第367話 閑話:とある精霊の物語2




「うそっ!!?」


 契約者であるオスカーと優雅に紅茶を嗜んでいたとき、特大の衝撃が私を襲った。

 覚えがある、しかし現在ではあり得ないはずの感覚がこの身を貫き、心が震える。


「ごめん!!」

「え、ちょっとレーナ!?」


 呼び止めるオスカーを置いて窓から飛び出し、空を駆ける。

 

(間違いない!これは精霊の泉の気配……!)


 なぜ突然。

 なぜ都市の中に。


 次々と湧き上がる疑問を放り捨てる

 ただその場所を目指し、最短距離を往く。


 精霊の泉の支配権を誰よりも早くこの手に収めるため、私は城門を越えて妖精たちの領域に踏み込んだ。


 妖精たちは遠からず私に気づくだろう。

 手痛い反撃を受けるかもしれない。

 それでも私は止まれなかった。


 この都市の勢力図の急激な変化は、すでに私から強者の余裕を奪い去っている。

 現在、この都市の勢力図の頂点に君臨するのは謎の多い妖精たちだ。

 私やラウラに匹敵する力を持つ妖精、それが複数所属する正体不明の群れ。

 群れを束ねる何者かが私より遥かに強大であることも、竜との戦いで明らかになった。


 私に対抗できる唯一の存在であるはずのラウラも、一時は大幅に弱体化したのが嘘のように急速に力を取り戻している。

 極めて高い魔力量を持つ人間と新たに協力関係を結んだと聞き、その人間が領主屋敷に訪れたとき私もこっそり見に行った。

 あまりに美味しそうな魔力で思わず手が伸びそうになった。

 しかし、人間と関わる以上は人間の法と無関係ではいられない。

 そのような行動に出ればラウラは声高に私を糾弾するだろうし、何よりオスカーを悲しませることになる。


 そのラウラの気配は数日前に見失った。

 協力者の男とどこぞへ保養にでも行ったのだろう。

 いくつかの事情から都市を離れられないはずのラウラが都市を離れた。

 その事実がラウラと妖精たちとの関係を浮き彫りにし、私を更なる窮地に追い込む。


 逆転の道は閉ざされつつあった。

 だからこれは、きっと最後の好機だ。


 突如として降って湧いたこの機会を掴み取ることができなければ、私は妖精たちやラウラに生殺与奪を握られたまま長い時を過ごすことになる。


「そんなの、絶対にイヤ!」


 気合を入れ、妖精たちの本拠地があるはずの南東区域に飛び込んだ。


 遠くから狙い打たれることを避けるため、敢えて高度は取らずに地面すれすれを往く。


 しかし、妖精たちの対応は早い。

 すでにこちらの動きを捉え、迎撃態勢を敷いた気配があった。


「くっ……!?」


 そして先日と同様、私の前に立ち塞がったのは大剣を振るうメイド服姿の妖精。


「こんにちは!早速だけど、出て行ってね!」


 宣告するなり、こちらへ猛進するココルと呼ばれた家妖精。

 竜との戦いを見る限り、その力は私のそれと大差ない。 


 でも、振り切るだけなら簡単だ。


「悪いけど、あんたに構ってる暇はないの!」

「あ、ずるい!」


 危険を冒して空へ上がる。


 なるべく高度を低く保ちながら、最小限の動きでココルを回避した。


 しかし、再度加速しようと溜めに入る寸前。


 左右から高速で迫る何かを目の端に映る。


「なっ……!?」


 一瞬だけ見えた。


 私を掠めて民家に突っ込んだのは椅子と机だ。


(これは、家妖精の固有魔法……!?)


 次から次へ襲い来る家具を回避、蹴り飛ばし、<火魔法>で迎撃。


 無数の家具は私の速度を削り、ついに無理が出て体勢が崩れる。


 その瞬間を、見逃してはもらえなかった。


「ぐっ!?」


 十分に警戒していたにもかかわらず、どこかから放たれた魔法攻撃が私の身体に突き刺さる。


 隠密性を優先しているのか、威力は決して高くない。


 それでも、支援攻撃としてなら満点だ。


 気づけば目の前に大剣が迫っていた。


「ばいばーい!!」

「ぐあっ!!?」


 振り抜かれた大剣は強かに私を、身体は冗談のように遠くへ吹き飛ばされた。


 ダメージは大きく、姿勢制御は困難。


 私は無様に墜落し、転がって、どこかの壁に激突した。


「…………ッ、……ッ!」


 全身が痛い。


 けれど戦えないわけではない。


 当たり前だ。


 私は手加減をされていた。


(手加減された上で、妖精に、負けた……ッ!!)


 ココルの大剣は竜鱗すら斬り裂く魔法剣だ。

 刃を立てていれば、もう動けないくらいの重傷だったはず。

 下手をすれば、そのまま滅ぼされていてもおかしくなかった。


「…………ッ」


 相手が群れだったなんて言い訳にもならない。

 群れに勝てないなら自分も群れを作ればいい。

 それをしない以上、全てを単独で蹴散らさなければならないのだ。


 気づけば人々の視線が集中していた。

 墜落した場所は南通り。

 そしてここは、よりにもよってラウラの本拠地である冒険者ギルドか。


「く……あぅ……」


 涙が滲んだ。

 今の私はあまりにも無力だった。


 これまで配下同然に扱ってきた北西区域の妖精たちは、都市の勢力図が一変したことで私から距離を置いた。

 今さら劇的に力を伸ばすアテはない。

 宙に浮いた力を盗賊のように掠めとることが唯一の勝機で、誇りを捨てて手を伸ばした。


 それなのに、今の私ではその場所に辿り着くことすら叶わない。


(何か……、何か手はないの……?)


 痛みを堪え、ゆっくりと体を起こす。

 

 そのとき、私に手を差し伸べる者がいた。


「お久しぶりです。手酷くやられたようですね」

「あんたは……」


 冒険者ギルドから出てきた男。

 特徴的な服装には覚えがあった。


 たしか最後に会ったのは2月前、オスカーと保養地に旅行したときだったか。


「指名依頼をいただき、今から領主様の下へ伺うところでした。おそらくこの件に関係することと思いますので、お困りであればこのグレゴワール、早速お手伝いさせていただきますよ?」


 全身鎧と、それを包む豪奢な白いローブ。

 剣身と柄に十字をかたどった大剣。

 そして、首飾り。

 

 『』の異名を持つAグレゴワール・バルテ。


「…………」


 人間に力を借り、なりふり構わず妖精と戦う。


 一時は都市を手中に収めかけた、この私が。


 自嘲から口の端が上がる。


 それでも――――


「それじゃ、お願いしようかしら」

「ええ、もちろん」


 未来にこの手が届く可能性があるならば。


 と知りながら、私は差し伸べられた手を取った。



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