第341話 E級冒険者
前線基地の防衛依頼への参加を呼びかけ、武装した者たちが都市内を走り回っていた。
彼らは騎士やギルド職員ではなく戦争都市を本拠地とする冒険者たちだ。
「故郷のために、俺たちもできることをしようぜ!」
「報酬がすごいんだって!毎日金貨300枚山分けだってよ!」
「なんでも辺境都市最強のパーティも参加してるらしいよ。前回の依頼でもすごかったんだって!」
そんな声があちらこちらで聞こえ、情報は各所へ伝わる。
受託にランク制限がないこともあって参加者名簿に記載される名前は増え続けた。
名簿は二枚目、三枚目と更新され、そして――――
◇ ◇ ◇
翌日早朝、戦争都市冒険者ギルドのロビー。
動員の結果を聞いた俺は、耳を疑った。
「600人……?冗談だろ?」
「そう思うなら名簿を見て来いよ。戦争都市の冒険者は、辺境の奴らとは度胸が違うんだぜ」
そう言って胸を張るのは、昨夜俺を挑発するときに先頭に立った銀髪の冒険者。
C級冒険者パーティ『銀狼』のリーダーを務める槍使い、ランベルトだ。
「ああ、辺境都市には絶対無理だな」
「……殊勝なのは結構だが、意外だな」
「なにせ辺境だからな。全員かき集めたって600人もいないはずだ」
「…………」
毒気を抜かれて黙るランベルトを放置して、俺は冒険者たちを見て回った。
狭くはない冒険者ギルドのロビーに入りきらず、大通りにはみ出して通行を妨げている冒険者たち。
彼らがなぜここに集まっているかは周囲に伝わっているので、驚く者は多くとも文句を言う者はいなかった。
(相変わらずB級はいないが、C級は多いな……。流石は戦争都市ってとこか)
ランベルト曰く、戦争都市の冒険者には戦争を生業にする者も多いらしい。
中には魔獣の討伐数が規定に満たないために実力があってもC級に昇格できない者もいるというので、実態は冒険者というより傭兵に近いのだろう。
前回の依頼で人数が少なかったのは、メンバーの一部がD級であるせいで参加資格がなかったパーティが多かったからだという話も聞いた。
なんにせよ、このような状況では心強い限りだ。
「そろそろ出発しますよ!名前を呼んだパーティから馬車に乗ってください!」
受付嬢が声を張り上げ、冒険者たちを馬車に誘導する。
数が足りないのか、それとも道中の安全が確認されているからか。
装甲馬車よりも普通の乗合馬車が多く、何なら荷馬車まである。
ちなみに俺たちが誘導されたのは荷馬車だった。
魔導馬車ですらない二頭立ての荷馬車。
ランクが高いパーティから順に装甲馬車、乗合馬車、荷馬車と割り当てられるようなので、新人E級冒険者ではこの待遇も飲み込むほかないのだが。
受付嬢たちの仄かな悪意を感じる。
「邪魔するぞ」
とはいえ、文句を言っても仕方がない。
荷馬車に積まれたE級冒険者たちに声を掛け、荷台の後方から俺とネルでティアを挟むように乗り込んだ。
腰を下ろすと、値踏みするような視線が集中する。
「見ない顔だな」
「え?ああ……実は昨日登録したばかりだ」
「成りたてか。気持ちはわかるけど、あんまりオドオドしてると舐められるぞ」
彼らを代表して俺に忠告をくれたのは、12歳くらいの少年だった。
ちなみにそいつのパーティメンバーも、何なら荷馬車に積まれた20人ほどのE級冒険者たち全員が俺より年下だ。
年齢のせいで経験の浅いひよっ子だと舐められ続けて早4年半、まさかこんなところで最年長を経験するとは思わなかった。
もっとも、舐められているのは相変わらずのようだが。
(いや、舐めてるというよりは強がってるのか……)
E級冒険者とは、いわば冒険者のチュートリアルだ。
彼らが危険な依頼に挑むのを防ぎ、冒険者のイロハを一通り経験させるため、E級というランクは存在している。
普通に依頼をこなしていれば2か月くらいでD級に上がるので、E級には成りたて以外の冒険者は存在しない。
わざわざ相手に成りたてかどうかなど、本来は聞くまでもないのだ。
「スタンリー、失礼だよ!」
「うるさいな。ペラは黙ってろよ」
パーティメンバーの少女が注意するも、少年がそれに従う様子はない。
なんだか微笑ましく思われて、ついつい頬が緩む。
それを見た少年がむっとして口を開こうとした、そのとき――――
「スタンリーじゃない。参加するの?」
少年の右後方から女の声がして、そちらに視線を吸われる。
たしかランベルトのパーティメンバーの女剣士、名前はマリーとか言ったか。
スタンリー少年もマリーのことを知っているようで、表情が明るくなる。
「マリーさん!俺も戦争都市の冒険者ですから、日頃の訓練の成果を見せてやりますよ!」
「うーん……、危なくなったら撤退するんだよ?生き残った奴だけが、強い冒険者になれるんだからね」
頭ごなしに抑えつけることはしない、上手いアドバイスだ。
今後、後輩冒険者を指導することがあれば参考にしよう。
そんなことを思っていると、マリーがこちらに気づいて噴き出した。
「ぶふっ!そうか、あんたらE級冒険者だったね!」
「…………」
荷馬車に積まれた俺たちを見て楽しげに笑い、立派な装甲馬車の方へ去って行く。
後には仏頂面の俺と、微笑を浮かべるティアとネル、そして不思議そうにこちらを見る少年少女たちが残された。
◇ ◇ ◇
装甲馬車や魔導馬車などの魔石を動力とする乗り物に置いて行かれた俺たちは、馬が引く荷馬車でのんびりと草原を進む。
「う……」
ここまで乗り心地が考慮されていない乗り物は久しぶりで思わず顔を顰める。
以前はこれくらい平気で乗っていたはずだが、気づかぬうちに贅沢が染みついてしまったか。
少年たちの手前控えていたが、ネルとティアに倣って荷物袋からクッションを取り出し、無言で尻に敷いた。
「年上のくせに、貧弱だな」
「…………」
イラッとしたが目を閉じて聞き流す。
少しして、ティアの向こう側から忍び笑いが聞こえた。
半眼で睨むと、そこには聖女の皮を被った悪魔がすまし顔で鎮座している。
「そんな顔をしないでください。お昼過ぎには着くそうですから」
「そうですよ。みんな我慢しているんですから、そんな不満そうな顔をしないでください、リーダー」
「もう、ネルったら……。そういう意味じゃありません」
ネルを諫めつつ、ティアはこちらに寄り掛かった。
微笑を浮かべたまま、指は慰めるように俺の身体をなぞる。
好きにさせていると、ペラを含むわずか3人の少女たちが興味津々でこちらを凝視していることに気が付いた。
一方、スタンリーを含む少年たちはこちらから視線を逸らしている。
この辺、微妙な温度差がある難しい年頃のようだ。
「わっ……!?」
肩を抱いて見せると、ティアの正面にいるペラが興奮して声を上げた。
ティアも興が乗ったようだ。
頭を傾けて肩に寄せ、うっとりと目を閉じて見せる。
少女たちは益々食い入るように見つめ、次第に顔を赤くした少年たちの視線も集め始める。
更なるサービスが必要かと考えていると、聖女様からお言葉を賜った。
「リーダー?」
「どうした?」
「…………」
すっとぼけた反応に微笑を貼りつけたままのネルが黙る。
聖女の皮を被ったままでは物理攻撃は使えまい。
わざとらしい溜息が聞こえ、俺とティアはくすりと笑った。
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