第372話 閑話:とある冒険者の物語4




 拠点に帰り着いたのは俺のパーティが最初だった。

 少し時間を置いてガストン、最後にベルティーユが戻った。

 休憩もそこそこに、B級冒険者3人で顔を突き合わせて情報をすり合わせる。


「まず私から、都市内の様子についてだけど――――」


 ベルティーユは市内で集めた情報を報告した。


 市内から情報を集める目的は主に戦争の趨勢に関する裏取りだ。

 すでに把握している情報からおおよその経緯は把握できているが、重要な判断を下すときに自分たちの足で一次情報を収集することを怠るべきではない。


 結論を言えば、領主軍が公国軍に勝利したのは確実と判断するだけの情報がそろっていた。


 都市中に散らばる花びらと、それらの片付けに奔走する衛士たち。

 戦勝祝いで客を呼び込む酒場と、日が高いうちから酒場に入り浸る兵士。

 平時に戻りつつある飛空船の運行状況と、輸送の枠を確保するために押し寄せる商会関係者。

 ネズミ一匹通さないと言わんばかりに厳しかった検問の急激な緩和。


 誰から伝え聞いた話でもない。

 誰の目にも明らかな複数の事実が、その判断を強力に支持していた。

 

「じゃあ、次は俺が」


 俺が冒険者ギルドに足を運んだ目的は戦争の趨勢の確認だけでない。

 ギルドや冒険者たちが、俺たちに対してどのような反応を見せるかを確認するためでもあった。

 依頼を受ける受けないは冒険者の自由。

 しかし、故郷を守るための戦いから手を引き、よりによって公国からの指名依頼を受けるとなれば都市最強のクランでも反発は避けられない。


 まずは、見たまま聞いたままを報告した。


 狭くはない冒険者ギルドに収まりきらないほどの冒険者たち。

 普段は酒盛りに加わらない連中まで含めた馬鹿騒ぎ。

 緩み切った『戦狼』の面々と、思いのほか小さい『戦華』への反発。

 受付嬢が話した公国軍の損害状況。

 聞き慣れない『黎明』という言葉。


 そして――――


「…………いや、以上だ」

「煮え切らないね」

「上手く言葉にできない。ギルドで向けられた視線に少しだけ……反発や侮りとは違う何かを感じたような気がするんだが……」

「ふむ……」


 わずかな違和感は上手く言葉にならず、俺は口を閉じるしかなかった。


 そして、最後はガストンだ。


「ジャックとベルティーユの話は情報屋で仕入れたものと齟齬がなかった。有用なのはジャックが言う『黎明』の情報だな」

「どっかのクラン名か?聞かない名だが……」

「辺境都市からのお客さんだ。俺たちが知らないのも無理はない」


 ガストンは手元のメモを見ながら『黎明』の情報を共有した。


 辺境都市から遥々やって来た冒険者パーティ『黎明』。

 構成は剣士2、魔術師1、治癒術師1のバランス型。

 年齢が10代半ばにして全員がB級冒険者というだけでも驚きだが、それに続く言葉は耳を疑うものばかりだった。

 こういう場でクランマスターから聞かされでもしなければ、間違いなく酔っ払いの戯言と切って捨てただろう。


「冗談が過ぎるよ、ガストン。川の水を操って対岸の公国軍を氷漬けにするなんて、お伽噺か伝説にしか存在しない領域の大魔術だ。百歩譲って技量の問題が解決したとして、魔力が絶対に足りない」


 ベルティーユも似た感想を抱いたようだ。

 そんなことが現実にできるとは思えない。

 優秀な魔術師であるからこそ、それがどれほど荒唐無稽な話かはっきりと理解できるはずだ。

 

 しかし、ガストンは首を横に振る。


「誰に聞いても似たような話をするそうだ。事実でないと言うなら、その場にいた領主軍と冒険者全員を幻惑する魔術が使われたことになる」

「…………」


 ベルティーユは黙り込み、やがて不機嫌を隠しもせず紅茶に口を付けた。


 現実が、自分の中にある常識を超えて行く。

 そんな理不尽に閉口するとともに、何か手品のタネがあるはずだと探しているようにも見える。


 実際、引き起こされた事象の全てが自力によるものとも限らない。

 魔力を増幅する古代魔道具や魔術の威力を大幅に向上させる装備など、考えられることはいくつもある。

 それらを積み上げてお伽噺の大魔術を再現できるかどうかは、魔術師でない俺にはわからないが。


「まあ、情報はこんなところだ」


 情報共有を済ませると、ガストンはそう結んだ。

 不機嫌なのはベルティーユだけではなかった。

 元々行動がわかりやすい『戦華』の盟主が今何を考えているか、俺には手に取るようにわかる。


「手元の情報を合わせると、俺たち『戦華』が負け戦と断じた戦争を、余所者の『黎明』が簡単にひっくり返したということになる」


 それ自体は、もう仕方のないことだ。


 故郷を救ってくれたことを感謝する気持ちはある。

 俺たちが多少の汚名を被ることも仕方がない。


 ただ、事はそれだけにとどまらない。


「このままだと、俺たちは『黎明』の踏み台になる」


 『戦華』より『黎明』の方が強い。

 俺たちより10歳近くも若い余所者のパーティに劣るという評価が定着してしまう。


 『戦華』が評判を落とすだけならば良い。

 落ちた評判は、今後の結果で挽回することができる。

 眼前に示される華々しい結果を前に、過去は容易く忘れ去られる。


 しかし、俺たちが名誉を回復しても比較からは逃れられない。

 これから先、戦争都市の冒険者たちは語ることになる。


 『戦華』は強い――――けれど『黎明』はもっと強かった、と。


 『黎明』は辺境都市のパーティだ。

 戦争都市に遥々やって来た理由は知らないが、遠からず辺境都市に帰還することになるだろう。

 そうなれば、その評価を覆す機会は二度と訪れない。


 定着した評価は、俺たちの努力を余所者の成果に置き換える。

 戦争都市最強を誇る俺たちの名は未来永劫、余所者を称賛するための前置きに貶められる。


 それは戦争都市最強を目指し、努力によって維持し続ける俺たちにとって決して耐えられることではなかった。


「俺たちは、『戦華』が『黎明』より優れていることを誰の目にもわかるように示さなければならない」


 冒険者は強い奴が偉い。

 戦争都市であっても辺境都市であっても不変の原則だ。


 『黎明』を打ち破ることで、俺が奴らを踏み台にする。

 現状を覆すにはそれしかない。


 そして、その方法は――――


「闘技場か」

「それが一番わかりやすいだろう」


 冒険者ギルドなら必ずと言っていいほど併設されている訓練施設。

 戦争都市のそれは、一万人を収容できる観客席に包囲された外観から闘技場と呼ばれている。

 用途は単なる訓練に留まらず、そこで行われる冒険者同士の試合は市民の娯楽としても定着していた。


 これを利用した興行は、冒険者ギルドの重要な収入源にもなっている。

 最近は戦争が激化して催しも減っていたが、戦争が一段落して都市内が戦勝に湧いている今なら遠慮は無用。

 『戦華』対『黎明』の試合は非常に多くの冒険者や市民の関心を集めるはずで、集客も最大規模を見込むことができる。

 冒険者ギルドに協力を求めれば確実に乗ってくるはずだ。


 となると――――


「問題は、組み合わせか」

「剣士のクリスは除外だろう」

「治癒術師のコーネリアもだな」


 クリスという偽名で登録している『黎明』の剣士。

 その本名はクリストファー・フォン・カールスルーエ。

 戦争都市を統べるカールスルーエ伯爵の実子だ。


 非常に強い剣士のようで相手として不足はないものの、領主家の人間に手を出すのは躊躇われる。

 『戦華』は戦争都市において大きな影響力を誇るクランだが、領主の顔に泥を塗っても処刑台を回避できるほどの力は持ち合わせていない。


 この点、クリスの恋人という情報があるコーネリアも同様だ。

 クリスの執着と怒りの度合いによっては本人に恥をかかせるより酷いことになる。

 場合によっては処刑台で首を垂れることすらできないかもしれない。


 そもそも治癒術師として知られる女を倒したところで、『戦華』が『黎明』より強いという評価は絶対に得られないだろうが。


「となると、残るは二人だが……」


 俺とガストンは沈黙を守るベルティーユに水を向ける。

 戦争都市冒険者ギルドが誇る魔術師は、それに気づきながらも口を結んで無言を貫いた。


(まあ、ちと厳しいか……)


 手元にある情報が事実だと仮定すれば、『黎明』の魔術師の魔力や技量は強力な魔術師であるベルティーユから見ても遥か高みにある。

 正面から挑めば踏み潰されるのは間違いなくこちらだ。


 ならば、選択肢はない。


「上級冒険者を率いる者同士、頂上決戦といこう」


 戦意を漲らせ、ガストンは笑った。



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