第342話 リーダー会議




 荷馬車に揺られること数時間。

 前線基地に到着したのは昼をいくらか過ぎた頃だった。


 一時は敵方に占領され、奪還時に基地内部で激しい戦いが繰り広げられたことは多くの者が知っている。

 敵方が撤退するときに派手に内部を破壊していったため、敵兵を基地から叩き出して隠れ潜む敵兵やを処理したとて、すぐに元通り使えるわけではないことも理解できる。


 基地内で寝泊まりに使える部屋が限られるのも、当然のことだ。


 つまり――――


「悪いが場所がない。お前らは外だ」

「…………」


 俺たちE級冒険者は、領主軍兵士の指示により前線基地の東側で野営をすることとなった。

 元々戦力として期待されていないからだろうが、扱いが目に見えてぞんざいだ。


「荷馬車で半日も揺られて、やっと到着したと思えば……」

「基地の中は雑魚寝だろうし部屋も鍵が掛かるわけじゃない。空間を広く使える野営の方が気楽だと思うぞ」

「場所を確保しましょう。他のパーティと揉めないように、少し離れたところがいいです」

「そうね。そうしましょ」


 珍しく切り替えが早いのはやる気の表れだろうか。

 ネルは俺に促されるまでもなくティアと並んで先を行く。


「さっさと来なさい。準備が進まないでしょうが」

「ああ、今行く」


 俺は小走りで二人の後を追った。




「この辺りでいいか」


 ティアの魔法によって破壊され門の体を成していない前線基地東門。

 そこから100メートルほど離れ、街道からも林からも少し距離がある何もない場所を、俺たちは野営地と定めた。


 魔法で掘り返され兵士と冒険者に踏み固められた荒地の一角。

 俺は『セラスの鍵』を使用して屋敷の保管庫から野営用品一式を取り寄せた。


 ティアもネルも何度か遠征を経験したことで野営の支度が板についたようで、いちいち指示を出さなくても各自作業に取り掛かる。


「杭は……ここだな」


 目算で10メートル四方くらいの正方形をイメージし、その四隅と四辺の中間に鉄製の杭を打ち込んでいく。

 この杭は、俺たちが野営地として占有する範囲を明確にするための目印だ。


 花見会場の場所取りでもあるまいし、このようなひらけた場所で必要な措置だろうかという疑念は尤も。

 しかし、冒険者というのは面子を大事にする生き物なので、しょうもないことで争いになり、互いに引けなくなって大惨事に発展するということがままあるのだ。

 ひと手間かけるだけで揉め事を防げるなら、そのひと手間を惜しむべきではないというのが俺の考えだ。


 これを無視して中に踏み込む馬鹿相手なら遠慮は無用。

 そういう免罪符的な役割もあったりする。


「終わったら、そっち持って」

「あいよっと」


 ティアが火を使うスペースを整える間、ネルと俺でテントを設営する。

 それが済んだら基地からの視線をテントで遮断できる位置に2メートル四方を囲むように幕を張った。

 言うまでもなく入浴のためのスペースだ。

 今は中に何もない状態だがお湯の入った浴槽をフロルに注文しているので、それをこちらに取り寄せるだけで即席の浴場が完成する。

 ついこの間までは「野営を舐めるな!」なんて言っていた俺だが、風呂に入れるなら入らない理由がない。

 

(俺も毒されてきたなあ……)


 ティアとネルが嬉しそうだし、別に構わないか。

 湯上りの少女たちは目の保養にもなるし、誰も損はしていない。


 設営を済ませた後は、夜には焚火になるであろうレンガのサークルと火が入っていない木片たちを囲んで一休み。

 他のE級冒険者たちの様子を窺うと、野営に不慣れなパーティが多いらしくまだまだ時間が掛かりそうな雰囲気だ。

 もっとも、それらの設営が完了したところで、俺たちほど立派な野営地になる場所はなさそうだが。


「基地の様子を見てくる。一応はしておいてくれ」

「わかりました」

「いってらっしゃい」


 二人に見送られ、俺は基地に向かって歩き出した。






「あ、ようやく見つけた!一体どこ行ってやがった!?」


 基地内で冒険者が屯している区域をうろついていると、ランベルトが駆け寄ってきた。


「どこへも何も、のんびり荷馬車に揺られて基地に到着したのがついさっきだ。野営の準備が終わって様子を見に来たところだぞ」

「ギルドの奴ら、当てつけかよ……。あんたが見つからないから、冒険者代表は俺がやることになったぞ?」


 銀色の髪をガシガシと掻きながら弁解するランベルトに、俺は肩を竦めた。


「いいんじゃないか?余所者がやるより余程上手く回せるだろ」

「あんたがそう言うなら、まあ……」


 強い奴が偉いというのは多くの冒険者にとって共通の認識だ。

 ランベルトは少々申し訳なさそうにしているが、冒険者たちの顔と名前が一致しない俺に数百人をまとめられるとも思えない。

 代わってもらえるなら、俺としてもありがたい話だった。


「依頼者から伝えられた情報の共有と、冒険者に求められる立ち回りの確認を兼ねて打ち合わせをやりたい。あんたを待ってたんだ、すぐ始められるか?」

「ああ、そうだったのか。それは悪かった、俺はいつでも大丈夫だ」

「わかった。場所は東門近くの大広間だ」


 そう言うや否や、ランベルトは会議の招集を呼び掛けながら走っていった。


 冒険者代表殿にこれ以上の苦労をかけるわけにはいかないので、大人しく指定の場所で手頃な瓦礫に腰掛けた。

 待っていると、少しずつ冒険者が集まって来る。

 数は20、30と増えても全く止まる気配がない。


(おいおい、すごい人数だな……)


 各パーティのリーダーだけを集めるようだが、今回参加した600人が全て4人パーティだとしても150人。

 とんでもない大所帯だ。

 俺はこれほどの人数が参加する依頼を経験したことがないので、代表を押し付けられずに済んだことに人知れず安堵した。


 そのまましばらく増え続ける冒険者たちを観察していると、ランベルトが大広間にやって来た。

 主要な顔ぶれは集まったようで、ランベルトが転がっていた木箱を演台代わりにして注目を集める。


「それじゃ、会議を始めるぞ!知った顔が多いが、今回の依頼で冒険者側の代表を務める『銀狼』のランベルトだ。よろしく頼む!」


 ランベルトが会議の開催を宣言すると囃し立てるように口笛が飛び交う。

 反発する冒険者がいないところを見ると、やはりランベルトは戦争都市の冒険者の中でもそれなりの立ち位置にいるようだ。

 本人もその反応を当然のものとして受け止めている。


「この人数だから自己紹介は省略する。まずは――――」


 ランベルトは手慣れた様子で、戦況や立ち回りに関して情報共有を始めた。


 まず、戦況に関しては冒険者ギルドが把握していたとおり、明日にも敵の大軍が到着する見込みだという。

 ただ、全てが前情報通りというわけではなく、すでに敵の一部が到着しているようだ。

 正確には、先日前線基地から叩き出してやった敵軍の生き残りも相当数含まれているだろうが。


「数は?」

「確認できている範囲で3千程度。うち1千程度は後方支援要員だそうだ」

「実際に相手するのは2千か。ちなみにこっちの領主軍は?」

「1千と少しだ。喜べ、全員戦闘要員だぞ」


 ランベルトの冗談に、方々から笑いが漏れる。

 圧倒的劣勢は周知の事実だから、これで委縮するような奴はこの依頼を受けたりしないだろう。

 それに冒険者を含めれば1600対2000で十分挽回できる範囲だ。

 先遣隊相手に数的劣勢という状況がどうしようもないと言えばそのとおりだが、それを指摘する野暮な奴はいなかった。


 ランベルトはそのまま冒険者たちの矢継ぎ早の質問に次々と応え、状況を明らかにしていく。

 大方の情報が出そろったところで、議題は冒険者たちの立ち回りに移った。


「俺たちへの指示はない。自由に遊撃に参加して構わないそうだ」

「自由って……」


 これには、流石に困惑が広がった。


 これから始まるのは軍と軍がぶつかり合う戦争だ。 

 自由参加と言われても、どうしたものかわからないだろう。


「西側の防壁はだし、基本的には基地内部に引き込んでの屋内防衛戦闘になる。軍に組み込んだって連携は難しいだろうから、パーティレベルで連携させた方が上手く動けるという判断だろう」


 数万の軍勢とて一度に基地に侵入できる人数には限度があるので、基地の内部構造を利用したゲリラ戦というのは現状を踏まえるとベターな選択肢だ。

 厳しいことには変わりないが、数的劣勢下で正面から戦争をするよりはずっと有利に戦えるだろう。


 基本自由ということもあって、冒険者の動きについて質問する者は多くなかった。

 これ以上は質問が出ないようだとなったところでランベルトが笑顔になる。


「もういいか?それじゃ、最後に遠路遥々辺境都市からやって来たお客人を紹介するぜ!」


 楽しげな声とともに、ランベルトの視線がこちらに向けられた。

 背後を振り返るが、そこには崩れかけた壁しかない。

 やはり俺のことを言っているだろう。


 俺は諦めて呆れ顔のランベルトに歩み寄り、木箱から降りた銀髪の槍使いの代わりにその場に立つ。


「劣勢の前線基地を支えるために参加してくれた、辺境都市最強の上級冒険者様だ。それではお客人、自己紹介を頼む」

「…………」


 酷い前振りもあったものだ。

 木箱の上から冒険者の反応を見てみると、7割が懐疑的、わずかに驚愕、残りは昨日のロビーに居て事情を知っている奴らだろう。

 ちなみにぽかんと口を開けて馬鹿面を晒しているのは、俺と一緒に荷馬車に積まれたE級冒険者の少年たちだ。


 まあ、いい。

 こんなこともあろうかと、度肝を抜くような自己紹介はちゃんと考えてある。


「B級冒険者パーティ『黎明』のリーダーを務めるアレンだ、よろしく頼む。のんびりしてると日が暮れるから、俺からはひとつだけ」


 俺は十分に間を取って視線を集め、冒険者たちに笑いかけた。


「今から敵軍を奇襲する。来たい奴だけついてこい」



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