第363話 閑話:とある領主の物語3




「申し訳ありません……」


 竜との戦いにおける功労者を招待し、居城で開催した昼食会。

 それが終了した後、私は息子であるエミールを執務室に呼び出し、そのまま私室へ連れていった。


 わざわざ私室へ移動する理由は、こんな話を家臣に聞かせることはできないからだ。


「…………」


 エミール自身、言動の拙さは自覚していたようで、先んじて謝罪を述べた。

 しかし、簡単に許すわけにもいかない。

 今回の昼食会は、表彰を口実として上級冒険者パーティとなった『黎明』と良好な関係を築くため、政庁や騎士団からの進言で計画されたもの。

 交流すべき相手を放置して、あろうことかそいつの女に声を掛けるようでは先が思いやられる。

 次期当主として順調に成長したと思っていた嫡男に思わぬ欠点が判明してしまい、頭痛が止まらない。


「一応、弁明を聞こう」

「その、あまりの美しさに見惚れてしまいました……」

「この戯けが。女に見惚れて仕事ができぬようでは、貴族家当主など務まらんぞ」


 厳しい叱責に身を小さくするエミールだが、こればかりは言っておかねばならない。


 気楽な食事会を演出したが、オーバーハウゼン家にとっては重要な席だった。

 都市に根付いた上級冒険者との懇親という意味もあったが、最大の狙いはシエルと名乗った妖精、そしてそれが属する集団への対抗手段の確保にある。

 妖精たちの存在が明らかになった後、様々な方向で対応を検討させた結果、『黎明』との関係強化が有力な対策として浮上したからだ。


 ゆえに我々は、政庁の幹部から事前に説明を受けた上で昼食会に臨んだ。

 『黎明』の実績、所属する冒険者の情報。

 特にリーダーを務めるアレンという冒険者については能力、性格、素行まで十分な情報が示された。


 数多くの情報の中で目を引いたのは、彼が保有するスキルに関する分析だった。

 広域、あるいは多人数を対象とする極めて強力な精神攻撃。

 その全容は明らかになっていないが、武器を持った数十人の私兵を戦意喪失させ、精神攻撃に強い耐性を持つ魔術師を錯乱させるなど、確定情報だけでもその威力は十分に察せられる。

 情報の中には、『黎明』が敵意を持って騎士団を襲撃した場合を想定した机上演習の報告もあった。

 参考情報であるため概要だけだったが、戦闘開始直後に騎士の約半数、さらに戦闘終了時点ではジークムントを除く全ての騎士が戦闘不能となる可能性が高いと聞かされては、何かの冗談としか思えない。

 これでは妖精への対策どころか、対抗手段を用意すべき勢力が2つに増えたようなものだった。


 こうなると、最も警戒しなければならないのは両勢力に手を結ばれることだ。

 現状『黎明』側が妖精たちと手を組む動機はなく、そもそも妖精たちの勢力を認識しているかどうかも怪しいのだが、その逆は十分にあり得る。

 こちらが妖精に対抗するために『黎明』を引き込むことは必須――――そういった見方が強いからこそ、妖精たちが『黎明』と不戦を約定すれば、それだけでこちらに対する強力な牽制となる。

 あの者たちの商売を思えば、『黎明』に提示できる利益などいくらでも思いつく。

 『黎明』とて、装飾品でも贈られて仲良くしようと言われたなら、これを断る理由はないだろう。


(やれやれ、困ったものだ……)


 溜息が止まらない。

 このような状況だからこそ、エミールの失態が笑い話では済まないのだ。


 『黎明』のリーダーの情報には、女絡みで激昂しやすいという話も含まれていた。

 あの場では思いのほか理性的だったことが好材料だが、今回の件で距離を置かれては非常に困ったことになる。


(こちらへの警戒感が固着しないうちに、動くべきだろうな……)


 『黎明』に利を示せるのは妖精だけではない。

 依頼者と冒険者として良好な関係を築くことから始め、急がず焦らずゆっくりと関係を深めていくほかない。


「反省しているならば良い。以後、気を付けるように」


 恐縮しきりの息子に視線を戻す。

 

 叱責はしたが、エミールには申し訳ない思いもある。

 今でこそ竜の撃退によって武名を上げたが、帝国内の勢力争いから距離をとる立ち位置の都合、貴族間の婚姻外交でオーバーハウゼン家の優先順位はなかなか上がらない。

 結果として、領主家の正妻に相応しい家格で年齢が近い娘を探すことができず、数年前にやっと見つけた相手は息子より4歳年下の伯爵令嬢だった。

 彼女はエミールが18歳になった今も成人を迎えていない。

 学生のうちに婚約者と恋愛を楽しむ者も少なくない中で、年齢差のせいで帝都の貴族学校でもほとんどすれ違いになってしまった。

 数年経てば気にならなくなるだろうが、二人の妹より幼い相手にそういう感情を向けることの難しさも理解できる。


 一応、夜の相手を仕事に含めたメイドは何人か置いている。

 ただ、仕事としてベッドを共にしている彼女ら相手では、純粋に恋愛を楽しみたい気持ちは満たされないだろう。


 メイド相手に本気になられても困るので、こればかりはどうすることもできなかった。


「妾に関しては希望があれば配慮する。あの娘はならん。わかったな?」

「はい。本当に申し訳ありませんでした……」


 エミールは私の言葉に反感を覚えることもなく、素直に反省しているようだ。

 嫡男の素行は家の大事。

 何かあれば即座に報告するよう家臣に命じているが、今のところ嫌がる女に無理を強いたという話も聞かない。

 息子の性格を思えば、変な気を起こすことはないだろう。




 失態があったとはいえ、叱責ばかりではよろしくない。

 少しばかり雑談を交えて気持ちを切り替えさせてから、エミールを退出させた。


「…………」


 窓から外を眺めて考えるのは、昨今増え続ける問題をどう処理すべきかということ。

 妖精の件は私の頭を悩ませる問題の1つに過ぎない。


 竜との戦いで悪化した財政。

 戦争都市と公国との戦争の行方。

 陞爵の枠を争う他家の妨害工作。


 未確定だが、ほかにも気になる情報が耳に入っている。


(少し休むか……)


 頭痛で思考が乱され、溜息が漏れた。


 気を揉んでも仕方がない。

 休むべきときは休む方が良いと、竜との戦いで学んだばかりだ。








 積みあがった問題の山を崩そうと心を砕く私の下に、精霊と妖精とのが伝わるのは半月ほど先のこと。


 私の頭痛の種が尽きることは、当分なさそうだった。



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