第378話 寄り道
ホテルで一泊して迎えた翌朝。
俺たちは飛空船に乗って戦争都市を離れた。
展望室から見える白が目立つ街並みや小高い丘の城。
それらは遠ざかり、米粒のようになり、やがて見えなくなる。
ようやく緊張が解け、大きく深呼吸した。
「終わったなあ……」
「終わったねえ……」
「ですね……」
「ふう……」
クリスたちも思い思いに力を抜き、手すりに寄り掛かっている。
少しだらけた互いの仕草を笑い合う和やかな時間が流れた。
戦争が一段落して、今後経済が活性化する戦争都市行きの飛空船は今頃大混雑だろうが、俺たちが乗る中継都市行きは人もまばら。
展望室にいるのは俺たちだけだから、少しくらいなら気を抜いても大丈夫だろう。
眼下の景色を眺めながら、雑談は続いた。
こうして4人そろった状態で、落ち着いた雰囲気で話すのも久しぶりだ。
わずか10日ばかりの滞在が濃密すぎて、この感覚を忘れそうになっていた。
(そうだ、忘れると言えば……)
報酬分配の話をしていなかったことを思い出した。
本当は昨夜ホテルでするはずが、俺の魔力にまつわる話が思いのほか長くなり、終わったら終わったで報酬の話をする雰囲気ではなかったから見送ったのだ。
会話が一区切りついたところで報酬分配の話を切り出すと、3人ともこちらに顔を向けた。
しかし、それはあくまで雑談の延長線上という反応だ。
改めて盛り上がるわけでもない。
クリスに関しては自分の分がないから当然としても、分配があるティアとネルの反応まで薄かった。
一時期は家を借りるのも苦労していたのに、ずいぶんと懐に余裕ができたらしい。
(まあ、金に余裕があるのは良いことだしな……)
金がない人間は判断を誤る。
金ほしさに無理をするというだけでなく、金がないという焦りが正常な判断を阻害するのだ。
反応が薄いことを少し寂しく思う気持ちもあるが、金に困るよりはよほど良い。
勿体ぶることもせず今回の報酬を端的に告げた。
「今回の報酬総額は現金で8億。それと――――」
「「「8億!!?」」」
三人分の声が鼓膜を叩く。
先ほどの関心の薄さが嘘のようで、まるで悲鳴のような声だった。
狙ったとおりの反応を得られて満足だが、一応リーダーとして注意しておかねばなるまい。
「今は誰もいないが、一応公共の場だぞ」
「す、すみません……」
「あんたのせいでしょうが……」
「てか、お前はなんで驚いてる。払う側なら金額は知ってるだろうが」
当然、クリスに向けた言葉だ。
基地司令官として一軍を指揮したのだから、冒険者の報酬に関して何も知らないはずはない。
ティアやネルと一緒に目を見開いているのは、一体どうしたことか。
しかし、クリスの回答は単純明快だった。
「冒険者の報奨金総額は10億デルを少し超えたくらいだったと思うけど。そこから8億もぶんどってきたのかい?」
「ちょ、はああっ!!?あんた、人の心とか無いの!?」
「失礼な……」
とはいえ、そう言いたくなる気持ちはわかる。
仲間たちが向ける視線を受け、俺はランベルトとの交渉経過を簡単に説明した。
兵種ごとの人数と報奨金額が明示されたこと。
『黎明』の戦果とそれ以外の戦果を概算で区別したこと。
多すぎると思って再計算しても、やっぱりこの金額になったこと。
それを踏まえてランベルトが提示した分配案をそのまま承認したこと。
冒険者たちのまとめ役を買って出てくれた礼として、『黎明』の報酬から一部を独断でランベルトに分配したことも話したが、ティアとネルから異論はなく申し訳なさそうな顔をするばかりだった。
「まあ、そういうわけだ。分配はいつもどおり共用の口座に2千万入れて、残りを――――」
「あ、あたしは――――」
「残りを、三等分で、2億6千万ずつだ。異論は受け付けない」
被せて来たネルに、更に被せて口の端を上げる。
ネルが何か言いたげに口元を動かすが、結局言葉にせず黙り込んだ。
「アレン、悪いけどネルちゃんを口説くのは遠慮してくれないかな」
「それはお前に任せるよ。俺には荷が重い」
背後から少女の肩に置かれた手を見ながら、俺は肩をすくめる。
少し前までこういう会話を耳にするなり怒鳴り散らす暴力的な少女がいたのだが、そいつはもういない。
別人を身代わりに残し、別れも告げずにどこか遠いところに行ってしまった。
そして、身代わりとして加入したのは恋するお嬢様。
今も赤く染まった頬を想い人に見られまいとしているが、クリスと俺で少女二人を挟む位置関係上、こちらからだと丸見えだということに気づいている様子はない。
こいつも以前のクリスのように、少し知力が下がっているようだ。
索敵担当が索敵をほったらかしにして男に見惚れるのはちょっと許容できないのだが、どうしたものだろうか。
まあ、それはおいおい考えるとして――――
「というわけで臨時収入だ。戦争都市を観光できなかった代わりに帝都に寄り道していかないか?」
「賛成です!」
「いいね」
「さ、賛成……」
満場一致。
帝都の滞在を1日延長し、2泊3日で帝都観光を行うことが決定したのだった。
◇ ◇ ◇
中継都市で一泊し、飛空船で帝都へ移動する。
出発も到着もほぼ定刻どおりの快適な空の旅を経て、俺たちは再び帝都の地を踏んだ。
相変わらずの人、人、人。
帝都は公国との戦争などお構いなしに、今日も大量の人々で埋め尽くされていた。
色々と知ってしまったからか、その賑わいを純粋な気持ちで眺めることはできないが、道行く人々に罪があるわけでもない。
俺は溜息と一緒に、心の中に生まれたわずかなもやもやを吐き出した。
(さて……)
時刻は昼過ぎ。
帝都での行動を見越して昼食は飛空船の中で済ませたので、明日を待たずに今すぐ行動できる。
「ホテルは抑えた。予定通り、まずは装備を更新するぞ」
昨日は中継都市を楽しむことは控えめにして、帝都での動きを決めるための情報収集と相談に費やした。
初日の今日は装備更新、2日目はデート、3日目朝に辺境都市へ出発。
これが2泊3日の帝都観光計画だ。
帝都に着くなり往路で宿泊したホテルに部屋を取り、本日の目的である装備更新のため、防具屋ギルドの直営店を目指す。
「職業ギルドはどうにも事務方の印象が強いから、店舗があるのは流石帝都だね」
「だな」
俺にとってギルドといえば冒険者ギルドだが、もちろん冒険者以外の職業にもギルドが存在する。
商業ギルドや魔術師ギルド、郵便ギルドがその代表例で、大きなギルドは下部組織もギルドで構成されていたりする。
今回向かうのは商業ギルドに所属する防具屋ギルド、その帝国支部の直営店。
つまり帝国各地の防具屋が集まって百貨店になったような店だ。
建物内はどこもかしこも防具屋だから、品質や価格の誤魔化しは通用しない。
既製品の販売がメインだが、出店する多くの防具屋では個別の注文も受けてくれるらしいので、きっと良い品に巡り合えるだろう。
「お金、足りますよね……?」
「上を見たらキリがないけど、門前払いはされないはず……多分」
ネルがこの手の話題では珍しく自信なさそうにしているのは、帝都の威容に気圧されているからか、それとも知力が低下しているからか。
不安げな女性陣だったが、報奨金の分配はすでに済ませたので二人のポーチには金貨が唸るほど眠っている。
俺も報奨金のほぼ全額を引き出して保管庫に移した。
上級冒険者は本拠地以外でも自身の口座から金を引き出せるからあまり意味はない行為だが、あまりに現実感のない金額のせいで謎の不安に駆られたのだ。
「大丈夫だよ。行こう、ネルちゃん」
自然にネルの手を握り、クリスが歩き出す。
俺もティアの手を引いてあとに続いた。
帝都の人々だけでなく旅行客の利用も見込んでいる直営店は、俺たちが利用した飛空船発着場から徒歩で行ける場所に立地していた。
建物の中央部が吹き抜け構造になっている四階建て。
入口から少し進んで見上げると、上の階まで含めて両サイドに店舗の看板がズラリと並ぶ光景は壮観だ。
「これが各店舗の配置図だね」
クリスは慣れた様子で建物内の全体図を眺めている。
多くの客が一度に利用できるように作られた巨大な壁のような図面には、今の防具を購入した辺境都市の防具屋の名も見つけることができた。
「それじゃ、また後でな」
「はい、いってきますね」
俺はティアの手を離し、上階へ向けて歩き出す彼女を見送った。
一緒に見て回りたい気持ちはあるが、それをやると掛かる時間が4倍になってしまう。
明日の朝から観光をするためだと割り切って、ここでは防具の系統ごとに分かれて行動すると決めていたのだ。
扱う品物の性質上、建物内は戦える客であふれかえっていて、防具屋ギルドが雇った手練れの警備兵も常時各階を巡回している。
厳重な警備の中、客であるティアに絡んでいく者はいないだろう。
美しいだけの少女ならいざ知らず、B級の冒険者カードを首に掛けた凄腕の魔法使いならばなおさらだ。
ティアは新しいローブを探しに魔法使い向けの3階へ。
クリスとネルは革製品を見に軽戦士向けの2階へ。
それぞれが目当てのフロアに向かうのを見送った俺は、盾役や重戦士向けの1階で金属製の防具を見て回る。
「さて、どの店にするか……」
これまでは保管や整備、運用の観点から胸当て一択だったわけだが、『セラスの鍵』を入手した今なら重量のある金属鎧も有力な選択肢になる。
回避と<結界魔法>でさばき切れずに攻撃を受ける状況も想定し、防御力重視の装備も用意しておきたい。
騎士のような全身鎧では機動力が大幅に低下してしまうので、まずは上半身の胴体部分だけを守る鎧が第一候補だ。
「~~♪」
新たな装備への期待で心が躍る。
俺は鼻歌を歌いながら、店舗を端から回り始めた。
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