第365話 閑話:A_fairytale_17




「…………」

「うー……」

「はふー……」


 マスターの魔力の流れが普段通りに戻ったのは、4人で魔力を共有し始めてからさらに数十分が経過した頃だった。


 それが終わってからしばらくの間、マスターのベッドに仰向けに寝転んだ3人は満足そうにお腹に手を当てていた。

 私と違って3人には満腹感が存在する。

 普段から十分な量を供給しているけれど、暴飲暴食と言うほどに供給することは流石にない。

 今回のことは、なかなか得難い経験になったと思う。


「ご馳走様でした」

「ごちそうさまでした。もう食べられないです……」

「ごちそうさま!おなかいっぱい、幸せー!!」


 予定が詰まっているわけではないけれど、いつまでもマスターのベッドを占領するわけにはいかない。

 一息ついたところで3人はゆっくりと体を起こした。


 ココルとメリルが感想を言い合う中、姿勢を正したシエルは私に尋ねる。


「それで、一体何が?」


 それは当然の疑問だろう。

 マスターの魔力は常日頃から常軌を逸した回復速度を誇っている。

 とはいえ、いくらなんでもこれはおかしかった。

 

 私はあれが始まるまでの経過をシエルに話した。

 何か知っていればと思ったけれど、やはりシエルも首をかしげるばかりだ。


 そのとき――――


「「「「…………」」」」


 全員が同じ方向に視線を向けた。

 その先にあるのは保管庫の扉だ。


 領域を支配するのは私。

 それでも領域内で発生するあれこれの感覚は、私の配下であるシエルたちも感じ取ることができる。

 

 その感覚が、保管庫にが放り込まれたことを告げていた。


「まだダメ」


 保管庫の扉に近づくココルを止める。

 マスターの保管庫は扉を開けているときは使えなくなる。

 勝手に開けたらマスターが困るかもしれない。


 大きな物や重い物が次々と保管庫に収納されるのを感じながら、扉の前でじっと待つ。

 一段落したところで素早く扉を開け、保管庫の中を一通り眺めた後ですぐに扉を閉める。


「「「「――――ッ!!?」」」」


 私たちは興奮を抑えきれずに顔を見合わせた。


 保管庫の中には色々な物が増えていた。


 ぶつ切りにされた黒い金属塊。

 様々な素材で造られた何かの部品。

 

 たしかに珍しい品ではあるけれど、それらへの関心は全て特大の魔石によって消し飛ばされた。


「これは……」

「なに、何あれ!?何なのあれ!?」

「魔石!魔石だよココル!すごい、大きい、綺麗!」


 三者三様の感想。

 メリルとココルはともかく、普段は冷静沈着なシエルも心なしか浮足立っているように見える。


 気持ちはわかる。

 私も同じだ。

 

 あれほど大きい魔石は見たことがない。

 都市中から魔力を回収する儀式魔法<エンハンスメント・アブソープション>――――その起点となっている隠し部屋の大魔石と比較しても何倍も大きい。

 大きすぎて保管庫から外に出せないくらいだ。


「シエル、何かわかることはある?」

「おそらく何かの古代魔道具の残骸でしょう。魔石を核として――――」


 シエルが黙った。


 メリルとココルも黙った。


 私はひらめいた。


 ただ、このひらめきは多分ほかの3人と共有されていると思う。


「保管庫の中身が、さっきのあれに関係があると思う?」


 全員が頷いた。

 それはそうだろう。


 マスターが旅行先で何をやっているのかというのは些細な疑問だ。

 マスターの保管庫にある物はマスターのモノ。

 それでいい。

 それ以上の詮索は必要ない。


 今大事なのは、そこではない。


「古代魔道具がマスターの魔力を増やした。マスターは古代魔道具を回収しようとしたけれど、保管庫に入りきらないから解体して保管庫に収納した。そうだとすると――――」


 私とメリルとココルの視線がシエルに集中する。


「調べたら、再現できるかもしれない」

「…………」


 シエルは複雑な表情を浮かべていた。

 私自身かなり無茶を言っている自覚がある。

 古代魔道具は製作する技術が失われたからこそ古代魔道具と呼ばれるのだ。

 日頃から解決策を提示してくれるシエルでも、この要求は厳しいに違いない。


 けれど、シエルだって至福の時間をもう一度味わいたいはず。

 再現は彼女にとっても願ってもないことであるはずだ。


「シエル!ねえ、シエルお願い!」

「シエルぅ……」

「離れなさい……うっ!?」


 シエルは両側から泣きつく二人を鬱陶しそうに振り払い、しかし振り払ったココルに再び飛びつかれてココル諸共絨毯に倒れ込んだ。

 置いて行かれたメリルも一拍遅れてそこに飛び込む。


 消極的なメリルにしては大胆な行動だと目を丸くしながら、私は3人に行動方針を示した。


「『妖精のお手製』の監督は一時的にシルフィーに任せる。シエルの補佐には待機組を充てる」


 待機時間は実質的に『妖精のお手製』に置く商品を製作するための時間となっている。

 ただし、そもそも妖精たちの目的は売上ランキングの上位報酬である魔力の雫だ。

 支給される魔力を増やすための動員なら不満も出ないだろう。

 

「古代魔道具の調査は<アナリシス>を使用しても簡単ではありません。そもそも、魔石が大きすぎて外に運び出すことができませんから、調査のやりようが……」


 シエルの言う通り、彼女が中に入っていたら『セラスの鍵』は使えなくなってしまう。

 調査対象を手元に置かずに調査するのはシエルでも無理だろう。


 しかし、解決策は思わぬところから飛び出した。


「なら、ココルがドア作る!」


 シエルにじゃれついたまま、ココルが自信満々で続けた。


「反対側の部屋に大きなドア作る!保管庫から魔石を出す!!」

「採用」

「よ、よろしいのですか……?」


 私がマスターの屋敷を傷つけられることを何より嫌うのは周知の事実。

 シエルはそこに抵触しないか不安に思ったようだ。


 けれど、何も問題はない。


「これは改装」

「改装……?」

「そう。保管庫の隣は使われていない寝室。マスターの寝室から直接行けた方が便利になるから、マスターも喜ぶはず」


 私たちは廊下を通って隣の寝室に移動した。

 この部屋は全く使用されておらず、ベッドと少々の家具が置いてあるだけだ。

 私は保管庫側の壁に印を付け、土妖精をはじめこういったことを得意とする妖精を招集した。


 ココルがいそいそと大剣を呼び出したので、それは止める。


「ココルはダメ。それは認めない」

「ええ、そんなー!?」


 当然だ。

 自信満々にドアを作ると宣言したココルだけれど、そもそも彼女にそんな能力はない。

 

 これはあくまで屋敷の改装。

 魔石のことは別としても、手を抜くことは許さない。


「調査の期限はマスターが旅行から帰ってくるまで。頑張って」


 土妖精たちに事情を説明し、夜の間に改装を完了させるよう言いつける。


 明日が待ち遠しい。

 私は上機嫌で仕事に戻った。






 保管庫と使われていない寝室を繋ぐ両開きの大きなドアは予定通り完成した。


 できたばかりのドアを使ってシエルが魔石を寝室に移動させ、調査を開始したのは翌日早朝。


 マスターからご飯抜きを通達され、私が膝から崩れ落ちたのはその日の夕方のことだった。



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