
だから、俺が抱えている問題は全く別のことだ。
(依頼対象……というか、大樹海の妖魔の情報が全くない……)
これから狩りに出る場所にどんな敵がいるか調べていない。
C級どころかD級にも笑われそうな失態だ。
そもそも大樹海方面に進出する予定がなかったとか急な依頼だったとか、そんな言い訳は通用しない。
このまま明日を迎えれば、最低限の知識さえあれば絶対に回避できるような攻撃を受けたり、ド素人しかしないような酷い立ち回りをしたり、間違いなく大恥をさらすことになる。
本来はレオナやソフィーから情報を仕入れるはずだったが、自分が吐いた毒のせいでこうなったのだから自業自得だ。
窓から外を見ると、幸いまだ日は落ち切っていない。
今から城塞都市の冒険者ギルドに駆け込めば最低限の情報は集まるだろう。
宿舎の部屋でそんなことを考えていると、唐突に部屋の扉が開いた。
「おっと、先を越されたか。俺はローマンってんだ、よろしく頼む」
「俺はアレン。こちらこそよろしく」
気さくな挨拶を寄越した少し年上と思しき冒険者に、俺は片手をあげて応えた。
部屋に他の人間が入ってきたことに驚きはない。
半分壁に埋まったようなベッドが2台備え付けられた部屋は、見るからに二人用の様相を呈していたからだ。
変な奴と相部屋になったらどうしようかと思っていたが、第一印象は悪くない――――というか、どこかで見た顔だと思ったらクレインが雇ったC級冒険者だった。
どうやら、今回はお互い一人だから相部屋にされたらしい。
ローマンは向かいのベッドに荷物を放り、自分も腰を下ろした。
「イビキが煩いかもしれんが、一晩だけ許してくれ。こっちも煩い場所で寝るのは慣れてるから、多少の音なら気にしない。あ、女を連れ込んでおっぱじめるのだけは勘弁な」
「ああ、覚えておくよ」
上品な依頼人たちが聞いたら顔をしかめるような下ネタだが、冒険者の会話ならこの程度は潤滑油だ。
俺も慣れているし、クリスとの男子会ならもっと下品な話がいくらでもある。
さて、下ネタには下ネタで返すのがある種のマナーだ。
俺も例に倣い、軽く打ち返した。
「本当なら夜街で一晩の夢を求めるのも一興なんだが、正直に言うとそんな余裕はない」
「余裕ってのは……まさか金がないって?」
金貨ならギルドの口座にも保管庫にも唸るほどある。
俺は笑って首を横に振った。
「実は大樹海に来たのが初めてでな。急な依頼だったから、恥ずかしながら情報がほとんどない。時間は限られてるが、ギルドで情報収集しようかと思ってたんだ」
「なるほど、そいつはお互い運がいい」
「…………?」
運がいいというのはどういう意味か。
それに、お互いというのもわからない。
意図がわからず首をひねると、ローマンは芝居がかった仕草でニヤリと笑った。
「お前の目の前にいるのは15の頃から大樹海を狩場にしてきた冒険者だ。今なら美味い飯を奢るだけで、ギルドの資料室で調べるより簡単に情報が手に入るぜ」
ローマンの提案に口の端が上がる。
まさに渡りに船で、断る理由が全くない。
「よし、今日は腹いっぱい美味い物を食ってくれ」
「交渉成立だな」
「情報の量と質によっては、夜の方も考えよう」
「そうこなくっちゃ!飯屋も娼館も案内は任せな!」
ローマンが膝を打つと心地よい音が鳴った。
同室のローマンに案内され、まずは腹ごしらえに向かった。
予算を聞いて気をよくした男は、道すがらまるでガイドのように城塞都市にまつわるあれこれを教えてくれた。
城塞都市――――その通称のとおり、周囲が堅牢な城塞となっている都市だ。
戦争都市のそれよりさらに頑丈そうな外壁は、大樹海から無限に湧き出す妖魔から都市に住まう数万の住民だけでなく帝都をも守っている。
「まあ、実際の防衛線は都市から少し西に行ったところにある。ここの城壁ほどじゃないが南北に長い防壁を構築してそこで妖魔を食い止めてるんだ」
「へえ……」
その防壁が戦争都市における前線基地のような役割を果たしているようだ。
いざというときに撤退できる縦深があるのとないのでは、取り得る戦略の幅も大きく変わる。
防壁がしっかり機能しているなら、防衛は順調なのだろう。
「城塞都市の役割は、あくまで後方集積地と兵士の保養地か」
「思ったより民間人が多くて驚いたか?」
「ああ、それは思ってた」
てっきり騎士や兵士ばかりが闊歩する息苦しい都市かと思いきや、女子供も含めた一般人が普通に通りを歩いている。
最初は兵士の家族かと思っていたが、騎士でも兵士でもなさそうな成人男性と何度もすれ違ったことで、俺は考えを改めた。
後方集積地も保養地も働く人がいるから成立するのであって、働く人がいればその人々が生活するための店も必要になる。
そうやって都市機能が充実していけば、結局は他の都市と似たような構造になるのだろう。
「もちろん兵士向けの店の充実度合いは段違いだ。さあ、着いたぜ」
「おー……」
食事処が並ぶエリアにたどり着くと、ローマンが腕を広げた。
通りでは各店の呼び込みが声を張り上げ、仕事上がりと思しき者たちがぞろぞろと店に吸い込まれている。
飯には少し早い時間と思ったが、もう混み始める直前という様相だ。
「何が食いたい?」
「肉の気分だ。それ以外は任せる」
「よし来た、高い肉だな?」
「美味い肉な。高いだけだったら女はナシだぞ」
「安心しろ。飯も女も気分よく奢らせてやる」
自信満々のローマンに連れられ、肉の焼ける良いにおいが漂う店に入る。
てっきり自分の金では入れないような高級料亭を選ぶかと思いきや、迷うことなく店内を進み店員の女性に声をかける様子を見るに、初めての店ではないようだった。
「2人だ。一番高いコースを頼む」
「はいはい、一番安いコースね」
聞き違いというわけではないだろう。
流れるように安いコースに誘導されるところを見るに、間違いなく馴染みの店であるようだ。
田舎で時々ある100デルを100万デルと言うあれに近い雰囲気を感じる。
しかし、普段はどうあれ今日は本当に高いコースを頼むつもりのローマンは、顔を真っ赤にして吠えた。
「ちげえよ!一番高いやつだって!」
「あんた、そんな金ないでしょう。いつも一番安いやつ頼んでるくせに」
「おまっ!?」
懐事情を暴露されたローマンがこちらを気にして振り向いたので、俺は肩をすくめた。
元々良い店を奢るつもりだったから別に気にしていないし、このままローマンと店員のコントを鑑賞するのも面白いのだが、後ろから入ってきた次の客を待たせるわけにもいかない。
ローマンに代わり、俺からも店員に呼びかけた。
「今日の払いは俺が持つ。こいつの言葉通り、美味いのを食わせてくれ」
「あら、上級冒険者さん?これは失礼しました、お席にご案内しますね」
首から下げたカードを見た店員は一瞬で接客モードに切り替わり、二人の客を席へと誘う。
頬をヒクつかせたローマンに続くと、通されたのは小さめの個室だった。
「いつか絶対、自分の金で食いに来てやるからな!」
「楽しみに待ってますね」
愛想笑いかつ棒読みで店の奥へ消える店員にローマンは憤慨していたが、次々と運ばれてくる旨そうな肉料理の数々は彼の不機嫌をたちまち霧散させた。
二人とも腹が減っていたので、しばし会話も忘れて飯を掻き込む。
個室だから、多少のマナー違反はご愛敬。
本題に入ったのはテーブルに並んだ飯が8割方腹の中に納まった頃だった。
「さて、大樹海の妖魔の話だったな……。最初に俺から一通り説明するから、その後で聞きたいことを質問してもらう感じでいいか?」
「ああ、頼む」
「じゃあ、まずは――――」
残った料理をフォークで突きながら、ローマンの大樹海入門講座が始まった。
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