第368話 閑話:とある精霊の物語3




 グレゴワールを連れて南東区域に戻ると、立ちふさがったのはやはりココルだった。


 いや、正確にはココルだけではない。

 姿を確認することはできないけれど、どこかに隠れた家妖精たちが今もこちらを狙っているはずだ。


「こんにちは、ココルはココルです!あなたは、どちら様ですか!?」


 余裕のつもりか。

 臨戦態勢の私とグレゴワールを前にしながら、ココルは棒立ちだった。


 そんなココルを見てもグレゴワールは油断しない。

 彼が狩ってきた妖魔の中には外見と中身が一致しない者も数多くいたという。

 ココルもその類と考えているのだろう。


「私はグレゴワール。貴方を狩りに来た冒険者です」

「悪い人間!やっつける!」

「悪いのは妖魔である貴方ですよ、小さなメイドさん」

「妖魔?」


 グレゴワールの言葉にココルは困惑している。

 妖魔と自身が繋がらなかったのだろう。


 前から思っていたけれど、あまり頭の出来は良くなさそうだ。


「ココルは妖精だよ?」

「それを決めるのは貴方ではありません」


 断言するグレゴワールに、ココルはムッとして剣を構えた。


 暴論のように聞こえるグレゴワールの主張は、あながち間違いとも言い切れない。

 妖魔と精霊、そして妖精を区別する明確な基準は存在しないからだ。


 それは人間で言うなら悪人と善人のようなもの。

 悪人と善人で体の構造が違うわけではない。

 人に害を為す人間は悪人と呼ばれ、人に利益を与える人間は善人と呼ばれる。

 妖魔と精霊もそれと同じだ。

 

 同様に、精霊と妖精も明確な区別はない。

 こちらは大人と子どものようなもので、妖精が自身を精霊だと主張するようになればそれは精霊と見なされる。

 どれほど強大な力を手にしても、自身を妖精だと認識しているうちは妖精だ。


「ココルは任せるわ。おそらく高いレベルで<隠密>を使う後衛がいる。そっちは私が牽制するけど一応気を付けて」

「承知!」


 グレゴワールが剣を抜いて疾走する。

 ココルも呼応し、二人の距離は瞬く間に詰まる。


 しかし――――


「む!?なんか嫌な感じ!」


 大剣使い同士。

 足を止めた打ち合いになるかと思いきや、ココルは跳躍してグレゴワールの頭上を越えた。

 家々の壁も使った立体的な機動で、即座に切り返したグレゴワールを寄せ付けない。


 頭は良くなくても、勘はいいらしい。


「そう逃げないでください!」

「いや!」


 逃げるばかりのココルだけれど、その行動は正しい。


 グレゴワールは<剣術>と<光魔法>を高水準で使いこなす熟練の冒険者で、特に攻撃から防御まで応用の幅が広い<光魔法>は多くの妖魔を滅ぼしてきた。

 だが、それよりもさらに恐ろしいのは魔力生命体を喰らう魔剣だ。

 その刃に斬られなくても、近づくだけで体を構成する魔力をごっそり持っていかれる。

 彼が『妖魔殺し』の異名を持つようになった理由の1つだ。


 鞘から抜いている間は手当たり次第に喰い散らかすから、隠れたもう一人を牽制しながら私も距離を取った。


 グレゴワールが追い、ココルが逃げる。

 同じような展開が繰り返された後、グレゴワールは不意にココルに背を向けて東へ駆けた。


「あ、待って!」


 ココルは私たちを止めるためにここに居る。

 彼女が守っていた方向に進めば、戻って守らざるを得ない。


 歴戦のA級冒険者を前にして極めて単調な行動。

 それは首を差し出すのと変わらない。

 

 グレゴワールは自分を追って来たココルを見て、笑った。


「うっ!?なに、これ!?」


 それはココルの行動を封じたという宣言であり、の効果を発動するための詠唱でもあった。


 それは彼の異名を支えるもう1つの理由。

 古代魔道具だ。


 本能的な嫌悪感に顔をしかめる。

 範囲外にいる私ですらそうなのだから、その効果を直接受けているココルは酷い状況だろう。


「うーっ……!」

「よく頑張りました。すぐ楽にして差し上げます」


 グレゴワールは剣を振りかぶった。

 軽快に跳ねていたココルの足は地面に貼りついたように動かない。

 大剣を持ち上げることもできず、首を差し出すような姿勢で硬直している。


 そして――――


「では、御免!」


 グレゴワールは大剣を振り下ろす。


 魔力生命体を喰らう大剣はココルを滅ぼさんと彼女の首に食らいつく――――その直前で、ピタリと静止した。


「な、に……!?」


 それはまるで、焼き直し。

 

 奇しくもココルと同じように、グレゴワールは大剣を振り切る直前の体勢のまま、首を差し出してピクリとも動かなくなった。

 

「バカな!一体何が……ッ!?」


 グレゴワールの叫びに応えるものはない。


 代わりに、残酷な現実が私たちの前に示された。


「はい、おしまい!」

「ココルの負け!」

「わーい、負けー」


 周囲の民家から次々に湧いてくる妖精たち。


 注視していた。


 警戒していた。


 それなのに、何の予兆を感じ取ることもできなかった。


「負けてない!今のはずるいから無し!」

「ダメ!」

「そんなルールない」

「ココルの雫は没収!」

「そんなー!?」


 硬直するグレゴワールの前で、時間経過によって束縛が解けたココルが項垂れた。

 大剣を自由に振れるようになった今、その一振りでグレゴワールは命を奪われる。

 にもかかわらず、ココルはつい先ほどまで自分の命を握っていた彼に見向きもせず、仲間の妖精とおしゃべりに興じていた。


 理解できない光景を目の当たりにして、A級冒険者が色を失う。

 そして、それは私も同じだった。


「なによ、これは……」


 私たちはココルを排除するために戦った。

 彼女を滅ぼすつもりで、本気で戦いに臨んだ。


 それなのに、なんだ、これは。


 私は一体、何を見せられているのか。


 これでは、まるで――――


「そろそろ遊びはおしまいにしないと、また怒られるよ?」

「――――ッ!?」


 背後から放たれたのは、聞き慣れた声。

 振り返れば、そこには露出過多な衣装を纏った風精霊が、困った子を見るような目をして佇んでいた。


 その言葉はココルたちに向けられたもの。

 けれど、その目は彼女たちを見ていなかった。


「シルフィー……!」


 彼女は応えず、私から視線を逸らす。

 その視線の先――――規則的な足音を伴って、また一人の妖精が現れた。

 

 薄桃色の髪を揺らして歩く妖精は、やはり私とグレゴワールを気にも留めない。


「ココル」

「はい!」

「返事だけ良くでも仕方ないでしょう。仕事を片付けないとご飯はありませんよ」

「ご飯抜きはイヤ!ココル仕事する!」


 たった今、自身の役割を思い出したかのように大剣を握ったココル。


 グレゴワールは<光魔法>で事態の打開を試みるも、彼の拘束が解ける気配はない。

 攻撃も、どこからか飛んできたテーブルによって全て遮断されてしまう。


 無防備なグレゴワールに向け、ココルの大剣が無造作に振り抜かれた。


「ゴハッ!!?」

「……ッ!…………えっ?」


 私のときと同じ。

 剣の腹で強かに打たれたグレゴワールは吐血した。


 しかし、

 まるで磔にされたかのように、その場から一歩も動かなかった。


 大剣を取り落とし、鎧が砕け、意識を失うまで。

 彼は力なく何かに支えられるような姿勢のまま打たれ続けた。


「これがA級冒険者……ですか?」


 血染めの冒険者カードを手に取った桃色の妖精の呟きに困惑が混じる。


 その意味を理解することを、私は拒絶した。


「シエル、ココル仕事した!」

「まだ残っていますよ」


 桃色の妖精、シエルが初めて私を見た。


「警告はしました。それでも戻って来たのですから、遠慮は不要でしょう」


 その声に導かれるように、妖精たちの視線がこちらを向く。


 彼女たちの視線から敵意は感じなかった。


 料理に使う食材を見るような。

 これから捨てるゴミを見るような。

 

 私に向けられたのは、そんな視線だった。


「…………ッ」

 

 思わず一歩、後ずさる。


 足は動いた。


 けれど、身体が思うように動かない。


 何か特別な効果に囚われたわけではない。


 これはきっと、恐怖だ。

 

「ココル、仕事する!」


 気がつけば、目の前にココル。


 取り囲む、多くの妖精たち。

 



「勝てないって、そう言ったのに」




 シルフィーの悲しげな声と同時、ココルの大剣が振り抜かれた。



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