第379話 すれ違い




 様々な客であふれかえる帝都防具屋ギルドの直営店。

 1階中央部にある共用スペースの外周を、各店舗の店先を掠めるように反時計周りにゆっくりと歩く。


 各店舗に飾られた商品は色も形状も豊富で、見ているだけで十分楽しめた。


(やっぱり、店ごとに特色があるな……)


 軽くて丈夫。

 長時間着用しても疲れない。

 とにかく頑丈。

 見た目全振り。


 各店舗のアピールポイントは様々だ。


 形状に関しても色々な鎧を偏りなく扱う店もあれば、上半身あるいは全身に特化した店もある。

 おおよその方向性は決めてきたつもりだったが、これだけ色々な種類を見せられると考えも揺らいでしまう。


(おっと……)


 ある店舗を通りがかったとき、店先にいた少女の腰に手を添えた。


 通りすがりに痴漢を働こうというわけではない。

 重そうな全身鎧を試着して店先を歩いていた少女が、バランスを崩して後ろに倒れそうになっていたところを助けたのだ。


「す、すみません!」

「構わない。自力で立てるか?」

「はい、大丈夫です……。助けていただいて、ありが――――」


 ゆっくり体勢を立て直した少女はヨタヨタと方向転換し、こちらを向いて頭を下げ――――ることができず、再び体勢を崩す。


「…………」

「すみません!本当にすみません!」


 礼を言われそうな雰囲気からその後の展開を読み切った俺は、一歩前に出て少女を支えた。

 先ほどのように簡単にはいかず、顔から突っ込んでくる少女を体で受け止めるような体勢だ。

 彼女が着用する鎧の突起が当たっているので地味に痛い。


「ちょっと抱えるぞ」

「あ、わ……!?」


 俺は米俵を担ぐようにして少女入りの全身鎧を肩に担ぎ、店舗に入る。

 試着のためのスペースを見つけると、そこに彼女を下ろして座らせた。


「店員がいないな。試着中の客を放って、一体どこ行った?」


 店舗内にほかの客は見当たらなかった。

 裏に引っ込んでいるのだろうが、歩くことも覚束ない客を放置するのは店としていかがなものか。


(そもそも、こんな女の子に全身鎧なんて着せるなよ。店員が止めるべきだろうが……)


 せめてスリムなデザインにすればいいものを、よりによって機動力を投げ捨てた鈍重な全身鎧で、それを着せられているのは俺より年下と思しき少女だった。

 見えているのは後ろで結わえられてポニーテールになった茶色の髪と可愛い顔だけだが、特にガタイが良いわけでもなさそうで、鎧に着られているというか鎧の中に詰められているという表現がしっくりくるような有様だ。

 実は罰ゲームで着せられました、と言われたら普通に信じる。


 しかし――――


「すみません、私が店員です……」

「…………」


 信じられないことを宣う少女を凝視するが、冗談という雰囲気ではない。


 呆れて溜息を吐く俺に、少女は恐縮して身を縮めた。






 販促のために体を張る少女を置いて、俺は防具屋巡りを再開した。

 彼女が自分の意思でそれを為すなら、俺から言うべきことは何もない。

 俺にできるのは彼女の雄姿が客を呼ぶことを陰ながら祈ることだけだ。


 建物の正面入口から最も遠い店舗を通り過ぎ、そのまま反対側へ回る。

 しばらく歩くと、比較的軽そうな鎧をメインに扱う店舗を見つけた。


(せめて、これくらいだよな……)


 先ほどの店員のことだ。

 セパレート構造で肌が見えるとか、ある程度の露出があるタイプの鎧ならいざ知らず、体のラインが見えない全身鎧のモデルに少女を起用する意味がない。


 他店の鎧を着たところで、彼女の目的は果たされないだろうが。


「おっと、失礼」

「いえ、こちらこそ」


 飾られた鎧に気を取られていたら、向こうから歩いてきた女性客とぶつかりそうになった。

 実際にぶつかったわけでもなし、人が多い場所なら良くあることなので相手も気にした様子はない。


 互いに笑顔ですれ違えば、数分後には顔も思い出せなくなるのだろうが――――


「……え?」


 俺は間抜けな声を漏らしながら、女性客の方を振り返った。

 女性客が二度見必至の絶世の美女だったというわけではない。


 美人といえば美人なのだが、俺が振り返ったのは彼女の美貌が理由ではなかった。


「なにか……?」


 怪訝な顔で振り返った女性客。

 彼女の容貌がアンにそっくりだったのだ。


 もちろん年齢が違うので背格好は異なる。

 ただ、アンが数年成長したらこんな感じだろうという想像そのままの姿がそこにあった。


 肩に触れるくらいで切りそろえられた艶やかな金髪に赤い瞳。

 身長のわりに大きめの胸。

 どことなく漂う子犬のような雰囲気。


 そこまで考えて、俺は気づいた。


(いや、そんな女どこにでもいるか……)


 よくよく考えればさほど珍しい特徴でもなかった。


 帝都ではすれ違う人々の半数が金髪だし、瞳の赤は髪ほど珍しくない。

 胸なんて詰め物でいくらでも盛れるだろうし、子犬のような雰囲気はすでに霧散している。

 目の前にいるのは、よくある特徴を持った少し年上の女性――――いや、少女だった。


 その顔からは愛想笑いが消え、警戒心も露わに身構えている。

 俺は誤解を解くため、両手を上げてひらひらと振った。


「申し訳ない、知人に似ていたので。では……」


 気まずさに耐えかねて一言謝罪し、滑らかにUターン。


 鎧は後でも見れる。

 今はとにかく、速やかにこの場から離れたい。


 しかし――――


「待ってください!」


 背後から先ほどの少女の声。

 心情的には猛ダッシュで走り去りたいところだが、逃げればやましいことがあると喧伝するようなもの。

 俺は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


「――――ッ!?」


 思いのほか少女の顔が近くにあり、俺は一歩後ずさる。

 彼女は手を伸ばせば触れられるほどの距離から俺を凝視していた。


 視線の厳しさは、もはや睨んでいると言ってもいいくらいだ。

 ナンパ男に声を掛けられたのが気に入らないにしても、その視線は少々鋭すぎる。


「な、なにか……?」

「あなた、お名前は?」


 少女の誰何に頬が引きつる。


 名前を白状すれば状況が好転するか。

 十中八九、答えはノーだろう。

 残りの一二も衛士詰所に直行で社会的に即死するパターンだ。

 ここは何とかして、名前を告げずに乗り切らなければならない。


「本当に、知人と間違えただけなんだ。悪気は――――」

「そんなことは聞いていません」


 彼女の口調は厳しくなり、客の視線が集まり始めた。

 活気にあふれ大声が飛び交う商業施設だからこそ、まだこの程度で済んでいる。


 だが、このままでは遠からず痴漢冤罪に似た状況になるだろう。

 正義感を持て余した奴らに包囲されてからでは手遅れだ。


 俺は腹をくくって、反転攻勢に出た。


「おい……。あんた、こっちが下手に出れば、一体何の権限があって――――」


 少女は俺の言葉を遮るように、懐から一枚のカードを取り出した。

 冒険者カードに似たサイズで、しかし冒険者カードとは似ても似つかないデザインのそれ。

 おそらく、どこかの組織の身分証だろう。


 その予想は見事的中し、彼女は高らかに自身の所属を告げた。


「宮廷魔術師第三席麾下、レオナ。宮廷魔術師団の捜査権限により、事情聴取を行います。当然、ご協力いただけますね?」

「………………」


 そう言えば、痴漢冤罪は逃げるのが正解だと何かで読んだことがある。


 真偽もわからない無駄知識が、今更ながら脳裏を過った。



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