第348話 前哨戦ーリザルト1
増殖フェーズに移行した『魔力増殖炉』は、その名に恥じぬ効果を発揮した。
喰われた魔力の量もさることながら、『スレイヤ』経由で返還された魔力量は体感で消費量の10倍を超え、魔法陣が深紅になってから『魔力増殖炉』が停止するまでに長い時間を必要とした。
手を離したら爆発しそうな気配は相変わらずだったので、俺が動けない間にマリーが野営地を捜索してくれなければ、手ぶらで帰る羽目になったかもしれない。
「こんなものかな。あとはかさばる割に大した値が付かないものばかりだよ」
「そうか……」
マリーはあれだけ大変な目にあった直後にもかかわらず本来の仕事もきっちりとこなし、元々大したものは残っていないと予想されていた野営地から結構な数の戦利品を見つけ出してくれた。
主な成果は戦争都市での需要が高い剣や槍などの武器、そして金属製の工具類。
雑に売り払っても金貨1枚くらいにはなりそうだった。
しかし――――
(うーん、物足りない……)
マリーには申し訳ないが、武器や工具を多少回収したところで今回の苦労には到底見合わない。
数百人の敵兵を撃退し、『魔力増殖炉』などという厄介な古代魔道具の処理までしたのだから、ボーナス的な戦果があって然るべきだ。
「となると、やっぱりこれだよな」
「ちょっ!!?」
俺は『魔力増殖炉』に再び『スレイヤ』を突きこんだ。
停止した『魔力増殖炉』は当初纏っていた威圧感を失っていたので、『スレイヤ』を刺しても先ほどのようなことにはならないという確信があったのだ。
予想通り、『魔力増殖炉』は『スレイヤ』によって解体されるだけの獲物と化していた。
斬るときの抵抗も、初回と比べると幾分か小さい。
3割ラインまで回復した魔力を消費しながら黒い金属を切り分け、いくつかを『セラスの鍵』で回収していく。
素材としての価値が高そうだったから可能なら全部持っていきたかったが、保管庫の床が抜けるのが怖かったので全体の3分の1ほどで我慢した。
本命を収納するための空間も必要だから仕方がない。
「これが『魔力増殖炉』の中身か……。まあ、そのまま持ち運べるわけじゃないし、これも解体だな」
金属の内側はよくわからない部品といくつかの魔石で構成されていた。
中核の役割を担うであろう一際大きな魔石は保管庫に直送。
直径は俺の身長より少し高い程度で、魔石は普通の岩石よりずっと軽いので保管庫の床が抜ける心配もない。
部品はよくわからないが、嵩張らないし重くもないのでこれもバラして保管庫行き。
残った金属ほか諸々は野営地から拝借した荷車に雑に積み込み、運べる分だけ基地に持ち帰ることにした。
破壊したとはいえ、敵国の決戦兵器の部品だ。
戦争都市冒険者ギルドが相応の値段でお買い上げくださるだろう。
マリーも俺に指示されるまま、俺が荷車に積めなかった金属や部品、大小いくつかの魔石を小さめの荷車に積んだ。
彼女が動かせる重量に限られるので俺と比べると少ないが、彼女の正当な取り分だ。
「ランベルト、どこ…………?」
当のマリーは『魔力増殖炉』を解体し始めたあたりから挙動不審になっていたので少し心配だったが、なんとか持ち直したようでなによりである。
基地に戻ったら、好きなだけランベルトに甘やかしてもらうといい。
◇ ◇ ◇
俺とマリーが川に着いたのは本当に日没ギリギリだった。
すでに基地の周辺には視界を確保するための篝火が焚かれている。
ほとんどの冒険者が基地側に渡り終え、ティア、ネル、ランベルトのほか後方支援のために残っていた数人だけがこちら側に残って俺たちを待っていた。
「おかえりなさい、アレンさん!」
「ただいま。待たせたな」
「ごめん、あたしの分まで……」
途中でマリーがバテたので彼女の荷車も一緒に引いてきた。
体力的な問題はさほどないが、色々あったので疲労感は小さくない。
「ランベルト、これはマリーの取り分だ。後は任せた」
「なんだこりゃ?結構重そうだが……」
「『魔力増殖炉』の部品」
「まっ!!?」
ランベルトも『魔力増殖炉』は知っているようだ。
戦争都市では結構知られているのかもしれない。
「ティア、これ通れるか?難しいようであれば何回かに分けるが」
「アレンさんがいれば、大抵のことは大丈夫ですよ」
抱擁を交わす間に魔力吸収を済ませたティアに先導され、橋を渡った。
少しぐらついたが橋を渡りながら補強してもらい、何とか対岸に到着。
略奪品の重さで橋を沈めたら笑い者になっただろうから、無事に渡り切れて何よりだ。
「ネル、俺たちで最後か?」
「見える範囲にはいない」
全員で対岸へ撤収すると、冒険者たちが基地内からぞろぞろと集まって来た。
崩れそうな基地のあちこちから、物珍しそうに顔を出す兵士たちの姿も見える。
何か始まるのかと思って周囲を見回していると、ランベルトが口の端を上げた。
「ほら、あんたを待ってたんだ。一言よろしく頼む」
「締めの挨拶か。その前に……ティア、橋を」
「はい。――――当たって」
浮橋に<氷魔法>の大槍が何本も突き立ち、橋の中央部が派手に割れた。
それはさながら、鏡開きで酒樽に槌を振り下ろすが如く。
日本酒の代わりに飛び散った水飛沫を背景に、俺は剣を掲げた。
「前哨戦、俺たちの勝利だ!!」
黄昏時、冒険者たちの歓声が紺碧の空に響いた。
撤収中、基地の中を歩くと多くの冒険者から声を掛けられた。
「いやあ、見てたぜ!すごかったな!!」
「上級冒険者は格が違うねえ!!」
「よっ、辺境都市最強!」
その多くは好意的な反応だった。
一方、そうでない者ももちろんいる。
「けっ、恥ずかしげもなく魔法銃なんて使いやがって」
「余所者にデカい顔させて何を喜んでんだ、馬鹿共が……」
「すごいのは女二人だろうが。あのガキが威張り散らすのは気にくわねえ」
どんなに素晴らしい人間でも目立てばアンチが発生するのだから、俺のような粗野な冒険者が目立てばこうもなる。
元より全員から好かれようなどとは思っていない。
嫉妬も成功の証と思えば、悪い気はしなかった。
「さて、どうする?」
「お風呂」
野営地に戻り『セラスの鍵』で寝台や預かり物を召喚しながら女性陣の意向を問うと、ネルが即答し、ティアも首肯する。
ポーチから懐中時計を取り出すと、そろそろ保管庫にお湯の入った湯船が届いた頃だ。
腹は減っているが、俺も普段から風呂を優先するタイプなので否やはない。
「わかった。準備するから焚火だけ頼む」
「任せなさい」
「ありがとうございます」
上機嫌に快諾する二人が火起こしのために動くのを見届け、俺は入浴用に立てた幕の内側に入って懐中時計を片手に待機する。
「どれ……」
時間きっかりに『セラスの鍵』を起動すると、蓋がされた浴槽に手が触れた。
地面がでこぼこしているので召喚時にガタついて少しだけお湯がこぼれたが、蓋を取るとモクモクと湯気が立ち昇る。
手を入れてみると、丁度良い湯加減だ。
フロルの仕事が相変わらず素晴らしい。
お湯が冷めないように蓋を置き、幕の傍に棚やら何やら設置して外に出る。
「できたぞ。冷めないうちにさっさと入れ」
「ありがと。行こ、ティア」
「これができたら行くので、先に行っててください」
火がパチパチと音を立てる中、ティアは焚火の上に金属容器を吊るすための道具を組み立てていた。
「それくらいやっておくから、冷める前に行ってくると良い」
「……では、お言葉に甘えて」
少しだけ申し訳なさそうに、少しだけ嬉しそうに。
ティアは小走りでネルを追った。
少女たちがはしゃぐ声をBGMに、ティアがやり残した組み立てを終えて一息つく。
基地の方を振り返るとE級冒険者たちも流石に野営地は完成させており、方々に焚火が見えた。
少女たちの入浴を覗き見ようとする不届き者の気配も見つからない。
こんなところで入浴しているなど、思いもしない者が大半であろうが。
(しかし、勿体ないな……)
フロルが用意してくれたお湯のことだ。
お湯は当然俺の分も注文しているのだが、少女たちが入浴を終えて戻ってくる頃には幾分お湯もぬるくなっているに違いない。
完璧な仕事をした我が家の支配人の心配りを無為にするようで、ちょっとだけ申し訳なく思う。
(うーん……)
何とかならないかと思案する。
まさかティアとネルが使っている入浴スペースに混ざるわけにもいかない。
もう1つ入浴スペースを用意すれば視界が塞がって近づく者を咎めるができなくなり、少女たちが無防備になってしまう。
「うん……?」
俺は閃いて、もう一度周囲を見渡した。
近くに人影はない。
最も近いパーティでも俺たちの野営地から50メートルくらいは距離を取っている。
ほかに比べて幾分豪華な野営地は目立っているが、こちらがB級冒険者と理解してからはじろじろと眺める者もなければ近づく者もいない。
「よし!」
少女たちと違い、見られて困るモノもない。
俺は『スレイヤ』を地面に突き立て防具を放ると、二台目の浴槽を召喚した。
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