第347話 魔力増殖炉




「うそっ!?」

「刺さった!」


 ミラベルとマリーの驚愕に少しだけ気を良くしつつ、俺は『スレイヤ』の柄に力を込め、ゆっくりと『魔力増殖炉』の中に突き入れていく。


「魔法防御は、たしかに掛かってたな」


 <結界魔法>を斬ったときと比較にならないくらい、ごっそりと魔力を持っていかれた。

 刃を押し込んでいる今この瞬間も、魔力を喰われ続けている。


 そして――――


「入っちゃった……」


 二人が見守る中、『スレイヤ』の剣身の大半が『魔力増殖炉』に吸い込まれた。

 剣の構造上、これ以上は押し込めない。


(刃を寝せれば良かったか……)


 そうしたら、そのまま立方体の周りを歩いて一周して輪切りにできたかもしれない。

 完全に切断するには剣の長さが足りないが、外から1メートルも斬れば古代魔道具だって機能不全を起こすだろう。

 ぐるっとひと回りする間、俺の魔力が枯渇しなければの話だが。


 とりあえず、下に引いて包丁のように斬れば――――と思ったところで、俺は違和感を覚えた。


(いや待て、なんだこれ……?)


 押し込んだ後、『スレイヤ』は動かしていない。

 にもかかわらず、俺の魔力が喰われ続けている。

 

 いくらなんでもこれはおかしい。

 嫌な記憶だが、以前俺が屋敷に引きこもる原因となった湖の妖魔並みの吸収速度だ。


 つまり、このままだと俺は遠からず昏倒することになる。


「おい、これめちゃくちゃ魔力を喰われてるんだが。どうすればいい?」

「いや知らないよ!?」

「待って。これ、起動してない?」


 気づけば黒い立方体の表面に、怪しげな魔法陣がうっすらと浮かび上がっていた。

 それは見る見るうちに鮮明になり、淡い紫色の光を放ち始める。


「おいおい……」

「手を離してみたら?そっと、ゆっくりね」


 両手から『スレイヤ』を経由して『魔力増殖炉』へ、魔力の流れをはっきりと感じる。

 引き剥がそうとすると流れが抵抗するように歪み、『魔力増殖炉』の周囲に紫電が散った。


「うわっ!?なにっ!?」

「……ダメそうだ」

「魔力は操作できる?自力で止めるのは?」


 錯乱気味のミラベルに代わり、マリーが冷静に助言をくれる。

 しかし、魔力操作で無理やり魔力を押し留めようと試みると、やはり先ほどと同じ結果になった。

 古代魔道具に感情などないだろうが、余計なことをするなと言わんばかりだ。


「ひぃっ!?」

「良くないな。流れに逆らうとドカンと行きそうな雰囲気だ」

「剣ごと引き抜くのは?」

「…………抜けない。<強化魔法>が維持できない」


 自由自在のはずの魔力が、ほとんど言うことを聞いてくれない。

 魔力操作が妨害されるという意味では『魔封じの護符』と似たようなものだが、あのときは魔力が非常に動かしにくくなったのに対して、これは吸われる力が強すぎて逆らえないという感覚だ。


 そして、ただでさえ混乱した状況に拍車をかけるように、『魔力増殖炉』に浮かんだ魔法陣の色が紫から青へと変化し、発光が強くなる。


「今度はなにっ!?」

「俺は何もしてないぞ」

「ミラベル、落ち着いて!」


 異常というよりは、『魔力増殖炉』の起動におけるフェーズ移行という印象だ。

 魔力が喰われる速度は変わらないが、『魔力増殖炉』の中では何かが変化したように感じられた。

 

「剣が刺さると起動する魔道具ってなんだよ……。そこは壊れとけよ……」

「ぼやいても仕方がない。あとどれくらい持ちそう?」

「魔力か?今のペースで喰われると数分で尽きるな」

「……ずいぶん持つね?」

「魔力量には自信があるんだ」


 状況は好転していないが、マリーと話しているうちに落ち着いてきた。


(まあ、なるようにしかならないか……)


 『魔力増殖炉』が起動した理由は不明。

 その効果も想像の域を出ないが、を真に受けるなら魔力を吸えるだけ吸って大爆発ということはないはずだ。


 吸った魔力は『魔力増殖炉』内で増殖し、増えた魔力を何かに利用する。

 おそらくそれが本来の使い方だろう。

 『スレイヤ』が刺さっている以上、『魔力増殖炉』が本来の効果を発揮してくれるかは運次第だが、正常に起動したのなら最後まで正しく動作してくれる可能性も低くない。


 あとは吸収段階で俺の魔力が枯渇した場合にどうなるかというところだが――――


(吸収が終わらないなら、<結界魔法>を展開できるだけの魔力を残した状態で、無理やり『スレイヤ』から手を放す。ドカンと行く前に魔力操作を取り戻して、<結界魔法>を展開する。これしかないか……)


 二人――――いや、背後に庇える。

 何も問題はない。


「ミラベル、『魔力増殖炉』が起動すると…………ッ!」


 マリーの声が突然途絶えた。

 彼女が絶句し、動揺する様子が手に取るようにわかる。


 仲間だからこそ思うところもあるだろう。

 俺は恐怖の感情やそのを捕捉できるから、この動きは既定路線としか感じないが。


(しかし、マリーを置いてか……)


 俺に関しては、自業自得と切り捨てられても仕方がない。

 だが、言葉を交わした回数も数えられる程度の俺と違って、マリーは『銀狼』に所属する仲間であるはずだ。


 背後の女剣士が何を想っているか。

 似たような経験がある俺だからこそ、やるせない気持ちになる。


 なんと声を掛ければよいか迷っているうちに、刻々と時間は過ぎていった。


「…………ふう」


 たっぷり十数秒。

 呆けた後で、マリーは大きく息を吐いた。


「待ってて!」


 マリーは駆けた。

 放棄された野営地の天幕をいくつか探し、お目当ての物を見つけるとこちらに戻ってくる。


「おい、何を……?」

「塹壕を掘る」

「塹壕!?ここでか!?」


 ここの戦争にも塹壕戦があったのか。

 そんなことを思う間にも、背後からザクザクと地面を掘り返す音が聞こえてくる。

 俺の魔力残量は普段の3割程度で、枯渇するまで推定残り2分を切った。

 ただの穴でもないよりマシだが、まともな塹壕を作るにはちょっとどころではなく時間が足りていない。


「悪いことは言わない。責任は俺にある。今ならまだ――――」

「言わないで」


 食い気味に返された声は、震えていた。


 内心は間違いなく恐怖に染まりきっている。

 そのはずなのに、それでもマリーは手を止めなかった。


「あたしは、あんたのように強くない。一人で何百人も相手取って、傷ひとつ負わない戦いなんてできない。だから、戦友に命を預けるんだ。戦友の命を、預かるんだ。それが……ッ」


 声が詰まる。

 泣いているのかもしれない。


 嗚咽を噛み殺すような、不自然な間があった。


 それでも――――


「それができなくなったら、おしまいなんだ……。理由を付けて、言い訳して……慣れてしまえば、いつかあたしは仲間すら見捨てる……。そんなのは、嫌だ……」


 彼女は逃げなかった。

 いつ暴走するとも知れない古代魔道具を前に、一歩も退かなかった。


 震える手でスコップを握り、涙と鼻水を垂らしながら穴を掘り。

 連携といえるような連携もしていない俺を戦友と呼び、決して見捨てないと声を震わせた。


「…………」


 ゆっくりと、大きく息を吐き出した。


 時を追うごとに輝きを増す魔法陣の光の中。

 双頭の大熊と対峙した少年が、背後に戦友の姿を見つけて顔をほころばせる。

 そんな光景を幻視した。


 俺はすでに信頼できる仲間を得ている。

 それでも俺の中で、何かが救われた気がした。


(ああ、そういえば、あいつもか……)


 報酬分配で最後まで粘っていた茶髪の魔法使い。

 結果的に他の連中から責められる流れになったが、彼らは仲間が死んでも、戦友のために最後まで踏みとどまった。


 彼らは戦争都市の冒険者に課せられた義務を果たしたのだ。

 義務を果たした彼らにとって、あるいは自分たちは報酬を得る権利があると叫ぶことこそが義務だったのかもしれない。


「ははっ……」


 ちょっとした出来事で世界が変わる。

 変わるのは見え方で、世界は元々そうであったはずなのだが。

 俺がそれを知覚することはできないなら、世界が変わったも同然だ。


 夕暮れ時、少しだけ世界が明るく見えるのは、きっと鬱陶しい魔法陣のせいだけではないのだろう。


「お前、良い奴だなあ」

「はあ!?な、何を言って……!」

「おっと、誤解するなよ?ランベルトとできてるのはわかってるから」


 状況は刻々と悪化している。

 それでも、冗談を言えるくらいの精神的余裕は取り戻した。


 <結界魔法>なんて今更隠すようなものでもないが、マリーのためなら喜んで晒すことができる。


「せっかく掘ってくれたのはありがたいが、スコップは捨てて俺の背に隠れろ。逃げる気がないなら、多分ここが一番安全だ」

「……何か、手があるの?」

「まあな。幼竜のブレスくらいなら直撃しても大丈夫だ」

「ええ、なにそれ……」


 少しやけっぱちに笑いながら、マリーがゆっくりと俺の背にくっついた。


 それを確認した俺は、そのときに備えて心を落ち着ける。


 深呼吸し、精神を集中する。

 

「衝撃注意、カウント5」


 誰かさんは不在なので代わりに俺が声を上げると、背中から噴き出すような笑いが漏れた。


「4、3、2――――」


 1、と声に出そうとしたそのとき――――『スレイヤ』を介した魔力の吸収が止まった。


「…………凌いだか」


 紫から青、青から白と変化した魔法陣が、光を失って消えていく。


 そして、姿


「――――ッ!これは!?」

「『』だからな。命名者が余程のひねくれ者でなければ、俺から吸収した魔力を中で増殖してるんだろう」


 魔力枯渇の問題はクリアできた。

 後は吸収された魔力が何処に行くのか、あるいは何になるのか。


 それが問題だったのだが、どうやらを引いたようだ。

 

「魔力が返って来てるな」

「え……、大丈夫なの?」


 おそらくだが、本来は大丈夫ではないのだろう。

 『スレイヤ』を介して返還される魔力の流れは吸収されたときよりも更に大きい。

 このままだと数分と持たずに魔力が満タンになるのだが、「全回復だよ、やったね!」で終わるなら、敵国が『魔力増殖炉』を温存することはなかったはず。


 例えば、魔力の暴走によって大魔法の発動とともに術者本人も爆発するとか。

 例えば、体のどこにあるのかもわからない魔力タンクが破裂して、以後魔力が回復しなくなるとか。


 増殖した魔力を供給される対価として、術者は何らかの犠牲を強いられるのだろう。


 ただし――――それはあくまで一般的な魔法使いの話だ。


 俺の魔力タンクが、どうして破裂するというのか。


「少し早いが、だ」


 その後、急速に回復した魔力残量はあっという間に3割ラインに到達。


 『魔力増殖炉』が稼働を止めるまで、一切動かずに3割ラインに留まり続けるのだった。



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