第376話 報奨金




 しょうもない争いは俺とネルの二人負けとなって終結し、昼食が再開された。

 

「お待たせしました」


 ティアがテーブルに置いた2つのグラスはどちらも氷が入っていない。

 しかし、彼女が杖に触れながらグラスに手をかざすと、丁度いいサイズの氷がとぽんと落ちた。

 氷は酒場のサービスではなく、ティアの自家製だったようだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 せっかくだから冷えてから飲もう。

 スプーンで氷を沈めながら少しかき回し、グラスは一旦放置して冷めかけたハンバーガーにかぶりつく。

 

(うーん……これぞハンバーガー……)


 とにかく量。

 大雑把でやたら濃い味付け。

 もっと美味しい食べ物はいくらでもあるのに時々無性に食べたくなるのは、前世のジャンクフードに通じるところがある。


 朝はティアに合わせて少し控えめにしたので、1個目はペロリと平らげてしまった。


(次はどれにするか……)


 デーブル上の食べ物とお菓子の間で目移りしていると、クリスたちの視線がこちらに集中していることに気づいた。

 頬にソースでも付いたかと思って指で拭うと、それらしきものはない。


 見かねたクリスが呆れ混じりに言う。


「何もついてないよ。食べながらでいいから、結果を聞きたいんだ」

「結果……ああ、『戦華』か?」

「それもだし、ギルドとの話し合いもかな。そうでないと、彼らがいつまでもここから離れられないからね」

「彼ら……?」


 クリスの視線を追うと、いつのまにやら隣のテーブルに『戦狼』の面々が陣取っていた。

 ランベルトが片手を上げ、マリーが手を振り、ミラベルが軽く頭を下げる。


「邪魔してるぜ」

「おう…………もしかして、ずっと?」

「愉快な演劇が始まったあたりから」

「そうか……」


 マリーの言葉に撃沈し、ネルとともに顔を赤くしながら余計なことを聞かなければ良かったと反省する。


 まあ、旅の恥はかき捨てという言葉もある。

 終わったことを悔やんでも仕方がないし、よく見ると『戦狼』だけでなく見覚えのある顔が周囲にちらほら見えるので、これ幸いと話題を切り替えることにした。

 

「そうだな、まずは――――」


 俺は交渉の結果だけを簡潔にまとめて説明した。


 今回の騒動は『戦華』が単独で企てたこと。

 『黎明』と冒険者ギルドは被害者であること。

 冒険者ギルドは『黎明』が行う『戦華』への制裁を認めること。

 

 冒険者ギルドとの金銭のやり取りは、カバーストーリーと矛盾するので伏せておく。

 交渉過程のあれこれも俺の無様を晒すだけになるので口にしなかった。


 余計なことは言わない。

 先ほど反省したばかりだ。


「――――ということに


 周囲で聞き耳を立てる冒険者たちに気づかぬふりをして、俺は仲間とランベルトに話すついでに情報をばら撒いた。

 ランベルトは冒険者ギルドのスタンスに頭痛を堪えるような仕草をしながら、受付の方――――おそらくはその奥を睨んでいる。

 ギルドと冒険者との間にある程度の確執が存在するのは、どこの都市でも同じなのだろう。


「はあ……。一応確認だが、ウチのギルドとは和解したという認識でいいんだな?」

「まあ、それは流石にな。あまりやり過ぎると、お前らが困るだろうし」

「……あれで、やり過ぎてないつもりなのか?」

「まだ死人は出てないだろ?『鋼の檻』のときは、総長のハイネ以外全員死んだぞ」


 殺したのは俺ではないが。

 頼んだのは俺だし、似たようなものだろう。


「まだってのは……」

「十分な金貨を積むなら吊らない。ギルドにもそう伝えてある」

「そうか。まあ、十分稼いでるはずだから、多分大丈夫だろう」


 稼いでいることと俺の前に金貨を積みあげることはイコールではないはずだが。

 言っても仕方ないので今は頷いておく。

 戦争も一段落した今、不毛な延長戦が発生しないことを祈るばかりだ。


 これで出せる情報は出した。

 それを察したのか、近くのテーブルに居た冒険者たちがぞろぞろと席を立ち、ギルドの奥に移動を始めた。

 5人や10人ではなく、周囲の席が急にスカスカになる。

 

「そんなに重要な情報だったか……?」

「地元で一番強い奴があんなことになれば、まあ気になるんじゃない?」

 

 立ち去った者たちの背を見ながらぽつりとこぼした言葉に、ネルが気のない返事を寄越した。

 



 その後、『戦狼』も含め他愛もない雑談をしながらテーブル上の食料を食べ切った。

 そろそろ別れの挨拶をと考えた頃、ランベルトが言う。


「飯が終わったなら、少し時間をもらいたい。報奨金の件だ」

「報奨金……ああ、決戦の?また分配か……」

「報奨金の話で嫌な顔をする奴は、あんたが初めてだぜ……」


 ランベルトから正気を疑うような目を向けられた。

 たしかに金を貰う話で嫌な顔する奴は中々いないだろう。


 だが、俺にだって言い分はある。


「いや、だってなあ……。今度は何人で話し合うんだ……?」


 この前は代表者4人で話し合って、それでもあれだけ時間が掛かったのだ。

 前回よりもずっと規模の大きな戦いで関係者の人数も増えると思えば、話をまとめることなど不可能に思える。

 

 しかし、俺の懸念はすぐに払拭された。

 

「今回は俺とあんただけだ。『黎明』の取り分を決めた後、残りの分配交渉は別でやる」

「ああ、そうなのか。それは助かる」


 ランベルトの計らいに感謝しつつ、公開の場でやる話でもないだろうということで、クリスたちを残して俺とランベルトだけ別室へ移動する。


 辺境都市のギルドで俺とフィーネが使うような部屋。

 位置関係は違っても、ギルドの構造は似通うらしい。


 向かい合って座ると、ランベルトは荷物から数枚の紙を取り出した。


「今回はこちらで分配案を作成したから、まずは確認してほしい。こっちはギルドから提供された明細だ」

「何から何まで助かる」


 俺は資料を受け取り、目を通した。


 まず、基礎となる依頼報酬は1日当たり金貨300枚、つまり3億デルを冒険者全員で山分けする仕組みになっていた。

 ほとんど仕事がなかった最終日を含めた5日間で金貨1500枚。

 これはランクを基準に機械的に分配されている。

 E級を1、D級を3、C級を9として、その日の冒険者全員の点数を合計した数値で3億デルを割り、その結果に1、3、9を掛けた金額が各級一人当たりの取り分だ。

 なお、今回俺たちはE級冒険者として依頼に登録していたので、報酬は最低額である。

 それでも5日分で銀貨50枚近く、基本報酬としては悪くない金額になった。


 ここまでは既定路線。

 分配交渉の本題は、依頼報酬とは別に存在する報奨金――――要は一人倒すといくら貰えるというやつだ。


 冒険者が得る戦果の大部分は依頼報酬と倒した相手からの略奪品で、報奨金はあくまでも副収入。

 一般兵などわずか銀貨2枚、弓兵で大銀貨1枚、魔法兵ですら大銀貨3枚にしかならないので、労力や危険には到底見合わない。

 言ってみれば小遣いみたいなものだ。


 今回も、兵種ごとに決められた金額が支給されているのだが――――


「これは、驚いたな……」


 前線基地に乗り込んだ初日、志願者だけで渡河を敢行した前哨戦。

 その翌日、俺一人で公国軍陣地に乗り込んだ夜戦。

 そして、最後に公国軍と正面から向かい合った決戦。


 それらの戦いで討ち取った公国兵の明細が、手元の紙に示されている。


 捕虜も合わせておよそ3万人分。

 総額、なんと10億と6600万デルである。


「これ全部、領主軍で数えたのか……?」

「雑に数えたんだろうし、領主軍の取り分に上乗せして多少ハネられてるだろうが……。今回ばかりは確認しようがない」

「まあ、手数料だな」


 最終的に差額が誰の懐に入るのか知らないが、チップみたいなものと思うしかない。


 死体のカウントと捕虜の世話。

 どちらも大変だったはずだし、それを差し引いても十分過ぎる額だ。 


 俺が報奨金全体の内訳を確認すると、ランベルトは資料を示しながら分配案の説明を始めた。


「まず、『黎明』以外の冒険者が関与したのは三万のうち初日の二千と決戦の一万五千と推定している。だからそれ以外は全部『黎明』の取り分になる」

「ふむ……?」


 初日の二千とは、昼寝部隊500と迎撃部隊1500のこと。

 決戦の方は、ラウラとティアの魔法から運良く生き残った奴らとの戦闘や降伏交渉のことだろう。


 報奨金の算定ルール上、軍を壊走させたとしても取り逃がせば銅貨1枚にもならないのだ。


 となると――――


(魔法で一万三千も死んだのか……?ああ、俺が夜襲でやった分もあるか……)


 数万と言われた公国軍は、決戦の段階で三万を大きく割り込んでいた。

 俺に直接斬られた兵はそこまで多くないだろうが、魔法や魔導砲の巻き添えで散った者は相当な数になるはず。


 奪った命の数に思いを馳せていると、沈黙を別の意味にとったランベルトが済まなそうに頭を下げた。


「正直なところ、この部分はかなり雑な推定だ。この規模になると正確な数を確認するのは難しい。これで勘弁してくれ」

「ああ、異論はない」

「感謝する。初日分については、その場である程度まとめたからそれをそのまま使わせてもらう。相談するのは決戦の一万五千についてだ」


 ランベルトは次の資料を示し、話を続ける。


「一万五千のうち、三千は魔法から逃れて降伏した連中だ。これに関しては基本的に川……氷を渡って対岸で戦った奴の取り分だが、を2割としたい」

「ああ、それも入るのか。わかった、それでいい」

「ここからが問題だ。身体が半分凍り付いた人間を斬ったり捕虜にとったりした例はどこにもない。似たような事例にも心当たりがないから、相場も存在しない」

「まあ、そりゃそうだろうな」


 本当に目を疑うような光景だった。

 あんな大魔法が何度も行使されるようなら、戦争も長引きはしなかっただろう。


「ウチの内部はもとより、有名どころのクランマスターにも意見を聞いたが、これという案は出なかった。だから感覚的な話になっちまうが、キリ良く半分、渡し賃込みで6:4でどうだ?」

「どうだ、と聞かれてもなあ……」


 何とも言えない。

 ランベルトは提案の根拠がないと考えているのだろうが、提案を否定する根拠がないのはこちらも同じだ。


「まあ、そっち側から不満が出ないならいいんじゃないか?」


 またかと言いたげな視線から逃れるように視線を落とし、資料の続きを読む。

 

 今の前提で計算すると、『黎明』の取り分は8億3400万デルになるらしい。

 総額の8割に近い金額だ。

 何かおかしくないかと検算したが、一切誤りはなかった。

 不思議だ。


「計算はわかったし、こちらは異論ないが……。こんな分配案でまとめられるのか?」


 今回の戦争は冒険者だけを見ても数百人による共同作戦だ。

 唯一のB級パーティとはいえ、たった3人で8割を持っていくというのは俺の常識からすると許し難い。

 略奪品の権利については大半を放棄しているとはいえ、この条件でランベルトが戦争都市内の分配交渉をまとめられるとは思えなかった。


 しかし、当の本人は首を横に振った。


「人間ってのは、目の前で万単位の仲間がやられても冷静に戦えるほど強くない。まともに戦えたのはせいぜい数百人……茫然自失で抵抗できない奴がほとんどだった。俺たちは、これで十分だ」

「『戦狼』はそうでも、他の連中は?」

「主要なクランには先に話を通して一任を取り付けてある。それ以外の連中には、こっちから言い聞かせるさ」


 ランベルトは静かに語る。

 どこか遠くを見るような目が、やけに印象に残った。

 

 交渉妥結のサインを済ませると、『黎明』の取り分は今日中に手続きを済ませると約束してランベルトは立ち上がった。

 戦争都市の冒険者たちの分配会議は、これからすぐにギルド内の大会議室で始まるという。

 先ほどギルドの奥へ立ち去った連中は、この会議の参加者だったようだ。


(俺たちの話し合いが終わるのを待ってたのか……)


 大金だから仕方ないのかもしれないが慌ただしいことこの上ない。

 俺はまとめ役を押し付けた分の手間賃として、『黎明』の取り分から端数の3400万デルをランベルトに進呈した。


 そんなデカい端数があるかと、ランベルトは頬を引きつらせながら笑っていた。


「ありがとう。本当に感謝している。戦争都市の冒険者を代表して礼を言わせてくれ」

「お互いに目的があって、方向が一致しただけだ。こちらこそ世話になった」

 

 『戦華』が大きく評判を落とした今、『戦狼』が力をつけて戦争都市筆頭の座を奪い取ることも十分あり得る。

 そうなれば、何かの機会に再会することもあるだろう。


 別れ際、俺たちは力強く握手を交わした。






 小走りで分配会議へ向かうランベルトを見送り、俺は反対側へと歩き出す。


 別れの感慨も一段落すると、頭の中に残るのは報奨金のことだ。


(8億か……)


 とんでもない額だ。

 今回クリスは終始離脱していたので、取り分は俺、ティア、ネルで三等分。

 共用口座に2千万を入れるとして一人当たり金貨260枚、つまり2億6千万デル。

 『鋼の檻』からの収入も大金だったし、ここ1月ほどで一気に大金持ちになってしまった。


 これだけあれば、値札に触れるのも躊躇われるような高価な装備にも手が届く。

 むしろガラスケースの中に安置されている、普段は触れられない超高価な装備も選択肢に入る。


(やっぱり、まずは防具かねえ……?)


 1月ほど前に新調したばかりの防具は軽量化の効果が付与された鋼鉄製。

 ガントレットとグリーブのセットでお値段は金貨6枚だ。

 C級冒険者としては頑張った方だし、買ったときは十分なスペックがあると思っていた。

 戦争で酷使したにもかかわらず保管庫から取り出したらなぜか修繕済みだったので、現時点で使用に支障ない。

 

 しかし、戦争を経験した今の感覚を基準にすると、防御力に不安がないとはとても言えなかった。

 回避も<結界魔法>も間に合わず、数えきれないほどの攻撃をガントレットやグリーブで受けた。

 そのときは気づかなかったが、魔法の直撃もかなりもらっていたようだ。

 防具の防御力に頼らなければならない状況を経験してしまうと、今の防具では少々物足りない。


(帝都に寄ったとき、少し探してみるか……)


 帝都の高級店となれば値段は天井知らずだろうが、たとえ購入できなくても最高級の防具を知ることで今後の防具選びの参考になるだろう。


「あ、あの……!」

「……なんだ?」


 この後の予定を立てながら鼻歌まじりにロビーへ向かっていると、通路の隅で膝をつく男に呼び止められた。

 『戦華』所属のB級冒険者、俺を闘技場に案内してくれたジャックだ。

 良い気分に水を差され、返事が少し冷たくなる。


 俺の感情の移ろいを相手も察したようで、ジャックは媚びるような笑みを浮かべながら木製のトレーを差し出した。


「あの、お詫びの金を、お持ちしました……」

「…………」


 そういえば、こいつらにも金を要求していたのだった。

 思わぬ収入に目が眩み、すでに金が足りなかったら云々のことは忘れかけていたのだが、貰える物はしっかり貰っておく。


「ひとつ、金貨100枚入ってます。本当に、申し訳ありませんでした……」


 差し出された革袋は3つ。

 ひとつ手に取ってみると、ずしりと重かった。


「………………許す」

「……ッ、ありがとうございます!」


 俺は動揺を隠し、手早く金貨を回収して平伏するジャックの横を通り過ぎた。

 謎の不安に背中を押され、思わず早足になってしまう。


(うーん……)


 想定外の収入に、更に追加収入が発生した。

 

 『黎明』の分配ルール的にこの金貨は俺の総取りになるのだが、ここまで金貨が積みあがると喜びより困惑が勝る。


(命懸けの戦争の稼ぎより、馬鹿から巻き上げる金貨の方が重いとは……)


 人から搾取して儲けようとする奴が後を絶たない理由を垣間見た気がする。

 なんにせよ、本格的に金の使い道を考える必要がありそうだ。


(とりあえず、ティアに贈るプレゼントからかな……)


 戦争都市冒険者ギルドのロビー。


 笑顔で手を振る彼女を見つけ、俺も手を振り返した。



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