第381話 すれ違……えない




 ほかの防具屋も回ってから、また来る。

 店員に伝え、俺は何軒目かの防具屋を後にした。


「うーん……」


 上半身だけ、あるいは腰回りまでを守るタイプの鎧をいくつか試着した。

 帝都中の防具屋が切磋琢磨するこの場所に店を構えるだけあって、どの鎧も悪くはなかった。


 しかし、決め手に欠ける。


 デザイン、防御力、重量、耐久性、機能性、付与効果、その他諸々。

 防具に求められる要素は数多く存在しており、それら全てを完璧に備えている防具は俺の手の届かない場所にしか存在しない。

 だから、いくつかの要素に関して妥協が必要になることは理解している。


「うーん…………」


 防御力や機能性は十分で、デザインが好みからかけ離れている鎧。

 デザインはドンピシャで防御力はそこそこ、しかし機能性がいまいちな鎧。

 付与効果は素晴らしいが、肝心の耐久性に懸念がある鎧。


 価格に関してはある程度目を瞑っても、妥協ギリギリのラインを攻められているようで悩ましい。


(俺が希望する防具は、もしや一見の客では売ってもらえない水準なんだろうか……)


 防具に限らない話だが、装備や魔道具のハイエンド品は圧倒的に需要超過だ。

 売手の立場なら、店頭に並べる前にまずは付き合いのある人間に声を掛けるはず。

 その結果、そういった品々が一般客の目に触れることはほとんどない。

 そこに割り込むには相応の人脈と資金力が必要だ。


(ギルドに頼んでみるか……?)


 カネはともかくコネはどうにもならない。

 しかし、冒険者ギルドに借りを作るのもよく考える必要がある。

 現在は良好な関係を維持しているが、ドミニク――――ギルドマスターの方針に迎合したわけではない。

 借りの重さで足元が沈み、身動きが取れなくなっては困るのだ。


(いっそのこと、鎧はまた今度にするか……)


 フロアを1周する間に、もうひとつ選択肢があることに思い至った。


 鎧に代わる選択肢――――それは盾だ。


 ある店の壁に掛けられた盾を見たとき、公国軍陣地の奥深くで盾が欲しいと考えたことを思い出した。

 欲しいのは防御力であって鎧ではないのだから、『セラスの鍵』との相性を考えると必要なときだけ召喚して使用できる盾というのは悪くない。


 鎧の購入は保留し、盾の件を思い出すきっかけとなった防具屋を目指す。

 多くの客で賑わう防具屋の中、商品の方向性から客に敬遠されている寂れた店。

 少女による体を張った販促が記憶に残る、あの店だ。


 店の前に差し掛かると、客が出てきた。

 急いでいるようで、こちらを見ていない女性客とぶつかりそうになる。


「あ、すみません!」

「いえ、お気になさらず……ッ!?」


 レオナが現れた。

 向こうもこちらの顔を見て呆気にとられている。


(なんで!?なんでここに!?)


 まさか頭の中に直接語り掛けた結果ではなかろうが、よろしくない事態だ。

 俺はそのまま何でもない風を装って寂れた防具屋に足を踏み入れる。


 目当ての盾がある店の奥へと足を進めると――――背後には女の靴音が付き纏う。


(ああ、なんでこう……!)


 何をやってもダメな日というのはたまにある。

 俺にとって、きっと今日がその日なのだろう。


 もうジタバタしても仕方がない。

 溜息を飲み込み、店の奥の店員に声を掛けた。


「すまない。あそこにある盾を使ってみたいんだが、構わないか?」

「あ、さっきの!はい、是非試してみてください!」


 どうあっても鎧は脱がないつもりか。

 頑丈な椅子に腰を下ろしたまま、店員は輝くような笑顔で俺を歓迎した。


 そんな店員に、背後のストーカー女が声をかける。


「知り合い?」

「あれ、レオナさん、本部に戻るんじゃなかったんですか?」

「それはいいから」


 俺は目当ての盾が置かれた棚に近寄りながら、背後の会話に聞き耳を立てる。

 会話の断片から二人か同じ組織に所属していて、年齢差の問題かレオナの立場がやや上であることがわかった。


 動きが不自然にならないよう、盗み聞きと並行して盾の装備も進めていく。

 まずは大きめの盾を両手でゆっくりと台座から持ち上げた。


(おお、結構重いな……)


 常時行使している<強化魔法>の強度を、全力一歩手前くらいまで引き上げる。

 大きさや形が丁度良さそうというしょうもない理由で手に取った盾だが、こんなに重くては使える人間が限られそうだ。


「どれどれ……」


 表は無骨で飾り気がない、何の変哲もない鉄製の丸盾。

 裏返してみると、握りと腕用のベルトの2点で支えるオーソドックスなタイプ。


 見た目と実際の重さが乖離している理由は、予想以上の厚さにあるようだ。

 あまり薄いようだと命は預けられないが、ここまで厚いのもどうだろうか。


 とりあえず左腕に装備して、構えてみる。

 使えないことはないが、重すぎて取り回しはよろしくない。


 試しに『スレイヤ』を召喚し、鏡の前に立って動いてみると――――


(うーん……)


 右手に握った剣を見下ろす。

 鍛えた騎士でもまともに振れないほどの重量があるため、基本的には両手剣として運用している俺の愛剣。

 それを無理やり片手剣として使うなら、利き手である右手を使わざるを得ない。


 そうすると盾は残った左手で使うことになるのだが、この分厚い盾を左手で運用するとなると、これはこれで厳しい。

 盾を使う状況の想定は、回避できない程度に広範囲で<結界魔法>が間に合わない手数の攻撃を受けたときだ。

 瞬間的に防御に専念するとはいえ、取り回しが悪くては役に立たない。


(いや、いっそ剣と入れ替えるか……)


 持ち手を逆にするということではなく、盾しか持たないということだ。

 普段は剣だけを使い、防御に専念するときは剣を収納して代わりに盾を召喚する。


 幸い『セラスの鍵』の即時召喚枠は剣と魔法銃のほかに2つ残っている。

 『セラスの鍵』の運用も上達し、理想に近い速度で装備の入れ替えができるようになってきたので、これなら重さの問題は解決だ。

 一瞬でベルトを装着することはできないから握りだけでの運用になるが、右手で盾だけで使うなら何とかなるだろう。


 実際に『スレイヤ』を保管庫に収納し、右手に盾を装備してみる。


「うん、これならいけるか」


 盾を装備したまま軽く動いてみると、感触は悪くない。

 剣と盾を持っていたときには気になった重さも、頼もしく感じるくらいだ。


(盾の使い方は、今度辺境都市の騎士団で聞いてみるか……)


 動き方や腕の使い方の基礎だけでもいい。

 これだけ重い盾なら力任せのシールドバッシュでも相当な威力になりそうだ。


(まあ、こいつは一旦保留だが……)


 サイズが丁度いいので試しに装備させてもらったが、今すぐこの盾を買う気はない。

 この盾は付与効果が何もない、いわゆるバニラ装備だからだ。

 こんなものは辺境都市の防具屋に注文すれば簡単に調達できるので、帝都の防具屋ギルド直営店まで来て購入する意味はない。

 失礼ながら、予備に持っておくなら値段によってはアリというのが率直な評価だ。


 いずれにせよ、まずは本命を見繕うのが先決。

 俺はもう一度だけ左腕に盾を装着して感触を確かめつつ、元々盾が置かれていた棚に向かって歩きながら店内を観察した。


 この防具屋のコンセプトは非常にわかりやすい。

 当たらなければ云々の真逆――――とにかく頑丈に仕上げてを実現しようというものだろう。


 実際に耐えられるかどうかは状況によりけりだろうが、重量の問題をある程度気にしなくて済む俺としては悪くない。

 ほかの防具屋の盾を見て回る前に、この防具屋で一番しっくりくる盾を決めて基準にしようと思う程度には好印象だ。


 ただ、ゆっくり商品を見る前に、今装備している盾を棚に戻さなくてはならない。

 盾が置いてあった台座の前で屈みこみ、重い盾をそっと元の場所に戻そうとしていると――――


「ああっ!?その盾、使えるんですか!?」


 店員の少女が突然声を張り上げた。

 現在、店内の見える範囲にいる人間は店員とレオナ以外に俺だけなので、その盾というのは間違いなく俺が装備していた分厚い丸盾のことだろう。


 振り返ると、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら全身鎧が歩いてくる。

 レオナがついているが危なっかしいので、こちらから近づいた。


「この盾がどうかしたのか?試すのは構わないんだろう?」

「はい、もちろんです!」


 ならば、さっきの奇声はなんだったのか。

 要領を得ない反応に困惑していると、店の奥から慌ただしい足音が聞こえた。


「ソフィー!!盾ってのは……ッ!」


 店舗と裏を仕切るのれんをかき分け、ツナギを着た男が現れた。

 男の視線は店員の少女を捉えた後で店の中を彷徨い、俺のところ――――正確には、俺が抱えた盾で止まる。


「お前、その盾を使えるのか!?」


 おや、何か既視感のある流れだ。



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