第346話 野営地




「いやー、醜い争いなんか見せちゃってごめんね?」

「正面からではお客人の戦いぶりが見えなかったというのもあるだろうけど……。敵将を討ち取った上級冒険者を差し置いて7割なんて、いくらなんでも度が過ぎてるよ」

「別に気にしない。俺たちも金に困っていた頃はあったからな」


 野営地に向かう間、ミラベルとマリーは分配の件を頻りに謝っていた。

 俺の想像通り、茶髪の魔法使いは『戦狼』のようにクランを形成しており、その盟主を務めているという。

 ただ、少数精鋭の『戦狼』と違って実態は弱小パーティの互助会に近いようで、人数が多いわりに稼ぎは控えめなので普段から経営には頭を悩ませているらしい。

 今回も稼ぎ時ということで無理をしたもののクランから複数の死者や重傷者を出してしまい、今後の活動を考えると無理を通すしかなかったということだ。


「ごねて報酬を勝ち取るって成功体験をさせたくなかったのもあるんだけどね。癖になると組んでくれる相手がいなくなるし、結局あいつらの首を絞めることになるからさー」

「『戦狼』には悪いと思うが、そこまでは面倒見切れん」

「悪いなんて……。てか、お客人に聞かせる話じゃないよ、ミラベル」

「はーい」


 二人とも、やはり先ほどの交渉に思うところがあったようだ。

 こちらも思惑があって動いているから、飲み込んでもらうしかないのだが。


「まあ、そういうことなら野営地漁りに精を出してもらおうか。目先の取り分に目がくらんで野営地の報酬を放棄したことを後悔するくらい、高額の略奪品を見つけてくれ」

「努力する」

「はーい」


 こちらの意図を理解して切り替えてくれたようで二人の顔に笑顔が戻った。

 せっかくだから、もう一押ししておくか。


「良い物を見つけたらランベルトに内緒でお小遣いをくれてやろう」

「よーし、ミラベルさんが本気出しちゃうぞー!」


 そう言い残したミラベルは、俺とマリーを置いて野営地に駆けて行った。

 斥候だけあって、かなりの俊足だ。


「まったく、あいつは……」

「元気があっていいじゃないか」

「……それを年下から言われるのはどうなんだろう」


 ミラベルは20手前、マリーは20代前半くらいで二人とも俺よりは明らかに年上だ。

 たしかに年下からの感想としては失礼だったかもしれない。


「聞かなかったことにしてくれ」

「さて、どうしようか。年下のお客人から出た率直な感想を聞けば、ミラベルも少しは大人しくなるかもしれないし」


 置いて行かれた俺とマリーは、笑いながらミラベルの後を追った。






 意気揚々と先行したミラベルだったが、俺たちが到着したとき、彼女は野営地の中央付近で棒立ちだった。


 俺たちを待っていたわけではない。

 早速、略奪品候補を発見したのだ。


「で、見つけたのがこれか?」

「見つけたって言うか、探すまでもないと言うか……」


 野営地の中央にある風通しの良い中途半端な天幕。

 その中に収められている物の前に立ち、俺たちはそれを見上げた。


「大きい……」


 色は黒。

 形状は立方体。

 大きさは一辺が4メートルくらい。

 材質は何かの金属。


 敷物も台座もなく荒地に直置きされたそれは、しかし無視できない不思議な威圧感を放っていた。

 

「やばいの見つけちゃったねー」

「知っているのかミラベル!?」

「え!?う、うん……」


 ミラベルは困惑しながら頷いた。

 少し驚かせてしまったようだ。

 こほんと咳払いを1つ、俺は改めて彼女に尋ねた。

 

「で、これは?」

「多分、『魔力増殖炉』かなー」

「これがそうなんだ」

「名前から用途は何となく想像できるが……。わかる範囲でいいから解説を頼む」


 ミラベルは頷き、『魔力増殖炉』について説明してくれた。


 『魔力増殖炉』は帝国を打倒するために秘蔵していた古代魔道具であり、公国軍の決戦兵器である。

 これを起動すれば魔法使い10人で魔法使い100人相当の大魔法を使えるようになり、戦争都市の領主軍はおろか帝国軍をも容易く蹴散らすことができる。

 名高き帝国宮廷魔術師すら恐るるに足らず。

 さあ、公国の魔術師たちよ!祖国のために共に戦おう!


「……と、こんな感じ」

「何の宣伝だ?」

「公国軍の魔法兵募集」

「ああ、そういう……」


 なんだか途端に胡散臭くなってきた。

 そんな便利な物があるなら、なぜ今まで使わなかったという話だ。


 それに――――


「なんで先遣隊の奴らは、その決戦兵器とやらをここに置いて逃げたんだ?」


 聞いた話を信じるならば、野営地を放棄するときに最優先で回収すべき物のように思う。

 それこそ金貨や食料なんて放置してでも、これを回収なり破壊なりしなければならないはずだ。

 帝国宮廷魔術師すら倒せるとか言って、これを鹵獲されて帝国宮廷魔術師に使われたらどうするつもりか。

 

「これは、動かせないんじゃ、ないか?ふう……、かなり重いよ」


 勇敢なことに、マリーが魔力増殖炉を回収しようと奮闘してくれた。

 俺も<強化魔法>全開で頑張ってピクリとも動かなかったので、人力で移動させるのは無理だろう。

 運搬用の装置が別にあって、そちらだけ回収すれば鹵獲はないと判断したのかもしれない。


(惜しいな……。もう少し小さければ……)

 

 右手首に装着した『セラスの鍵』を見る。

 多くの物を収納できる保管庫だが、横幅と奥行きはともかく高さが4メートルでは対象外だ。

 高さが足りたところで、今度は床の耐久力の問題が発生するかもしれないが。


「ちなみに、『黎明』の魔法使いさんに頼むのは?」

「あー……。いや、ナシだな。いくらなんでも遠すぎる」

「残念」 


 ここから川までは、おそらく3000メートル近い距離がある。

 仮に川岸までカーリングに成功したとして、どうやって向こう岸に運ぶかという問題もある。

 俺が押してビクともしない金属塊が氷の浮橋に乗るとも思えない。


 ティアに頼らずとも人数と時間をかければ方法はありそうだが、敵軍の到着予想は明日だ。

 敵軍の決戦兵器を自陣正面まで運んで差し上げるのは、少しばかり親切が過ぎるだろう。


「一応聞くが、使い方を知ってたりはしないよな?」

「流石に機密でしょ」

「それに、デメリットがないと決まったわけじゃない」


 ダメ元でミラベルに尋ねたが、やはり使い方はわからないという。

 マリーの言うとおり、今までこれが使われなかったことを考えるとデメリットに関しても怪しいものがある。


「なら決まりだな」

「何が?」

「略奪できない、活用できない、放置もできない。となれば処分一択だろ」


 『スレイヤ』を召喚し、地面に突き立てる。

 両手を組んで伸びをすると、ミラベルが呆れたように溜息を吐いた。

 

「ムリムリ。お客人が強いのは知ってるけど、古代魔道具を破壊できるわけないって」

「やってみないとわからないだろ。それと、古代魔道具ってなんだ?」

「ええ……?右手のそれも古代魔道具でしょ、何で知らないの?」

「略奪品だからなあ……。使い方を教えてくれた奴は気まぐれだし」


 今度はマリーも呆れた様子だ。

 この二人が知っているようなことをラウラが知らないはずはないので、敢えて教えなかったんだろう。

 後で文句を言いに行ったら「だって、聞かれなかったからー。」とか言って笑うに違いない。


 なお、古代魔道具とは製作技術が逸失して同等品を作れなくなった魔道具の総称らしい。

 昔に製作されたものが多いから“古代”とついているが、結局は技術が伝わっているか否かの問題で時代は関係ないとか。

 要はレアな魔道具のことだ。


 まあ、それはいい。


「で、何で斬れないって?」

「こういうのは強力な魔法防御が掛かってるって相場なの。マリー」


 百聞は一見に如かずということか。

 ミラベルがマリーに声を掛けると、マリーは手近なところに転がっていた量産品と思しき剣を拾い、抜き放った。


 そして――――


「ヤアッ!!」


 見事な剣閃は黒い不気味な立方体へと吸い込まれ――――しかし、彼女の剣を容易く弾き返した。

 マリーが放り捨てた剣には欠けが見られ、黒い立方体には傷跡ひとつない。


「……と、こういうわけ」

「なるほど」


 生半可な攻撃で傷つかないことはわかった。

 しかし、斬れないと断言されたら斬りたくなるのが男という生き物だ。

 ミラベルの言いたいことは理解したと頷きながら、俺もマリーに倣って『スレイヤ』を構える。

 ミラベルは腰に手を当てて「仕方ないなー。」という顔で見守っているが、剣が通らない原因が魔法防御ということであれば勝算はある。


(『スレイヤ』の斬撃は、だからな……!)


 以前ラウラから聞いた<結界魔法>の話を『スレイヤ』の斬撃に当てはめて考えた結果、『スレイヤ』による『剣に魔力を纏わせて超強化攻撃!』の正体は、竜のブレスと同種の純粋魔力攻撃であるという結論に至った。

 剣身が竜のブレスと似たような状態になり、それが魔法防御も物理防御も破壊し尽くした後で強化された『スレイヤ』の斬撃が襲う。

 だから何を斬ってもほとんど感触が変わらず、物理攻撃であるはずの斬撃が<結界魔法>で止まらないのだ。

 

 思えば、<結界魔法>を斬ったときは僅かながら魔力を消耗する。

 それは付与された純粋魔力攻撃と<結界魔法>が削り合い、純粋魔力攻撃が勝つ過程で消費分の魔力が吸い上げられたという理屈であれば説明が付く。


 もし、そうであるならば――――


(俺の魔力が続く限り、破壊できない魔法防御は存在しない……かもしれない)


 仮にそうであっても、結局のところすごいのは俺ではなく『スレイヤ』、あるいはそれを打った鍛冶屋の爺様なのだが。


 まあ、ダメならダメで別の方法を考えればいい。


 俺は<強化魔法>を掛けなおし、軽い気持ちで『魔力増殖炉』に『スレイヤ』を突き立てた。



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