第386話 指名依頼と宮廷魔術師団2




「では、前提から説明しましょうか。まず、帝国の魔術師の頂点に君臨するのが宮廷魔術師。これはわかりますか?」

「一般常識程度なら」


 レオナの話は、宮廷魔術師団という組織の構造から始まった。

 少し遠回りに感じるが、依頼には試験の要素もあるというからこの後の説明に必要なのだろう。


「それで充分です。ただ、誤解されがちですが、宮廷魔術師は宮廷魔術師団に所属していません」

「え……?」


 予想外の話に目を丸くする。

 宮廷魔術師が集まって宮廷魔術師団ではないのか。

 レオナは呆れた様子は見せず、ただ眉を下げた。

 おそらく見飽きた反応なのだろう。


「宮廷魔術師団は宮廷魔術師の下部組織で、将来の宮廷魔術師候補が所属する、言ってしまえば予備軍です。宮廷魔術師団員はそれぞれ一人の宮廷魔術師に師事し、教えを受けながら魔獣討伐などの任務に当たります」


 レオナの名乗りを思い出した。

 宮廷魔術師第三席麾下。

 つまりレオナは、宮廷魔術師第三席に師事する宮廷魔術師団所属の魔術師ということか。


「紛らわしい……」

「同意しますが、帝都では口にしない方が身のためですよ。理由があっての呼称ですので変えるわけにもいきません」

「ちなみに理由というのは?」

「団でも、隊でも、まして軍でもなく。ただ個の力によって帝国の敵を滅ぼす。それを為せる者だけが、宮廷魔術師たり得るということです」


 本当に恐ろしいことを言う。

 頬を引きつらせながら、話を続けた。


「宮廷魔術師団と宮廷魔術師の違いはわかった。で、それと今回の件がどう繋がる?」

「単純な話です。これから城塞都市で行う妖魔狩りは宮廷魔術師団の任務であると同時に、宮廷魔術師団員の登用試験を兼ねています。この試験だけで決まるわけではありませんが、実際に任務に組み入れて適切に行動できない者が認められることはありません」


 レオナは宮廷魔術師の予備で、ソフィーは宮廷魔術師の予備の予備。

 今回の任務は、ソフィーが予備に昇格するための足切り試験のようなもの。


 大筋ではこんなところだろうか。

 おおよそ理解できたが、そうなるとまた1つ疑問が浮かぶ。


「試験なのに冒険者を雇うのはアリなのか?」

「任務を達成するために必要な戦力を調達する人脈や財力も実力のうちですから」

「なるほど。むしろわかりやすいな」


 試験と言いながら、参加者間の公平性なんか欠片も気にしちゃいないということだ。

 貴族が有利な仕組みだが貴族制を採用する国家でそんなことは今更だし、変に公平性を意識して宮廷魔術師団が弱体化することは誰も望んでいない。

 帝国という国家が求めるのは外敵の殲滅という結果であって、過程など些末事。

 あるいはの力で宮廷魔術師団に所属した者たちを押しのけ、宮廷魔術師団員の資格を得る魔術師をこそ、帝国は求めているのかもしれないが。


 いずれにせよ、このような弱肉強食寄りの合理性が帝国を大陸東部の覇者たらしめているのだろう。

 レオナはお茶を一口含み、さらに説明を続けた。


「もちろん今回は試験ですから制限もあります。例えば、小隊は3人以上5人以下で構成し、外部からの協力者は魔術師の数未満にしなければなりません。私たちの構成は事実上の最小単位です。それと、これは制限ではありませんし先ほどの話と少々矛盾しますが、あまり強すぎる協力者を引き入れると自らの能力に自信がないと見られて侮られます」

「舐められちゃマズいのは冒険者と同じか。ああ、だからクレインはC級を雇ってたのか」


 カールスルーエ伯爵家なら上級冒険者に伝手くらいあるはずなので、連れていた冒険者があまり強そうに見えないC級冒険者だったのは少し気になっていた。

 本人の言葉通りあくまで臨時の穴埋めであって、そもそも戦力としてそこまで期待していなかったということならそれも頷ける。


 納得して頷いていると、ソフィーが遠慮がちに尋ねてきた。


「クレイン様とは先日初めてお会いになったんですよね?それにしては……」


 言葉は濁しているが、俺がクレインを呼び捨てにしたのが気になったようだ。


 たしかに向こうの立場を考えると少し配慮を欠いた物言いだった。

 ここは戦争都市ではない。

 大貴族家への礼を欠けば、貴族全体への非礼と取られる可能性もある。


「つい最近、戦争都市で公国との戦争に参加する機会があった。伯爵様に謁見して言葉を交わしたから、何かの拍子に俺の名前が伝わったんだろう。ああ、弟が俺のパーティに所属してるから、それも理由かもな」

「クレイン様の弟さんですか!?貴族じゃないですか!」


 ソフィーが両手で口を抑え、目を丸くして驚いている。


 一方、レオナは警戒を強めるように目を細めた。

 今の話のどこにそんな要素が――――と考えて、すぐに彼女とクレインの関係を思い出した。

 スパイか何かと間違えられるのは困るので、先手を打って釈明しておく。


「クレインとの関係を懸念してるなら心配は無用だ。カールスルーエ伯爵家との関係は悪くないが、紐付きというわけじゃない。うちのパーティにいる三男坊も普通の冒険者として自由にやってる」

「……お気遣い感謝しますが、気にしていませんので」


 言葉とは裏腹に、やはり気になっている様子。

 クレインとの関係について説明を求めてレオナに視線を向けるが、彼女はダンマリを決め込んだ。

 答える気はないらしい。

 ダメ元でソフィーを見ると口ごもりながら理由を教えてくれた。


「クレイン様とレオナさんは、その、派閥の関係で……」

「ああ……、あの皇帝派とか貴族派とかいう?」

「ご存じでしたか」


 クレインはどこの派閥だろうか。

 前線基地でクリスに聞いた話からしてまさか皇帝派ということはあるまいが、戦争都市が滅ぶと貴族派が皇帝派を攻撃する口実になるとも聞いた気がする。


 どちらも戦争都市が素直に手を組める相手ではなさそうなので、それ以外の中立派みたいな集団も存在するのかもしれない。


「なるほど、戦争都市の兵士や冒険者は帝国を守るために必死に戦ってるのに、帝都では呑気に派閥争いか。そりゃ、仲が悪くなるのも当然だ」

「アレンさん!?」


 依頼主の上官に対してあるまじき発言だと理解はしている。

 しかし、クリスや戦争都市がどれほど苦しんだか知る身として、言わずにはいられなかった。

 

 言葉に含めた非難はレオナに正しく伝わったようで、彼女の眼差しは前にも増して鋭くなる。


「何か言いたいことでも?」

「言わなければわからないか?」


 真っ向から打ち返し、睨み合うことしばし。


 先に視線を逸らしたのはレオナだった。


「戦争都市の窮状は知っていました。ただ、支援を許さない状況があるのです」

「知ってるさ。故郷のために命を捧げた数千の兵士なんかじゃ到底釣り合わない、やんごとない事情があるんだろ?よくわかってるとも」


 レオナは膝の上にそろえた両の拳を握り締め、黙り込んだ。

 ソフィーは変わらずおろおろしている。


 俺は二人の態度を気にせず、お茶とお菓子を楽しんだ。


 飛空船が城塞都市に到着するまで、会話はほとんどなかった。



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