第345話 前哨戦2




「杖は没収だ。悪く思うなよ」


 俺のメインウェポンと指揮官の死にざまを目の当たりにして、腰が抜けた歩兵が前衛では死ぬしかないと悟った憐れな魔法兵は、目を閉じて震えながら杖を手放した。

 恐怖の感情を捉えて不意打ちを企む気配がないことを確認してから、それらを『セラスの鍵』で回収し、俺は次の戦場に目を向ける。

 

 300人ほどの敵左翼本隊を全滅させるために掛けた時間はわずか。

 だが、中央も左方も冒険者側が押され始めていた。


(いや、押されているというよりは……引き撃ちか?)


 魔法使いの手数で勝るなら近接戦闘は避けた方が良い。

 後方に下がりながら魔法で敵歩兵を削れるだけ削り、突出した敵歩兵は前衛が迎撃する。

 敵魔法兵や弓兵からの攻撃にも注意しなければならない前衛の負担は非常に大きいが、前衛同士の力量に差がある状況に限れば正面衝突よりは手堅い戦法だ。


 ただ、やはり無傷とはいかないようで、前衛を中心に中央は十数人、左方も何人か脱落している。

 代わりにというべきか、後続の冒険者たちが続々と戦線に加わっており、俺一人しかいなかった右方にも新たに数十人の集団が形成されていた。

 俺が漏らした敵左翼分隊の200人ほどは、結局中央に加勢できずにこちらの対応を強いられている。


「まあ、狙うなら大将首だよな」


 ビクリと震えたを踏まないように注意しつつ、俺は敵中央の後方へ回り込んだ。

 そこには少々の歩兵に背後を預け、剣を振り上げて指揮を執る騎士が一人。

 ご丁寧に騎乗しており、私が大将だと言わんばかりに目立っている。

 

 ただ、『ハイネ』の弾丸が魔法防御付きの騎士鎧を貫通しないことは、辺境都市領主騎士団の協力により実証済み。

 歩兵を排除せずに斬り込むと後が辛くなるので、まずは順当に騎士の後方に侍る歩兵を強襲した。


「な――――」


 断末魔の叫びもなく、一人、二人と死体が積みあがる。

 冒険者たちの魔法が着弾するタイミングを狙ったので、こちらに気づいた者はまだ少ない。


 しかし、やはり数人も斬れば周囲が敵襲を知らせ、俺の存在は敵騎士の知るところとなる。

 

「馬鹿な!左翼はどうした!?」


 正面の激戦に集中するあまり、後方の戦況を見逃していた敵騎士が驚愕する。

 俺の存在を忘れていたわけではなさそうだが、まさか部隊丸ごと壊滅するとは思わなかったのだろう。


 後方を任せた歩兵は今も俺の手で数を減らし、このままでは弓兵や魔法兵を狩られる。

 手当するための手駒が近くにない以上、敵騎士が選べるのは撤退か、あるいは――――


「指揮を引き継げ!私が出る!道を空けろ!」


 速やかに反転すると、敵騎士はこちらへ騎馬を駆った。

 

 自身の手で俺を排除することを選んだ精神は見事。

 騎馬に乗って突撃槍を振るうことを卑怯と罵るつもりもない。


 ただし――――


「なっ……!?」


 右手に『ハイネ』を、左手に『スレイヤ』を。

 弾丸は高い防御力を誇る騎士鎧を貫通しないが、馬に被せた薄い鉄板くらいなら貫ける。


 騎馬が負傷により転倒し、着地に失敗した敵騎士が俺の前に投げ出された。

 立ち上がって構えるのを待っても良かったが、馬上で振るう前提の武装で『スレイヤ』と打ち合うことはできまい。


「騎士は討ち取った!」


 俺は敵騎士の屍の横に立ち、剣を振り上げて声高に叫んだ。

 中央の後方にいて顛末を見届けた敵兵に動揺が広がる。


 たが、それだけだった。


「…………おお?」


 敵騎士を討ち取ったのに、戦いは終わらない。

 むしろ敵騎士の部下と思しき兵士が鬼のような形相でこちらを指差し、声を張り上げているのが見えた。

 指揮官が戦死しても、しっかりと指揮権は継承されたらしい。

 動揺が消え去ったわけではないものの、なんとか持ち直しそうな雰囲気だ。


「仕方ない……」


 俺は『スレイヤ』を保管庫へ送り、『ハイネ』を構える。

 

 指揮権を継承した兵士は騎士鎧を着ていない。

 しばらく撃ち続ければ、そのうち当たるだろう。





 ◇ ◇ ◇





 歩兵を巻き込みながら次席指揮官を討ち取った後も、しばらくの間は戦いが続いた。

 魔法兵と弓兵をメインに狙っていると、俺を狙って撃ち込んでくる敵兵が次第に増えていき、終盤は魔法と矢が雨あられと降り注ぐ中で回避に徹する時間も多かった。


 しかし、正面への圧力が減少したことを察した冒険者の中央集団が反攻を仕掛けると、形勢は一気にこちらへと傾いた。

 彼らは敵歩兵を一気呵成に壊走させ、そのまま敵後衛の挟撃に成功する。

 前衛となるべき歩兵の大半を排除した上で挟撃が成れば後衛の魔法兵や弓兵も殲滅できて然るべきなのだが、残念なことに挟撃の反対側を担うのは俺一人だ。

 正面から押し寄せる冒険者たちの猛攻に耐えかねた敵兵がこちら側へ逃亡を図るのは当然で、それを俺が全て処理するのはどうやっても不可能。

 全く手数が足りておらず、散々に討ち漏らす羽目になった。

 敵右翼を撤退に追い込んだ『戦狼』たち左方集団が中央へ加勢したことでなんとか挟撃らしい挟撃になり、ようやく決着したという有様だ。


 最終的な結果はこちらが死者14人に負傷者が100人程度。

 敵方は左翼壊滅、中央壊走、右翼は大打撃を与えた上で撤退。

 隊列を維持したまま撤退に成功した敵右翼も反攻するほどの余力はないと見込まれる。


 完勝とは行かないが、3倍以上の数を相手に戦った結果なら上出来だろう。


「いやあ、流石だね、お客人。あ、私は『銀狼』のミラベル、よろしくね」

「ああ、よろしく」


 ランベルトの紹介によって俺の呼称は『お客人』が定着しつつある。

 冒険者たちが話し合いをしながら戦場からを回収する最中、いまいち流れが掴めずに所在なく突っ立っていると『戦狼』の指揮担当が声を掛けてきた。

 名前は初めて聞いたと思うが、彼女の「てーっ!」は良く響くから印象に残っている。

 

「お客人は話し合いに参加しないの?」

「話し合いってのは取り分の話か?くれるならもらうが、戦争都市の流儀がよくわからなくてな……」

「あー……。わかった、とりあえずこっちに来てもらえる?」


 ミラベルに連れられて戦場跡地へ。

 そこにいる冒険者たちは、またしても俺を待っていたようだ。

 俺が不慣れなせいで度々待たせてしまうようで、本当に申し訳なく思う。


「お客人、ここでの取り分の決め方を知らないって」

「ああ、そりゃそうか……」

「すまんな。何なら代表に一任するが」

「いや、流石にそういうわけにはなあ……。まあ、簡単に説明するから一旦聞いてくれ」


 ランベルトはガシガシと頭を掻きながら状況を説明してくれた。


 まず、戦場で敵兵を倒すと敵兵の所持品は倒した者が所有権を得る。

 倒した数に応じて戦争都市から報奨金も出る。

 これらが戦場で冒険者が得る主な戦果で、冒険者ギルドからの依頼報酬とは別枠のいわば副収入だ。


 そして戦争都市の冒険者が共同で依頼に参加したとき、戦果の分配は当然ながら貢献度に応じて行われる。

 しかし、貢献と言っても色々あるので単純に撃破数で決めるわけにもいかないし、そもそも正確な撃破数が分からないことも多い。

 今回、敵右翼は『戦狼』のほか数十人の左方集団で分配、敵左翼のうち壊滅した300は俺の総取りとなり比較的簡単に決められるが、問題は戦闘の経過が少々複雑な中央だ。

 最初から最後まで奮闘した中央集団の百数十人は相応の取り分を主張するし、途中から加勢した右方集団や最後の殲滅戦に参加した左方集団にも取り分を主張する権利がある。

 そして、騎士と次席指揮官ほか魔法兵や弓兵を大きく削った俺にも権利がある。

 というか俺の取り分が結構大きくなりそうなので、俺の主張を聞かないと話し合いが進まないということだった。


「話はわかったが、騎士と次席のほかは何人討ち取ったかなんて覚えてないぞ?途中から回避に集中してろくに狙ってなかったし、どこに当たったかまではなあ……」

「遠目に見てたけど、あれはすごかったね。よく生きてるよ」


 ミラベルが茶々を入れるが、冒険者たちの多くは浮かない顔。

 俺が何か言わないと進まないようだが、本当に何を言えばいいかわからないのだから困りものだ。


「俺の主張はとりあえず置いておこう。論点はどこだ?どの部分で揉めている?」


 何とか話を進めようとやや強引に話題を変えたが、どうやら核心に迫ったらしい。

 この場に居た冒険者の一人――――茶髪の魔法使いがおずおずと声を上げた。


「お客人は最初から戦いに加わっていたから知っていると思うが、敵を正面から受けた俺たち中央の負担はかなり大きかった。実数としても700以上はいたと思うし、魔法兵や弓兵の数も多かった」

「だろうな。こっちには弓兵が20人くらいと魔法兵が7人だけで、残りは歩兵だった。敵右翼はどうだった?」

「こっちは弓兵が30と魔法兵が10。中央というか指揮官直卒の部隊に魔法兵や弓兵が多めに配置されるのは、まあよくある話かな」


 ミラベルが答えると茶髪の魔法使いが頷く。

 どうやら俺に気を使っているようだ。


 こちらとしては言うこと言ってもらった方がありがたいのだが、よく知らない上級冒険者を相手に気を遣うのは理解できる。

 今は余計なことを言わず、黙って相手の話を聞くことにした。


「そこで取り分の話だ。中央の敵部隊700について、7割を主張したい」

「それは中央で戦った全員分として、ということで合ってるか?」

「そうだ」

「わかった。他の主張は?」


 なんだか質問というより仕切りになっている気がするが、まずかったらランベルトかミラベル辺りが口を挟むだろうからこのまま進める。

 集まった面々に発言を求めると、青髪の女魔法使いが遠慮がちに手を挙げた。


「ウチら、右側で戦ってたけど、途中からとはいえ700のうち200は基本的にこっちで持ってたはず。最低でも2割はもらいたい」

「左は?」

「俺たちは追い込みだけだからなあ……とはいえ、相応の貢献はしたはずだ。5分は取ってもいいだろう?」

「残ったのが俺の取り分か。いいんじゃないか?」

 

 茶髪、青髪、ランベルトの主張を差し引くと残りは5分だ。

 俺の取り分が若干少ない気がしたが、戦果――――というか報奨金をそこまで期待していなかったので、これで解決するならそれでいい。


 俺たち『黎明』の目的はクリスをどうにかして戦場から引き剥がすことだ。

 多少の報酬と引き換えに冒険者たちの士気を維持できるなら願ってもない。


 そう思ったのだが、なぜか茶髪の魔法使い以外は渋い顔だ。


(なんだ、一体何が不満だ……?)


 少しイライラしてきた。

 俺の表情から内心を察したようで、ランベルトが話を引き継いだ。


「……いくら何でもお客人の取り分が少な過ぎる。全体を指揮してた騎士と後釜の指揮官を討ち取って、魔法兵と弓兵も相当な数を削った。指揮官の首だけでも2割が相場だし、そもそも挟撃に成功したのはお客人が中央の魔法兵を引き付けたからだろうが」

「ウチらも横から見てたけど、お客人の働きがなければ中央が押し切られた可能性もあった。流石に7割は取り過ぎ」

「だが、俺たちは最も重要な中央を支えた!死者を出したパーティも多い!俺たちが撤退していたら右方も左方も危機に陥ったはずだ!」

「その部分の貢献を否定してるわけじゃねえ。それでも7割は多いって言ってんだ」


 そこから先は感情論混じりの口喧嘩に近い状態なった。

 まあ、全員の言うことに一理あるし、相場を知らない俺からすると何も言えることがないのだが――――ひとつだけ、気になることがあった。


「なあ、ちなみに貢献は戦闘に限るのか?」

「いや、そんなことはねえよ?」

「そうなると、うちのメンバーの貢献はどこで算定されるんだ?」

「お客人のメンバー……?」


 茶髪と青髪は『黎明』のメンバー構成を知らないようで不思議そうな顔。

 一方、ランベルトとミラベルほか『戦狼』のメンバーたちは大事なことを失念していたような気まずい感じの顔をしていた。

 

「お前ら、こっち来るときに氷の橋を渡って来ただろ……。あれを用意したのが、お客人のパーティの魔法使いだ」

「ええっ!あれを自前の魔法で!?」

「てっきり、何か珍しい魔道具でも使ったものかと……」


 青髪と茶髪が驚愕している。

 二人とも魔法使いだから「よくわからないけどすげえ!」という小学生並みの感想しかない俺よりは、魔法の難易度やら精度やらを深く理解できるのだろう。

 

「そもそも、あれがないと渡河攻撃が成立しないからね。相場を考えると全体の2割くらいは取ってもおかしくないんじゃない?」

「氷のお姫様だけじゃなくて、聖女様も後方で治療してくれてるだろう。後方待機の<回復魔法>使いは3人だが、聖女様の魔法はかなりのモンだし、中央は怪我人が多かったから何十人と世話になってるはずだぞ?」

「<回復魔法>使いも……。正規の料金を取るなら中央は赤字になるかも」


 ティアの魔法が目立つがネルの治療も忘れてはならない。

 彼女は『黎明』結成前から辺境都市の領主騎士団を相手に指名依頼で稼いでいたようで、現在も時々騎士団詰所に足を運んでいると聞く。


 わざわざ騎士団が指名依頼で呼ぶような治癒術師だ。

 単価がいくらかは聞いてないが、お安くはないだろう。


「そ、それは……!しかし、それでは……」


 なかなか折れない茶髪を中央以外の冒険者が責めるような雰囲気になった。

 話を聞く限りでは茶髪がいくらか譲るしかないように思えるが、茶髪の魔法使いは中央の百数十人の代表として話し合いに参加している。

 この後はその中での分配交渉もあるから、簡単には引けないのだろう。


(日没まで、あとどれくらいだ……?)


 ティアが浮橋を維持する刻限が日没だ。

 彼女のことだから俺が戻るまでは意地でも耐えるだろうが、ティアを昏倒させるわけにはいかない。

 

 どうやったら日没までに切り上げられるかと思いながら西方の空を見ていると、ふと敵軍の野営地が目に入った。


「なあ、野営地って儲かるか?」

「普通はね。今回は後方支援要員が1千近くいたから、後退するときに価値のあるものはほとんど回収されたと思う。流石に罠を仕掛ける余裕まではなかったと思うけど……」


 ミラベルが言う。

 ならば好都合だ。


「『黎明』は中央の取り分を放棄する」

「おい、お客人……。それは――――」

「代わりに、野営地に残された物に関して独占権をもらおう。橋の通行料だ。治療費はまけておいてやる」


 ランベルトは渋い顔だ。

 こちらはこちらで俺への配慮だけでなく戦争都市の秩序の問題も抱えている。

 茶髪の意見を認めれば良くない前例となり、今後の揉め事を招くかもしれない。

 それを思えばこその表情だろう。


「言っておくが、何が見つかっても再交渉は受け付けないぞ?金貨が詰まった宝箱が山積みになっていても、全て『黎明』の取り分だ」

「…………わかった」

「ウチはお客人がいいなら」

「すまない、感謝する……」


 ランベルトは渋々頷き、茶髪は深く頭を下げた。


「それと、予定通り日没までは基地に戻れよ?何があろうと橋の解体は延期しない。略奪品を抱えて溺れたくなければ、適当なところで妥協しておけ」

「わかった。皆に伝えておこう」

「ウチも」


 茶髪と青髪はもう一度頭を下げてそれぞれ集団のところへ戻って行った。

 それを見送ると、ランベルトが大きく溜息を吐く。

 

「悪いな……。あんたに貧乏くじを引かせるべきじゃない。そんなの当たり前の話なんだが、あそこの事情もよく知ってるから、なかなか……」


 クランの経営事情とか、そういうのだろうか。

 戦争都市の冒険者も色々とあるようだ。


「良いと言ってるのに、気にしすぎじゃないか?」

「儲けは大事だろう。メンバーに冷や飯食わせるわけにはいかない」

「辺境都市最強パーティを舐めるなよ?この前も『鋼の檻』から現金で1億デル以上頂戴したばかりだ」


 この場に残っていた『戦狼』のメンバーが大きく目を見開いた。


「どこかのパーティと争って潰れたって聞いたが、あんたらだったのか……」

「なんだ、知り合いか?」

「戦争都市にも時々顔を出してたよ。あんまり良い連中じゃなかったが」

「だろうな」


 俺は右手の『セラスの鍵』で『ハイネ』を召喚して見せる。

 

「こいつらも『鋼の檻』の総長様からの贈り物でな。魔法銃の方は名前がわからんから『ハイネ』と付けた」

「良い趣味してるぜ……」

 

 どうやら総長の名前を知っていたらしい。

 ランベルトの頬が引きつっていた。


「さて、俺は野営地を漁ってくる。お前らも時間まで戻れよ」


 『戦狼』の遠慮も多少は解消できたようなので俺もその場を離れる。

 しかし、すぐに背後から呼び止められた。


「ああ、待て。何人か貸すから、手伝いに使ってくれ」

「それは助かる」

「ミラベル、適当に連れて行け」

「はーい。マリー、手があいてたらこっち手伝って!」


 『戦狼』のメンバーに見送られた俺は、『銀狼』のミラベルとマリーを連れて野営地へと向かった。



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