第336話 読み違い
翌日、戦争都市の冒険者ギルドへ顔を出した俺たちは、概ね好意的に迎えられた。
ティアの魔法はその場にいた全ての冒険者に衝撃を与えた。
ネルの献身的な治療で救われた者も多いだろう。
一部の好意的でない視線は、やはり多くが俺に向けられたものだった。
昨夜ネルにからかわれた後なので特に思うこともないが、居心地は良くない。
「依頼完了、おめでとうございます。依頼主から特別報酬も出ていますので、合わせて大銀貨18枚になります」
受け取った報酬は一人当たり大銀貨6枚。
俺たち以外のC級冒険者たちは少し下がって大銀貨4枚。
相変わらず命の値段が安すぎるが、冒険者の一日の稼ぎとしてはこれでも破格だ。
これらは事前に提示された報酬の倍額だった。
特別報酬についての説明は特にない。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべる受付嬢は何も知らされていないようで、どうしたものかと溜息が出る。
(今回の件、苦情を入れるつもりだったんだがなあ……)
志願して危険に身を晒した冒険者たちに対して、騎士の取った作戦は不誠実である。
そのように伝え、ギルド側に何らかの対応を求めるつもりだった。
背後を振り返り、冒険者ギルドのロビーを眺める。
作戦は成功し、幸運にも冒険者たちに死者はなく、報酬にボーナスが付いた冒険者たちの笑顔があふれていた。
俺が真実を明らかにすれば彼らの何割かが怒りに震え、戦争都市と冒険者ギルドの間に幾ばくかの軋轢が生じるのだろう。
「はあ……」
逡巡の末、俺は喉元まで上がってきていた泥を呑み下した。
今後も戦争都市がこのようなやり方を続けるなら、それはいつか露見することだろう。
しかし、それは戦争都市と戦争都市冒険者ギルドの問題だ。
外様の俺たちが一時の怒りに任せてかき回すべきではない。
「行くぞ」
ティアとネルに声を掛け、歩き出す。
俺たちがやるべきは騎士団を糾弾することではなく、役目を終えて解放されたであろうクリスを迎え、慰安旅行を再開することだ。
とはいえ、もちろん予定通りにのんびりするつもりはない。
スケジュールを短縮して、必要なことだけ済ませたらさっさと戦争都市からおさらばするのが吉だ。
(領主の城に行っても門前払いだろう。取り次いでくれそうなのは騎士団の詰所か……?)
クリスが自ら戻ってきてくれるなら、それが一番早いのだが。
そんなことを考えながら足元に視線を落としていると、隣を歩くネルが声を漏らした。
「あ……」
釣られて顔を上げると、そこには尋ね人の姿があった。
銀髪の優男はいつもと同じ穏やかな表情を浮かべている。
それでも普段と印象が違って見えるのは、服のセンスが貴族寄りになっているからか。
背後には騎士を引き連れていた。
それはまるで2日前の夕方、クリスの兄がここに現れたときと同じように。
「第一軍団司令官に任命された」
挨拶も、軽口も、ネルへの労いすらない。
クリスは淡々と事実を通告し、そしてへらっと表情を崩した。
「そういうわけで、前線基地に詰めることになっちゃったよ」
「いや……。なっちゃったって、お前……」
クリスは肩を竦めた。
昨日までは前線基地攻撃隊とかいう小規模な即席部隊の指揮官に過ぎなかったというのに。
一夜でずいぶんと出世してしまった相棒に掛けるべき言葉が見つからず、代わりに溜息を漏らした。
(ダメか……。どっかで読み違えたな……)
ここに至るまで、俺はクリスを連れ戻すことが難しいとは思っていなかった。
元第一軍団司令官であるクリスの長兄――――伯爵家嫡男のクルトの存在から、それを確信していたのだ。
それは決して、無根拠の楽観論ではなかった。
前提として、戦争都市はその名のとおり戦争をしている都市であるため、戦争に弱い者が領主になることはできない。
そして嫡男であるクルトは前線基地で敗北し、武名を落としたという状況だ。
ただ、これだけなら別に大した問題ではない。
長兄のクルトが父である伯爵から爵位を引き継ぐまで、汚名を雪ぐ機会などいくらでもある。
しかし、ここでフラッと里帰りした三男坊が登場すると話が変わってくる。
長兄の気まぐれか何か知らないが、クリスは命令に従ってわずかな手勢で前線基地を強襲し、奪還にまで成功してしまった。
戦争都市の市民たちは思うだろう。
三男のクリスは戦争に強い。
クリスが次期領主なら戦争都市は安泰だ、と。
もちろん話はそう単純ではない。
戦争都市で領主になるためには戦争に強くなくてはならないが、一方で戦争に強いだけでなれるほど領主という立場は甘くない。
政治、読み、駆け引き、暗闘――――領主をやるにあたって必要になるであろう知識や技術は数知れず。
それらを習得するには膨大な年月が掛かる故に、そのための教育を受けて来た者以外を後継者にする選択肢は実質的に存在しない。
その点、日頃の言動を見るにクリスがその辺りの教育を済ませているとは思えなかった。
戦争都市の安定を考えるなら、後継者として必要な教育を受けていないクリスがこれ以上の戦果を積み上げ、市民の人気を得ることは望ましくないはずなのだ。
幸いクリスは貴族という立場に執着する気質でなく、役目から解放されれば追い出すまでもなく勝手に戦争都市から出て行くだろう。
いくらか持ち直した状況で、再編した戦力を率いた嫡男が敗戦の汚名を雪げば万事解決だ。
それがクリスにとっても戦争都市にとっても最善――――そのはずだったのだ。
「アレンの目的を果たしたら、申し訳ないけれど先に辺境都市に帰っていてほしい。事態が落ち着いたら僕も戻るから。なに、そう長くは掛からないはずさ」
ネルは不機嫌な様子を隠そうともせず、しかしクリスに対して文句を言うこともしなかった。
これではネルが報われない。
だが、頷く以外の選択肢は存在しなかった。
「……わかった」
「ありがとう、アレン。ネルちゃんをよろしくね」
クリスはネルと見つめ合い、しかし、やはり何も言わずに踵を返した。
「また依頼を出す。次もよろしく頼むよ」
去り際、クリスは冒険者たちに声を掛けて行った。
最前線で獅子奮迅の活躍を見せたクリスは冒険者たちからの評価も非常に高く、ロビーの方々から好意的な反応があった。
この様子なら、前回と違って参加者の数を心配する必要はないだろう。
しかし、どうしてだろうか。
胸の中に小さな棘が刺さったような違和感が、いつまでも残っていた。
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