第385話 指名依頼と宮廷魔術師団1





 階段を下りながら1階ロビーを見渡すと、依頼主であるソフィーはすぐに見つかった。


「アレンさん、こちらです!」


 ソフィーもこちらに気づき、大きく手を振っている。

 鈍重な全身鎧を着て現れたらどうしようかと思ったが、今日は流石に魔法使いらしいローブ姿だった。


 近くにはレオナとクレインたちの姿もあり、こちらも何やら話し込んでいたようだ。


「お待ちしてました!よろしくお願いしますね!」

「ああ……。まあ、受けたからにはちゃんとやるが……」

「なんですか、その言い方は……。しっかりしてもらわないと困ります」


 ソフィーとレオナで反応は正反対だ。

 クレインには軽く会釈すると、やはり向こうから話しかけてきた。


「ソフィーに雇われたと聞いた」

「ええ、まあ……。装備を餌にされまして……」

「エサ……?」

「盾を購入する予定だったのですが、土壇場で依頼を受けないなら売らないと……」

「すみません!すみません!」


 俺とクレインの視線を受けたソフィーがしきりに頭を下げているが、正直なところフォローする気にはなれなかった。

 2日前に防具屋で行われた交渉は、そんな気が失せるくらい酷いものだったのだ。


「……まあ、ソフィーの成績が落ち込むのも望ましくない。是非頑張ってくれ」

「ありがとうございます」


 色々と型破りなこちらの依頼者+1と比べ、クレインの言動は常識的で好感が持てる。

 欲を言えば2日前にクレインが防具屋を訪れるのが数分でも遅かったら、俺はこんなよくわからない依頼を受けることもなかったし、アホに絡まれることもなかったのだが。

 彼自身にはどうにもならないことで、単に間が悪かったというだけの話なのでもちろん言及はしない。


 クレインは鷹揚に頷くと、一転眉根を寄せて周囲を見回した。


「しかし、こちらで雇った冒険者はどうした?」

「申し訳ありません。冒険者ギルドを介して所属クランに連絡させたのですが、すでに向かったはずだと……」


 クレインの取り巻きAが恐縮している。

 どうやらソフィーを入れるつもりだった枠を冒険者で埋めようとしたらしい。


 二人雇ったはずが一人しかこの場に現れず、もう一人が行方不明。

 取り巻きの横で一緒に頭を下げている冒険者は本当にとばっちりだ。


「気にする必要はない。所詮はC級冒険者……そちらのように一騎当千というわけでもあるまい」

「……はい」


 戦争都市での顛末を知っているクレインの評価は高めだが、取り巻きは表面上同意しながらも疑念の眼差しを向けている。


 これはもう仕方がない。

 俺の外見は年齢もさることながら、防具がシンプルすぎて上級冒険者には到底見えないのだ。


 先月新調したばかりの防具は、戦場で多くの攻撃から俺の身体を守ってくれた。

 共に死線を越えたことで、愛着も湧きつつある。


 しかし、一式で600万デルの鋼鉄製は、どう贔屓目に見ても上級冒険者の装備としては物足りない。

 俺の注文通りに製作してくれた職人には本当に申し訳ないのだが、おそらく絡まれた原因のひとつはこれだろう。


 だからこそ新装備が欲しかったのだが、人生ままならないものだ。

 前世で服を買いに行くための服がないというネタがあったが、今の状況はもしかするとそれに近いかもしれない。


「そろそろ時間だ。行くぞ」


 クレインの声に取り巻き二人と冒険者が続く。

 それに釣られるように、周囲の似たような組み合わせの集団が次々と移動を始めた。


「私たちも行きましょう」

「はい、頑張りましょう!」


 レオナの声にソフィーが応え、彼女たちも歩き出す。


 2階に転がしたマグロがクレインの待ち人でないことを祈りながら、俺も二人の背中を追った。





 ◇ ◇ ◇





 帝都の冒険者ギルドが複数あるなら、帝都の飛空船発着場も複数存在している。


 中央部に貴族用が1か所。

 俺たちも利用した帝国各地に向かう旅客用に1か所

 そして、俺たちがつい先ほど利用した軍用発着場の合計3か所だ。


 飛空船のサイズは旅客用より大きく、内装のレベルもずっと高い。

 聞けば、この飛空船は宮廷魔術師団が運用する専用機だそうだ。


「観光ではありませんよ」


 部隊ごとに宛てがわれた、やたらと広い控室。

 綺麗に磨かれた窓ガラスを通して外の景色を眺めていると、背後から小言が飛んだ。


 レオナの態度は依然として厳しい。

 どうにも理由がわからないのだが、本名の件もあって事情に深入りしたいとは思わなかった。


 俺は大人しくソファーに腰を下ろし、備え付けの菓子を摘まみながらレオナに問う。


「それを言うなら、そろそろ詳しい話を聞かせてくれないか?ここに至るまで、俺はほとんど何も聞かされてないんだぞ」

「ソフィーの指名依頼を受けたのではないのですか?」


 俺は腰のポーチから先ほどギルドで受け取ったばかりの依頼票を取り出し、レオナに突き出した。

 そこには、こんなことが書いてある。


 依頼名:妖魔の討伐を助けてください。

 報 酬:現物支給-盾(価格1億5千万デル)

 場 所:城塞都市近辺(帝都冒険者ギルド西支部1階に集合)

 内 容:妖魔の討伐を助けてください。

 

 盾の売価がぼったくり価格からさらに暴騰しているのは交渉の結果だ。

 どうあっても依頼を受けなければ盾を売らないという店主の意思表示であり、俺が現金での購入を断念した理由でもある。


 それはさておき。


「このスカスカの依頼票から、一体何を理解しろと?」

「……ソフィー?」


 ソフィーは弁明することもなく、ただスッと視線を逸らした。

 彼女の露骨な仕草に、俺とレオナの溜息がシンクロする。


「こんなんでよく宮廷魔術師団が務まるな」

「ソフィーはまだ見習いです。そもそも、今回の試験はそのための……いえ、説明していないのでしたか。仕方ありませんね……」


 レオナはソフィーに説明させることを諦め、自ら説明役を買って出ることにしたようだ。


 恐縮する少女の隣で、彼女はゆっくりとした動きでティーカップを置いた。



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