第369話 閑話:A_fairytale_19
「戻りました」
超特大魔石が異常をきたしてから数時間。
その成れの果てを観察していると、シエルが帰還した。
「おかえり。どうだった?」
「やはり独断のようです。領主から敵対の意思は感じませんでしたので、予定通りに」
「そう。おつかれさま」
シエルが外出していた目的は、襲撃を企図して南東区域に現れたA級冒険者と火精霊の引き渡しだ。
マスターに害を為す者は全て処分――――と言いたいところだけれど、処分したときの影響についてはよく考える必要がある。
特に今回は領主の関係者だったから、処分せずに返却することにしたのだ。
もちろん、返却前に十分な罰を与えている。
襲撃を主導した火精霊は動けなくなるまで叩いた後で、妖精たちが寄ってたかって魔力を吸収して弱体化させた。
素の能力で言えばココルやメリルより強かった火精霊は魔力を喰われて力を半減させ、最古参の家妖精が率いる巡回班なら余裕を持って撃退できる程度の存在にまで格を落としている。
奪われた力を取り戻すには、長い時間が必要となるはずだ。
もうあれは、私たちやマスターに害を為し得る存在ではなくなった。
一方、二度目の襲撃に加担したA級冒険者は、火精霊に協力しただけのようだった。
ただ、私の領域を侵した事実は変わらない。
こちらは死なない程度に痛めつけ、所持品を没収することで罰とした。
そうしてA級冒険者から回収してきた装備を、シエルが私に見せる。
「これが収獲?」
「はい。廃棄しますか?」
どうしましょうか、ではないところにシエルの心情が表れていた。
直接触れるのは嫌だったようで、雑に木箱に放り込まれた品々。
覗き込むと、根本から圧し折られた大剣、高級感がある白いローブ、粉々になった金属片――――これは鎧だろうか。
唯一ゴミになっていない白いローブを取り上げて質感を確かめていると、首飾りが転がり落ちた。
「お気を付けください。強力な効果が付与されています」
それを拾い上げた私にシエルが言う。
彼女が感じる嫌悪の原因は多分これだ。
(なんだか、もやもやする……)
ただ、その程度だ。
触れるのを躊躇うほどの大きな嫌悪感はなかった。
「どんな効果?」
「対象の動きを束縛する効果です。持続時間はそれほど長くないようですが、ココルにも効果を発揮しました」
「そう……。マスターには必要ないから、処分方法は任せる」
マスターなら自分の力を使った方が早い。
とても変な使い方をしているようだけれど、多分マスターなりの楽しみ方なのだろう。
私は首飾りを箱の中に投げ入れ、手の中に残った白いローブを眺めた。
「こっちも肌触りはいいけど、マスターの趣味には合わなそう」
「生地に魔法防御が付与されているようです。これほど高品質の素材は入手機会が限られますので、仕立て直すのもひとつの方法かと」
「それはいい考え」
私はローブを丸めながら、マスターに似合う服を考えた。
折れた剣と粉々の鎧はどうでもいい。
誰かが再利用するならそれでいいし、用途がないなら廃棄処分だ。
収獲の話は、これでおしまい。
「それで、その二人のお代は?」
「予定通り、精霊の泉がある屋敷南側の区画を丸ごと確保できました」
廃棄が決まった首飾りと装備の残骸が、手すきの妖精によって運び出される。
それを見送りながら、シエルは報告を続けた。
そもそも侵入者たちを大通りに捨てずに領主に引き渡した理由は、交渉材料として利用できると思ったからだ。
シエルはA級冒険者と火精霊の代価として、土地を勝ち取ってきたということになる。
「精霊の泉の件は、まだ領主まで情報が伝わっていないようです。南東区域の扱いはご存知のとおりですから、簡単な交渉でした」
南東区域の奥は犯罪者の巣窟になっていて、大通りから離れるほど治安が悪くなる。
家の規格もバラバラで、ちゃんとした道すらない場所も少なくない。
とはいえ、大通りから近い場所では基礎となる区画の整備もそれなりにされている。
屋敷の南側の区画もそうだ。
区画の北寄りの民家は屋敷の防衛のために購入済み。
南側も領主と話がついているから強制的に追い出すこともできるけれど、お金を払って出て行ってもらう方が後腐れがないだろう。
「何に使うか、みんなの意見も聞いてみたい」
「各班長に伝えて、次の会議で報告させます」
『妖精のお手製』の売り物を製作する場所。
妖精たちの居室やたまり場。
倉庫、その他諸々。
みんなが成長して色々なことに興味を持つようになり、空間と建物はあればあるだけありがたい。
新たに手に入れた区画は屋敷の敷地と同じ広さなので、様々な選択肢が生まれる。
マスターの寝室からの景観が悪くならないようにだけ注意が必要だけれど、一度民家を潰して建て替えてもいい。
屋敷の外なら音を気にする必要もない。
シエルたちが屋敷の近くにいても怪しくない状況も、色々と都合が良かった。
「ありがとう。本当におつかれさま」
「いえ、無事に片付いて何よりです」
何でもないように言うシエルだけれど、流石に疲労を隠しきれていない。
一連のトラブルによる気疲れが原因であることは明白で、発端が私の指示だと思うと申し訳ないと思った。
「それで、こちらは変わりありませんか?」
「今のところは。もう急激な変化はない……と思う」
球状から酒瓶へ、酒瓶から不格好な円柱へ。
ここ数日で見る影もなく変化した元特大魔石は、今は精霊の泉と呼ばれる性質を得て小山のような形状を成していた。
青紫色の小山は、すでに私の領域に組み込まれている。
元々私の領域だった場所だから、これに関してはさほど苦労もなかった。
もっとも、私自身は精霊の泉に近寄れないため状況把握は感覚頼り。
天井が上に乗っていた民家ごと吹き飛んで野晒しになった空間は、屋敷の内部ではあり得ない。
私に許されるのは通路の部分までだ。
だから、近いうちに詳細な調査をする必要がある。
疲れているシエルを一旦休ませて、その間は別の妖精に任せておけばいい。
そのための時間は、シエルが稼いでくれた。
「シエルのおかげで、干渉を跳ね除ける根拠ができた」
「お役に立ったのであれば」
やはり何でもないように言うシエルだけれど、今回の功績は小さくない。
私の支配領域は丸ごと領主の支配領域と重複しているので、精霊の泉が領域内で突然発生したとなれば領主もその領有を主張する権利がある。
精霊の泉に利用価値を見出すのは精霊や妖精だけではない。
永続的に魔力を生み出す性質は、人間にとっても魅力的で使い道は様々。
ただ、精霊の泉を実際に人間が確保した例はないという。
精霊や妖精、妖魔まで大挙して押し寄せるので、一時的に確保しても結局は奪われてしまうからだ。
ここにも、魔力に目が眩んだ精霊や妖魔が殺到するだろう。
今後はそういった侵入者から、これを守り通さなければならない。
屋敷の隣にあるこれを敵対的存在に明け渡すことなど、絶対にあってはならないのだ。
そのために、まずやるべきことは――――
(屋根を架けること、かな……?)
時折バチリと紫雷が跳ねる青紫色の小山。
マスターが見たら、何事かと驚くだろう。
少し不格好でもいいから、外から見えないようにしなければ興味を持った人間がぞろぞろと集まりかねない。
屋敷の外壁改装を頼むはずだった土妖精たちを呼び寄せ、指示を出す。
そのとき、土妖精たちと一緒に様子を見にやってきたココルが言った。
「これ以上、大きくならないといいね!」
「…………」
シエルの瞳がどんよりと曇る。
私はシエルにいつもより多めに魔力をあげて、ゆっくり休ませた。
◇ ◇ ◇
その後、マスターから保管庫経由で旅行の延長を知らされた。
それは私にとって得難い猶予期間になった。
次々と起きた予想外の出来事は、きっと私への罰だと思う。
だから私は、お詫びの気持ちを形にするためにマスターの服を製作することにした。
手に入れた白いローブを解体し、縫製が得意な妖精たちや細工師アカネの協力を得て、一針ずつ魔力を込めて縫い上げた。
完成したのは、白い七分袖のシャツだ。
戦闘に耐えられるような丈夫さと各種耐性を備えることは当然として、街の中でも着られるように派手過ぎず地味過ぎない、マスター好みの衣装を目指した。
特にアカネが製作した飾りボタンは、マスターの趣味に合っていて喜ばれると思った。
今回の飾りボタンだけでなく、アカネの作る作品は日々精度が向上している。
『妖精のお手製』店舗内に用意した専用棚――『人間のお手製』と書いた――の商品の売れ行きは、すでに妖精が製作する品々と遜色ない。
(これで、記憶が戻れば良かったのに……)
アカネが庇護に見合う分だけの働きを見せた頃、私はアカネにポーションを提供した。
ただ、記憶喪失というよくわからない状態に対して、私の状態異常回復薬は効果を示さなかった。
シエルの見立てでは、記憶を失った状態が定着してしまったからだろうとのこと。
製作した細工を売って暮らすアカネは記憶が戻らなくても幸せそうだし、こうしてマスターの役にも立っている。
アカネが望むなら、好きなだけいてくれて構わない。
細工の売上は妖精たちと同じ割合を差し引いてアカネに支払っているから、独立を望むならそれができるだけの資金は貯まっているはず。
あとは本人の意思次第で、私はそれを尊重するつもりだ。
(ふう……。私も、もっとマスターの役に立たないと……)
平穏を守るのは、家妖精として当然のこと。
だから、それだけではダメだ。
私に何ができるのか。
どうすればマスターにもっと喜んでもらえるのか。
この機会に、もう一度じっくり考えてみよう。
差し当たり、保管庫に造った大きな扉は元に戻した。
貴重な物を保管する部屋に出入口が複数あるのは、やっぱり良くないと思う。
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