第355話 一夜明け




「やっほー、お姉さんがお見舞いに来たよー。調子はどう、アレンちゃん?」


 ベッドで寝転がっていた俺のところにラウラがやってきたのは、日が傾き始めた頃だった。


 諸事情により暇を持て余していたところだったので、俺は彼女の訪問を歓迎した。


「絶好調……ではないな。普通?」

「えー、向こう岸で一晩暴れたって聞いたけどー?」

「まあな。ああ、目的は達成したぞ」


 俺は『セラスの鍵』から司令官の杖と赤い魔法剣を召喚して、向かいのベッドに腰掛けたラウラに差し出す。

 ラウラは杖を手に取って眺めていたが、さほど時間を掛けずに結論を出した。


「こっちの杖は特に付与効果もないただの杖だねー」

「そうか。公国軍の司令官の持ち物……と思われるんだが」

「貴族だって、持ち物全部が魔道具や付与効果付きじゃないからねー。特別な効果はないけど先祖代々受け継がれてきた大切な杖とか、そんな感じかもねー」

「うへえ……」


 思わず顔をしかめる。

 もしかしなくても恨まれるやつではないだろうか。

 本人を討った以上、今更感はあるが。


 特殊効果もないなら早めに手放した方が良さそうだ。


「けど、こっちはなかなか良い剣だねー」

「へえ、どんな効果が?」


 ラウラは剣に魔力を通して見せると。魔法剣は淡く光を放った。


「単純に魔力で強化できるのと、使いこなせば疑似的に魔法みたいな攻撃ができそうかなー」

「……念のためだが、使い手の命を削って威力を強化するような能力はないか?」

「なにそれ、そんな能力が欲しいのー?」

「んなわけあるか……」


 眉をひそめるラウラに、俺は剣の持ち主が使った力について説明した。

 話を聞きながら剣の紋様を見ていた彼女は、しかし俺の懸念をあっさりと否定する。


「それはこの剣の力じゃないよー。アレンちゃん、これ使ったらー?」

「うーん、今の剣が気に入ってるからな……」


 『スレイヤ』を召喚し、ラウラが見やすいように青く光らせた。

 小さな照明が吊られたテントの中、青い輝きはラウラの視線を釘付けにする。


「…………へ、へえー、これがアレンちゃんの剣なんだー?」

「そうだが……?」


 ラウラが面白い顔をしている。

 普段通りの煽るような笑み――――を維持しているように見せかけているが、表情が硬いし声の調子も少しおかしい。


 俺に気づかれるくらいだから相当だ。

 これまで幾度となくラウラに騙されているが、これは流石に演技ではあるまい。


「言いたいことがあるなら言え」

「いやー……。まあ、アレンちゃんはずっとそれを使えばいいんじゃないかなー。アレンちゃんのためにあるような剣だよ、それ」

「おお、そうか!俺もそう思ってたんだ!」


 人を騙すのが大好きなラウラだが、この手の話でストレートに嘘を吐くことはほとんどない。

 ラウラの太鼓判に、俺は素直に喜んだ。


 情報を絞って誤解を誘い、俺が右往左往するのを楽しむ悪癖があるので油断はできないが。


「まあ、その剣があるならこっちはいらないねー。それなりのお値段にはなるから、売ればいいんじゃないかなー」

「いくらになる?」

「それはアレンちゃんの交渉力次第かなー」


 交渉のために聞きたいのだとわかった上で、ラウラはにやにやと笑って答えをはぐらかした。

 鬼畜精霊の面目躍如、本当に意地が悪い。


「そういえば、女の子二人はどこに行ったのー?」

「ああ、それはだな――――」


 二人の居場所――――というか現状を説明するため、俺は昨夜からの経緯を語った。






 ネルから聞いた話になるが、夜明けに帰還した俺は端的に言って重傷だったらしい。


 ネルのベッドでうつ伏せに眠る俺は全身血だらけの傷だらけ。

 愕然としながらも綺麗な水で小汚い体を拭き清め、何度も入念に<回復魔法>をかけてからティアと一緒に包帯を巻き、それどころか着替えまでさせてくれたという。

 ティアはその後も気絶したように眠る俺の回復が少しでも早まるように、一滴ずつ時間をかけてポーションを口に含ませてくれたそうだ。


 二人の献身的なお世話のおかげで回復が早まったのだろう。

 目が覚めたときには重傷感がなく、所々に痛みがあるという程度にまで回復していた。


 起きて体がなんともなければ、まずは風呂か飯だ。

 寝起きで霞が掛かったような頭の中、風呂欲が怒涛のラッシュで食欲をノックアウトしたのを感じた俺は、結果に従いフロルお急ぎ便でお湯を注文。

 のそのそとテントから外に出て――――そして十歩も歩かないうちに血相を変えたネルに背後から肩を掴まれた。


 ネルはあらん限りの言葉で俺を罵り、ベッドに戻るよう叱責した。

 しかし、わけもわからないまま包帯を取って見ても、ネルが言う重傷はどこにも見当たらない。

 自分が治療したんだろうに、なぜか宇宙猫モードになったネルがよろよろと焚火の番に戻るのを見届け、俺はゆっくりと入浴を堪能した。

 

 詳細を聞かされたのは入浴後の食事中。

 心配をかけたと平謝りしたが、ネルの機嫌はなかなか直らなかった。


 なんだかんだ言いながら診察と<回復魔法>はやってくれたので、一応は許してもらえたようだが。


「――――という感じで、俺に休んでるよう言いつけて本人は基地にいる。今日一日、俺の代わりにティアが『黎明』のリーダー代理として動いてくれたみたいだから、俺が起きたことを知らせに行ったんだろう」

「ふーん、相変わらず非常識だねー」

「余計なお世話だ。しかし、戻ってこないな……」

 

 ネルが基地に行ってからどれくらい経ったかは覚えていない。

 基地内の様子は気になっていたから、俺も行ってみようか。


「えーと……」


 『セラスの鍵』で保管庫から着替えを取り出す。

 なぜ保管庫から着替えが出てくるのかというと、いつのまにか洗濯籠と衣装棚が配置されているからだ。

 おかげで旅先でも着替えに困ることはなくなった。


 お日様の匂いがする服を身に着け、続いて防具類を取り出す。

 昨夜の戦闘後、水泳前に保管庫に放り込んでそのままになっていた――――はずの防具は、新品同然に磨かれている。

 散々に酷使したはずなのに傷ひとつ見当たらない。

 俺が手入れしたら逆に汚れそうなので、これもそのまま身に着けた。


 ちなみに先ほど召喚した『スレイヤ』も同様だ。

 磨き抜かれた刃が、今日も美しい。


「よし、ちょっと散歩しようぜ」

「…………」


 呆れたような眼差しを向けるラウラを引き連れ、俺は基地へと歩いて行った。





 ◇ ◇ ◇





 基地の雰囲気は昨夜から大きく変わっていた。

 昨日の昼間は戦いらしい戦いもなく冒険者の数にも大きな変化はないはずだが、悲観的な空気は綺麗さっぱり消し飛んでいる。

 かといって、前哨戦直後のように浮ついた空気もない。


 ティアとネルを探して移動するついでに、冒険者たちの声に耳を傾けてみる。


「戦況はどうなってるんだ?」

「向こう岸を見てきたが、もうこりゃわかんねえぞ」

「『戦狼』は?なんて言ってる?」

「待機だと。騎士たちと協議中だそうだ」

「朝からずっとじゃねえか。いつまで待たせる気だ」

「嫌なら戦って来いよ。誰も止めねえぞ」

「はあ?できもしねえことを…………いや、なんでもねえ」


 色々な空気がごった煮になっている。

 強いてどれかを挙げるなら混乱が強いだろうか。


 昨日の段階で、今日の今頃には向こう岸に陣取る大軍と防衛戦――――という名の蹂躙を受けるはずだった前線基地は、現時点で攻撃を受けていない。

 もちろん兵士や一部の冒険者は警戒態勢を敷いているが、その他大勢は待機というか休息中という感じだ。


 予想された攻勢がなく、緊張が飽和してしまったのかもしれない。

 基地内の雰囲気についても『戦狼』に聞けばある程度把握できるだろうか。


「適当に聞いた方が早いか?」

「おまかせー」


 『戦狼』は騎士たちと会議中であるらしい。

 ならばティアとネルもそこにいる可能性が高い。

 

 俺は通路をUターンして先ほど会話を拾った大部屋まで戻った。


「よう、少し良いか?」


 声を掛けた途端――――雑音が止んだ。

 

(え……。なにこれ?)


 俺は思わず部屋の中を見回した。

 ここは誰かの居室というわけでもなく、大勢の冒険者が屯するための大部屋だ。

 さっきから俺以外の冒険者も出入りしていたし、全員が同一クラン所属という雰囲気でもない。


 にもかかわらず、部屋の空気はたった一瞬で張り詰めた。

 中には俺の恐怖センサーに引っかかる奴もいる。

 そして、それがどんどん増えていくのも俺の混乱を助長した。


「な、なんだ……?」


 偶然、俺と目が合った冒険者が応じる。

 しかし、その声は震えていた。


 わけがわからない。


「『戦狼』が騎士と会議中だと聞いた。どこにいるかわかるか?」

「あ、ああ……。2階、2階にある会議室……。正面の……、東門の前の階段を上がって、見張りに聞けば取り次いでもらえるはずだ、と思う、です……」

「……そうか。感謝する」


 礼を告げるなり、踵を返して大部屋を出た。


 もしやと思うが、彼らは俺に怯えているのだろうか。


「なんでだ……?」

「なんでって、軍隊を相手に大暴れする冒険者を怖がるのは、普通の反応だと思うけどー?」

「え……?」

「え……?」

 

 教えられた階段の正面で立ち止まり、俺はラウラを振り返った。

 ラウラは目を丸くしている。

 多分、俺の方も似たような顔だと思う。


「俺はそんなことしてないだろ」

「………………アレンちゃん、大丈夫?記憶ある?お姉さんのことわかる?」


 目の前でひらひらと振られた手を、ぺしりと払い落とす。


「いや、そうじゃなくてだな……」


 周囲に視線を向け、誰もこちらの会話を気に留めていないことを確認する。

 ラウラに顔を寄せ、小声で続けた。


「昨日、俺は認識阻害のローブを着てただろ?」

「まさか、それで正体を隠せたと思ってるの?」

「…………」

「ええ……?」


 普段の小馬鹿にしたような笑顔を引っ込め、本気で心配するような表情をしているのがかえって苛立たしい。


 しかし、待ってほしい。

 ここは俺にとって大事なところだ。


「なんで?どうしてバレた?」

「逆に聞くけど、他に誰がいるの?」

「いや、それは知らんが……。でも500人もいるし……」

 

 ラウラは無言のまま懐から無色透明の液体が入った小瓶を取り出し、俺に差し出した。

 状態異常に掛かっているとでも言いたいのか。


 視線の圧力に負け、俺は渋々それを受け取った。

 液体は一口で飲み干せるくらいの量だ。


 小瓶に口を付け、一気に傾けると――――


「げっほっ!!?が、あ゛、ごれ、おま゛っ……!!!」

「落ち着いた?はい、美味しいお水だよー」


 香辛料が爆発したような辛さに息が苦しくなり大口を開けて呼吸に努めると、ラウラの指先に発生した小さな水球がゆっくりと俺の口の中に放り込まれた。

 もちろんそれだけでは足りず、保管庫から取り出した水差しから直接がぶ飲みして、ようやく落ち着きを取り戻す。


「はあ……、くそっ!誰かいるかもしれないだろ、歓楽街の支配者とか…………いやもういらねえよ!」


 差し出されるを断固拒否し、ラウラを置いて階段を昇る。

 

「そうだ。知人の歓楽街の支配者がやったことにするのはどうだ?」

「もうアレンちゃんの好きにしたらー?」


 ダメか。

 手を汚すのはともかく、公国側から暗殺者が送り込まれそうだから、正体バレは可能な限り避けたかったのだが。


(まあ、仕方ないか……)


 公国が使える暗殺者も無限ではない。

 これも英雄になるための試練ということだろう。


 ちょうど煌びやかなカーペットの代わりを探していたところだ。




 暗殺者の屍で、足元を彩るのも悪くない。

 


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