第377話 正しい魔力の育て方




 催しの熱気も冷めた冒険者ギルドの待合スペースは、流石に空席が多くなっていた。

 分配会議に参加していない者たちの中には昨日からの戦勝気分を引きずってそのまま酒場に行った者もいるだろうし、勤勉な者なら久方ぶりの狩りに向けて準備を整えている頃かもしれない。

 いずれにせよこの時間帯、明確な目的を持ってこの場所に留まっている冒険者は少なかった。


 そして、その例外となる数少ない集団のひとつが俺たちだ。


「観光はできてないけど、明日出発でいいよな……?」

「そうね……」


 俺たちは疲労が滲む顔を突き合わせ、もはや原型を留めていない旅行計画に何度目かの修正を加えた。


 帝都と中継都市でそれぞれ1泊し、戦争都市に6泊7日で滞在後、往路をなぞるように引き返す。

 全11日間で計画された慰安旅行は、今日で12日目を迎えている。


 すでに日程を超過しているというのに、観光スポットを1か所たりとも回っていない。

 さらに言えば観光スポットを1か所も回っていないのに、もうお腹いっぱいで胃がはち切れそうだ。


 この満腹感は、決して先ほどの昼食のせいではない。

 一切反論せず俺に同意するネルが、それを確信させた。


「いやあ、迷惑をかけたね」

「お前はマジで反省しろ……。辺境都市に戻ったら、ゆっくりじっくり話を聞いてやるからな?」


 状況が落ち着き、ようやくクリスを追及する余裕も生まれた。


 俺だって鬼ではない。

 事情を聞かずとも、戦争に巻き込まれるから行きたくないと言われたら無理強いはしなかった。

 

 俺の境遇を知ったクリスも内心で色々思うところがあったのだろうが、もう少し上手に着地できる方法で明かしてほしかったというのは、決して贅沢な望みではあるまい。


「大丈夫。もうこれ以上の隠し事はないよ」

「あってたまるか……。ティアとネルは大丈夫だよな?実はどこかの貴族と血の繋がりがあったり……」

「あるわけないでしょ」

「私はなんとも……」


 俺の懸念を一蹴するネルの隣で、ティアは自信なさげに首を傾げた。

 彼女の母親は冒険者で、父親の情報はほとんどない。

 だから実はティアは――――ということがあってもおかしくはないのだ。


 しかし、ネルが再び俺の懸念をぶった切った。


「それを言ったら、一番怪しいのはあんたでしょうが」

「え……?ああ、そりゃそうか……」


 言われてみて、初めてその可能性に思い至った。

 

 二度目の人生で最も古い記憶は孤児院のもの。

 両親に関する情報は一切持っていない。


 歓楽街で生まれた子なら意外にもまとめて育てるための施設があり、スラムにある犯罪組織の女ならどこかに養子か奴隷として売られたはず。

 そこから逆算して、母親は南東区域で暮らす立場の弱い女だったのだろうというのが俺の考えだ。


 ただ、生んだ子を育てることはおろか金に換えることすらできない女が十数年生存できるほど、南東区域は弱者に優しくない。

 真実は永遠にわからないままだろうし、それでいいと思っている。


 そんなわけで俺が実は――――ということがあってもおかしくはない。


 だが、ネルの懸念はどうやら違うところにあるようだった。


「生い立ちもそうだけど、それより魔力がおかしい」

「失礼な……」


 憮然としてネルを睨むも、すぐに左右からの視線がこちらを向いていることに気づく。

 そこに込められた感情は失礼な女に罵倒を浴びせられた俺に対する同情ではないく、むしろネルに同意するような雰囲気があった。


 魔力感知に優れた者は、他人が保有する魔力量をぼんやりと把握できると聞く。

 できない奴の方が圧倒的に多数派のはずだが、どうやら『黎明』内では話が違うらしい。


「有力な貴族家は、魔力が優秀な子が多いんだよ。鍛え方が確立してるのも理由のひとつだけど、魔力が多い人間の血を代々取り込んできたから、魔力が多い子が生まれやすいんだ」

「ああ、そういう……。で、俺の魔力はそういう大貴族家に匹敵すると」


 得心して呟くと、しかしクリスは首を横に振った。

 梯子を外された形になった俺は片眉を上げる。

 

 そんな俺に、クリスは呆れたように告げた。


「そういう貴族家の人間よりも、アレンの方がずっと多い。比較するのが馬鹿らしくなるくらいに」

「そんなことあるか……?」

「実際そうだから仕方ないね。魔法らしい魔法は習得できなかったけど、僕だってカールスルーエの歴史の中でも指折りなんだよ?」


 そういえば、目の前に大貴族家の直系がいらっしゃった。

 

 しかし、良い機会だ。

 俺は食い下がり、以前から持っていた疑問を口にする。


「魔力なんて、放出して気絶してを繰り返せば自然と増えないか?物心ついた頃から始めれば十分だろ」


 魔力が増える感覚が曖昧になって久しいのでうろ覚えの記憶だが、消費する魔力量が多ければ多いほど魔力量の上限が増えていったと思う。

 自身の経験から、それはほぼ確定事項と考えていた。


 つまり、が多い方がずっと有利なのだ。

 魔力差が2倍の奴が同じ訓練を積めば最終的な魔力差は結局2倍になり、差は縮まらない――――というほど単純ではなかろうが、それに近い傾向があるはず。


 そう思ったのだが――――


「「「………………」」」


 クリスは目を見開き、ネルは大口を開け、ティアは硬直していた。


 わけがわからない。

 わからないがあまりに異様な雰囲気なので、動揺が俺にも伝染する。


 しばらく奇妙な沈黙が続いた末、クリスが控えめに尋ねた。


「まさかとは思うけど、子どもの頃から魔力を増やすために気絶を繰り返して……?」

「そ、そうだが何か――――」

「今はやってないでしょうね!!?」

「うお!?やってないが、やってたら何だって――――」

「死にます」

「…………へ?」


 俺の声を遮って放たれた、いつになく冷たいティアの声。

 左を振り向くと、彼女の表情が消えていた。


「魔力を失って繰り返し気絶すると、人は死にます。魔力欠乏症の子どもが助からない理由はそれです。幼いほど、死亡率は高いとも言われています」


 魔力欠乏に長く苦しんできたティアの言うことだ。


 間違いはないだろう。


「………………ひゅっ」


 一拍置いて、俺の口から変な音が出た。




 その後。

 ティアとネルに両腕を掴まれた俺はまるで囚人のように手近なホテルへと連行された。


 部屋では俺一人が絨毯に正座させられ、教養の授業という名のお説教を受ける羽目になる。


「無事なんだから、もう良くないか……?」


 口答えしたらティアに泣かれ、ネルには殴られた。





 ◇ ◇ ◇





 幼い頃に魔力を使うことで魔力量を効率的に増やせることは、貴族や魔法使いの家系にとって常識。

 気絶するまで魔力を放出すると魔力量の上昇幅が大きくなることも、同様であるらしい。


 しかし、後者の方法で魔力を増やすことは2つの理由から禁じ手であるという。

 

 理由のひとつは、スキルを習得できなければ魔力が増えても意味がないということ。

 貴族が振るう力と言えばまず権力だが、魔法や武術といった純粋な力もまた貴族にとって重要なステータスであり、名門貴族家にはそれぞれ門外不出のスキル習得訓練が存在している。

 しかし、こういった訓練は非常に多くの魔力を消費するそうだ。

 だから魔力の使い道はスキルの習得が最優先で、次点が習得したスキルの訓練。

 スキルの習熟度に関しても幼い頃の方が伸びやすく、スキルの習熟のために魔力を消費すれば魔力量もそれなりに伸びるので、大きなリスクを負ってまで魔力量だけを増やす理由がどこにもない。


 もうひとつの理由は、魔力枯渇で気絶するとそのまま死亡する場合があること。

 端的でわかりやすく、補足説明もない。

 まさか実験して統計をとったわけではなかろうが、経験則として認識されているという。

 確率が低かろうが知っていればまずやらないし、知らなくても一度気絶を経験すれば普通は学習する。


 転生特典とばかりに、即死有りのダイスをそれと知らず振り続ける間抜けは当然ながらレアケースだ。

 思えば幼い頃、魔力枯渇による気絶から回復したとき、酷く体調を崩していることが度々あった。

 孤児院で過ごす以上は病気なんて防げないと諦めていたし、もちろん体調が回復するまでは訓練を自重していたのだが――――

 

「いや、こわっ!!?」

「あんた、本気で反省しなさいよ……」


 ネルの言葉にクリスも頷く。

 ティアは涙を流しながら背中に抱き着いているが、少し情緒が不安定な感じだ。


 本当に申し訳ない。


「しかし、やっぱり習得方法があるのか……。そりゃ、どれだけ頑張ってもスキルを習得できないわけだ……」

「教育って大事だね」

「そうだな……」


 孤児院で最低限の教養は身に着けたつもりだったが、この辺は守備範囲外ということだろう。

 幼少の折、スキルの習得に困っていたことが思い出される。

 どう転んでも無駄にならないようにとりあえず魔力を増やす方針を選んだわけだが、スキル習得を目標とする行動としては不運にも最悪手に近い方法だったわけだ。


(いや、それで死ななかったんだから、むしろ幸運なのか……?)


 自身の経験とティアの話を合わせると、気絶して体調を崩したときに再度気絶するとレッドカードというのが有力説になりそうな気がする。


 ただし、衰弱している幼児なんてちょっとした追い打ちで簡単に死んでしまうし、魔力枯渇による衰弱状態には<回復魔法>も効果を発揮しないらしいので、仮説が正しかったとしても何の役にも立たない。


 気絶で弱っているところに風邪でも引けば一発退場、回避は不可能だ。

 家門の勢力を強めるために優秀な子女を一人でも多く育てたい貴族たちが、この方法を避けるのも納得だった。


「ちなみに、<強化魔法>を使いすぎると<剣術>の習得に悪影響があったり……」

「それは関係ないかな」

「…………」

 

 ほろ苦い。


 三人分の溜息がホテルの客室に落ち、少し遅れて鼻をすする音が背後から聞こえた。



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