第344話 前哨戦1




 平原を駆けながら、戦場を俯瞰する。


 迎撃に出た敵部隊はすでに壊走。

 出遅れた連中もやっと動き出したが、先行した冒険者たちの攻撃を受けてすでに崩れ始めている。


(やっぱり、日向ぼっこ部隊の練度は高くないか……)


 D級冒険者は徴兵された兵士より強く、専業の兵士よりは弱いと言われている。

 C級冒険者になると強さの幅が広がるが、専業の兵士より強く、騎士よりは弱いというのが一般論だ。

 現状、先行している者たちの大半がC級冒険者だから、ほとんどの戦場でこちら側が押している。


 しかし、全体を見れば優勢とは言い難い。

 常識外れの渡河による奇襲で迎撃部隊500を削ったが、後方支援要員を除外してもまだ1500の敵兵が残っている。

 敵本隊までは迎撃部隊の初期位置からさらに1000メートルもの距離を往く必要があり、冒険者たちが平原を駆けて敵軍に到達する頃には迎撃準備が整っているだろう。

 まとまった数の弓兵は当然として、精鋭や魔法兵が混じっている可能性も否定できない。


 よって、俺が採るべき行動は敵の目を引き付けるための中央突破――――ではない。


(まず、敵兵を殺しても仕方ないんだよな……)


 『戦狼』の指揮担当曰く、千の亡骸より千の負傷者が軍にとって負担となるそうだ。


 負傷兵を収容し、後送する労力。

 負傷兵を治療するための人員、物資、そして空間。

 敵軍全体に負荷を掛けるためには、こちらにダメージを与える方が有効であるという。


 なにせ、敵兵は最低でも三万だ。

 仮に二千の先遣隊を皆殺しにしたとて、明日か明後日に訪れる破滅を回避することはできない。

 負傷者を量産し、陣地を荒らし、軍隊そのものに大きな負荷をかけて勝機を手繰り寄せる。

 それこそが、この奇襲の目的だ。


(単独行動だから包囲されるのも避けたいが……)


 遥か前方に冒険者の大集団を見た俺は、少し迷って進路を1時方向に変えた。

 前方の連中がどう動くつもりか知らないが、大部隊とかち合ったら背後に回るなり、側面から殴るなりして援護するつもりだ。

 まあ、囮に使わせてもらうとも言う。

 渡河の最中にも思ったが、射程が短い側が突撃するときは、魔法と矢の斉射で面制圧を喰らうときが一番危ないのだ。

 それらが別の方向に向けられる間に距離を詰めることができれば、前衛はかなり楽に戦える。

 

 こうしている間にも、俺と前方にいた冒険者集団の距離は詰まり、ほぼ横に並んだ。

 今の俺は、多分この戦場にいる誰よりも速い。

 前世でこの速度なら、陸上の世界記録は間違いなく俺のものだ。


(『セラスの鍵』で一番変わったのが移動速度とは。わからないもんだ……)

 

 俺の手に『スレイヤ』はない。

 鞘とベルトごと保管庫の中だ。

 つまり、俺は両手足の防具と胸当てだけを装備して、無手で戦場を駆けている。

 <強化魔法>無しでは持ち上げるだけで精一杯の超重量から解放され、自慢の<強化魔法>によって上昇した身体能力をフルに発揮した俺は、さながら戦場の風だ。

 

(あれ、これはもしかすると……)


 良いことを思いついた瞬間、前方に見えていた敵の大部隊――――先遣隊の本隊が展開を始めた。

 その背後には野営地が見えるので、大きく動くことはしないだろう。

 明日にも援軍の到着が予定されていればこそ、俺たちに荒らされるのは避けたいはずだ。


(お、あれは……)


 冒険者集団に合わせて速度を落とし、その出方を窺っていると、冒険者集団のさらに向こう側に『戦狼』が見えた。

 散らばったと思ったのにいつのまに合流したのか。

 どうやら考えることは同じらしい。


 現状、こちらから見て中央に百数十人の冒険者集団、左方に『戦狼』を中心とした数十人の集団、右方に俺一人。

 俺の後方に少し遅れて1パーティがついているが、魔法と矢の斉射がこちらに飛んで来ることはあるまい。

 

 そんなことを考えた罰が当たったのか。

 直後、敵は部隊を3個に割った。


(ああ、そりゃそうか……)


 1500人の部隊が全員同じ方向にしか攻撃できないわけではないのだ。

 歩兵大隊か歩兵連隊か知らないが、数的優勢なら部隊を分けて全ての敵に当たるのが自然で、わざわざ敵に側面を殴る機会をくれてやる理由はない。

 実際に500人で動いていた迎撃部隊を突破してきたのに、そんなことも思いつかない自分の迂闊さに呆れてしまう。


 そうなると、『戦狼』含む左方集団は部隊の3分の1を引き付けるつもりであの位置についていたということか。

 本当に酷い誤解をしていた。


 となると――――


(こちらを向いた部隊は俺一人で対応すると思われた……のか?)


 背後を振り返ると、後ろについていたパーティはすでに進路を変えていた。

 大変賢明なことだと思うが、ここで俺も反転したら中央の冒険者たちに部隊を押し付けたと見られるだろう。

 俺の提案で奇襲を実行している手前、それは流石によろしくない。


(ネルにも暴れてくるって言ったしなあ……)


 騎士500人なら撤退一択だが、兵士500人なら


 考えをまとめる間にも距離は詰まり、中央は開戦。

 図ったように同じタイミングで双方から魔法が放たれ、両者の中央で交錯した。

 人数には3倍程度の差があるものの魔法使いの数はこちらの方が多い。

 近接戦になればわからないが、初撃は優勢に見えた。


 ほどなくして『戦狼』含む左方集団と敵右翼も同様に開戦。

 こちらも開戦するが、俺だけは撃たれるばかりで応射はない。


 とはいえ、降り注ぐ魔法も矢も俺には当たらない。

 集団戦なら誰かには当たるのだろうが、激しく動き回る一人の冒険者にそれを命中させるのは至難の業だ。

 やらないところを見るに、斉射で面制圧できるほどの技量もない様子。

 無手での速度なら見てから避けても間に合うから、技量があったところで早々成功はしないだろうが。


 敵左翼は俺を早々に排除して冒険者の中央集団を包囲したいのだろう。

 やや前のめり気味に部隊を前進させている――――と思えば、敵左翼はさらに部隊を割って、中央寄りに並んでいた200人ほどの兵を中央に差し向けた。


(舐められてんな……。まあ、当然っちゃ当然だが……!)


 これは思い知らせてやらねばなるまい。

 敵左翼本隊まで50メートルを切ったところで、俺はを取り出して無造作に引き金を弾く。


 反動は小さく、音もなんだか頼りない。

 しかし、それでも効果は確実に現れた。


「ぎ、ああああああ!?」

「え、あ、がっ……?」


 部隊の最前列で槍を構えていた兵士の一人が肘から下を引き千切られて絶叫を上げた。

 その背後では、腹を真っ赤に染めた兵士が膝を着く。


 突如出現した武器に敵兵が驚愕する中、俺は笑う。


「さあ、魔法銃『ハイネ』の試し撃ちだ」


 およそ2秒に1度、元々の持ち主の名を冠した魔法銃が<土魔法>で造られた金属の弾丸を吐き出し、敵兵の絶叫が戦場に響く。


 照準など必要ない。

 今も狙った兵の隣に当たった。

 しかし、それでも構わないのだ。

 目の前に隊列を組んだ敵兵が300もいるのだから、引き金を引けば誰かには命中する。


 そして、一般兵の防具は『ハイネ』の弾丸を防ぐだけの防御力を持っていない。

 当たり所によっては貫通して複数の兵士を削るようで、思ったより威力も高い。

 このペースなら300人の兵も数分で全滅判定に持っていけるだろう。


「ほら、次は誰だ!?」


 歩兵の数を減らしつつ、外側から敵左翼本隊の後ろに回り込むようにして指揮官を探す。

 指揮官は見つからなかったが、代わりに弓兵の群れを見た。

 

「う、撃て!」


 十数本の矢が空気を裂き、俺がいた場所を穿って後方へ消える。

 この間、応射で弓兵が二人落ちた。


 どうやら弓兵と魔法兵の数は想定より大幅に少ないようだ。

 長年戦争を続けている軍に、理想通りの配置など望むべくもないということか。


「くそっ!魔法銃だと!?貴様、恥を知らないのか!!」


 どうやら魔法銃は向こうでも禁制品らしい。

 法令遵守の精神は素晴らしいが、命が懸かった戦場で随分と悠長なことだ。


 弓兵が矢をつがえる間に、また二人。

 放った矢を回避して、また二人。

 飛来した魔法を回避して、また二人。


 途中、何人かの歩兵を巻き添えにしながら、わずか数十秒で見える範囲にいる弓兵は全滅した。


「早く囲め!何をしている!」

 

 指揮官と思しき声は歩兵の遥か後方。

 方角に見当をつけて引き金を弾いても、歩兵が倒れるだけで指揮官には届かなかった。

 

 これだけ速度が違えば包囲など無理だとわかるだろうに。

 無茶振りのツケを払うのはいつだって一兵卒だ。


(仕方ない、次は魔法兵だな……)


 歩兵と鬼ごっこを続けながら標的を探す。

 指揮官は中央に向けた部隊にただでさえ少ない弓兵と魔法兵の一部を割り振ったようで、時折襲い来る魔法も弾幕が薄い。

 数人しかいないのであれば、これを先に潰してしまえばかなり楽になる。


(来た……!)


 魔法が放たれるタイミングで位置を特定すると、俺はお返しとばかりに『ハイネ』の引き金を弾いた。


 しかし――――


「おっ!?」


 弾丸は魔法使いを穿つことなく、宙空で砕け散る。

 もう一度撃っても同様だった。


(迎撃か。流石に魔法を貫通して……は無理か)


 よく撃ち落とせるものだと感心する。

 前世の銃より弾速が遅いから位置とタイミングがわかっていればやれないことはないのだろうが、思ったよりも対応が早い。

 しかし、魔法兵の一部は迎撃に専念するようで、こちらに向けられる魔法の弾幕はさらに薄くなった。

 回避は楽になったが、これでは千日手だ。


「耐えろ!奴は自身の魔力で魔法銃を使っている!じきに魔力が尽きる!」


 敵指揮官と思しき声が無責任なことを喚き、兵を鼓舞している。

 声の方に引き金を弾くと、やはり二人の歩兵が膝を着いた。


(待ちに入ってくれるなら、こちらとしてはありがたいんだが……)


 敵指揮官の言葉どおり、魔法銃『ハイネ』は俺の魔力を消費して<土魔法>の弾丸を撃ち出している。

 俺の魔力が尽きれば使えなくなるというのはそのとおりで、しかし魔法銃だけで俺の魔力を枯渇させることは不可能だ。

 おそらく<リジェネレーション>の回復量に魔法銃の消費が負けている。

 何なら<強化魔法>の消費を含めてもそうだ。

 訓練のために<結界魔法>を連発して、ようやく消費が勝つという程度。

 そして、減った後はモリモリ回復してすぐに決まった量に戻り、それ以上は1ミリも増えない。

 俺の体内にある見えない魔力袋には、多分下から3割のところに穴が空いているのだ。


 なお、穴から流れ出た魔力は、全て我が家の妖精の小さなお口に流れ込んでいる。

 俺の右手に紋章を刻んでからというもの、フロルが自重する様子は全くない。


(うーん、やっぱり食べ過ぎか……?)

 

 何発目とも知れない弾丸を撃ち出しながら、フロルの健康を憂う。

 やはり一度はフロルをラウラのところに連れて行って、しっかり診てもらった方がいいのだろうか。


 そんなことを考える間も俺の手足は動き続ける。

 敵兵がバタバタと倒れていくが、死者はそこまで多くないように見えるので罪悪感は小さい。


 『スレイヤ』を振れば屍山血河。

 <フォーシング>を発動すれば心神喪失。

 それと比べれば、体に小さな穴が開くくらい安いものだろう。

 殺さずに無力化できるという点でも『ハイネ』は有用なサブウェポンになりそうだ。


(うん……?)


 気づけば、死んだふりをして地面に這いつくばる敵兵も増えてきた。

 恐怖の感情を拾い上げる<フォーシング>の副次効果――――少し前までは<フォーシング>が命中した相手に限られていたはずのそれは、そうでなくとも恐怖の感情を何となく拾えるようになっている。

 封印の影響を受けていないようで助かるが、相変わらずふざけた成長速度で嫌気がさす。


「日没まで死んだふりを続けるなら、命は奪わない!」


 試しに降伏勧告してみると、バタバタと歩兵が倒れ始めた。

 歩兵の層が一気に薄くなり、ついに俺の目は指揮官の姿を捉える。


「な、何をしている!処刑されたいの――――」


 指揮官の言葉は続かない。

 腰が引けた歩兵の間をすり抜けた俺は、すでに『スレイヤ』は振り抜いたあとだ。

 

「さて……」


 中身をまき散らして絶命した指揮官を横目に、血染めの『スレイヤ』を担いだ俺は敵兵に問う。


「まだ立ってる奴は、戦死がお望みということでいいんだな?」


 300人ほどの敵兵左翼本隊。

 いまだ立っている者は、魔法兵を含めて40人に満たない。


 残る全員が、最後通牒によって突然死を遂げた。

 


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