第332話 前線基地攻撃隊




「やってくれたね、アレン」


 『黎明』は数時間振りに全員集合し、ギルドの応接室で顔を合わせた。


 しかし、前線基地攻撃隊指揮官様の顔色は明るくない。

 その表情が状況の厳しさを物語っている。


「こんな大事なことを黙ってたお返しだ」

「それでいいと言われていた気がするんだけど……」

「さて、どうだったかな」


 クリスは項垂れるが、ふと顔を上げて半眼で睨む。


の方は覚えてるんだろうね?」

「まだ、そのときじゃないだろう?」


 死地にあれば、互いを見捨ててもティアとネルは死なせない。

 男同士の身勝手な契約のことだ。


 俺とクリスが真剣に視線を交わす横で、ティアとネルが訝しげに顔を見合わせる。


「貴方のおかげで、最低限の人数は確保できました。改めて感謝を」


 会話が途切れたところを見計らい、ライアンと名乗る騎士が頭を下げた。

 ライアンは今回の作戦でクリスの補佐を務めることになったのだが、参加者が集まらず頭を痛めていたという。


「まったく……。ほとんど準備の時間はなかったろうに、よくもあんな茶番を……」

「配役はほとんど身内だからな。そこまで難しくはなかったさ」


 舐められた冒険者たちが憤るのは自明のこと。

 ネルを辱められたクリスがキレるのは当然のこと。

 俺を糾弾したフードの女は――――今はフードを脱いで、俺の肩に寄り掛かっている。


「とても恥ずかしかったんですよ?」

「恥ずかしがることはない。良い演技だった」


 フードを被ってサクラをやったティアは、茶番終了後もフードを被ったままロビーを右往左往し、募集閉め切り時間の少し前に名簿に署名する――――という指示どおりの動きをしてくれた。

 締め切り直前で署名した数名は、ティアのおかげで釣れたのだと思う。

 実は先ほどまでギルドの会議室で参加者向けのブリーフィングをしていたのだが、ティアがフードを脱いだとき正体に気づいた奴も何人かいたようだった。


 もっとも、その時点で気づいても後の祭りだ。

 大貴族の依頼を途中で放り出すくらいなら、素直に戦場で仕事をした方が危険は小さい。


「まあ、死地に向かって背中を蹴り飛ばそうというわけじゃない。良い勉強になっただろ」

「ひどい男だよ、アレンは」


 微笑みを浮かべたクリスが小さく溜息を吐いた。


「それで、結局どれくらい集まったんだ?」

「はい。最終的には――――」


 ライアンに集まり具合を尋ねたところ、参加するC級冒険者は90名ほどになったという。

 これ以外に騎士20人、兵士500人いるので、俺たちを含めて計600人余りが作戦の参加者となる。


 ただ、冒険者は全員C級以上で一定の質が確保できている一方、兵士の多くは徴兵された市民であり、練度はそこまで期待できない。

 だから騎士や受付嬢が必死になって声をあげていたわけだ。


 まあ、それはいい。

 気になったのは別の部分だ。


「しかし、上級冒険者の参加は無しか。戦争都市の奴らは一体どこに行ったんだ?」


 ギルドとの調整役としてこの場に残っていた受付嬢に話を振る。

 別に責めたわけでも皮肉を言ったわけでもなかったのだが、受付嬢は気まずそうな表情で慎重に言葉を選ぶ素振りを見せ、しまいには観念して溜息を吐いた。


「逃げられてしまいました……」

「は……?逃げたって、戦争都市の上級全員が?」


 受付嬢は苦虫を噛み潰したような顔で頷く。

 

「情勢を読むことに長けたパーティがありまして……。他のパーティからの信頼度も厚いものですから、そこがと判断したら後はお察しです。危険な依頼を強要されては堪らないと、都市内に留まる事すら拒否されました……」

「それはなんというか、思い切りのいい話だな……」


 冒険者ギルドには、戦争に関して緊急依頼を発出できないという規則がある。

 だから、俺たちのような外様なら面倒事は御免だと吐き捨てて撤収しても責められない。

 魔獣や妖魔の討伐と違い、人間相手の戦争は気が進まないという気持ちも理解できる。


 しかし、それにしたって本拠地のギルドに対してここまでの態度を取るとは。

 おそらくクリスのカンのように何らかの裏付けがあるのだろうが。


(となると、あんな茶番でC級冒険者たちが釣れたのは僥倖だったな……)


 冒険者たちの意地や誇りに訴えかけることで参加を促したが、上級冒険者が一人残らず逃げていたという事情があったなら、C級が逃げる言い訳としては十分だ。

 今更ながら背中に嫌な汗をかいてしまった。


「…………」


 しばらく雑談を続けていたが、次第に会話もまばらになる。


 それぞれのやり方で集中力を高め、出陣のときを待った。


 そして――――

 

「準備ができました」


 ライアンの声を受け、顔を上げる。

 普段なら俺が何か声を掛ける場面だが、今日に限ってはその役をやるべき人間がほかにいる。


「行こう。役目を果たして、無事に帰って来よう」


 指揮官の号令の下、俺たちは立ち上がった。






 クリスを先頭に、ギルドの正面に着けられた大きめの魔導馬車に乗り込んだ。

 内側は少々窮屈な乗合馬車という印象だが外側は厚めの鉄板で覆われており、さながら兵員輸送用の装甲車といったところ。

 俺たちが乗り込むと馬車はゆっくりと動き出し、すでに冒険者たちを詰め込んでいた同型の馬車が後ろに続く。


 特に声掛けも誘導もないのに人々が自然と馬車に道を譲るのは、このような光景が常態化しているからか。

 ある人は不安げに、ある人は祈るように俺たちの馬車を眺めていた。

 

「出陣前の演説はないのか、指揮官殿?」

「すでに前線基地が敵の手に落ちています。間者がいないとも限りませんので」

「それもそうか」


 クリスの代わりにライアンが答えた。

 

 強襲とはいえ夜間攻撃だ。

 奇襲性が高いに越したことはない。


「反攻の主軍は明朝に都市を出立します。ですが、速度を優先しているため、実のところ十分な戦力ではありません。我々が可能な限り敵戦力を削っておく必要があります」


 俺たちの緊張を和らげるためか、それとも軽口を叩いた俺に逼迫した状況を理解させるためか。

 速度を落とした魔導馬車が夜道を往く中、ライアンが現在の戦争都市を取り巻く状況について再度説明を始めた。

 もっとも、都市から見て目と鼻の先にある自軍前線基地を失陥しておきながら即応戦力を送り出せないという現状、戦争都市の劣勢度合いなど十分に察している。


「前線基地にいる敵の数は多くないんだろ?」

「そう予想されています。油断は禁物ですが」


 敵兵が少数なら領主軍でさっさと蹴散らせばいいのでは――――と思ってしまうが、残念なことに話はそう単純ではない。


 そもそも戦争都市は、前線基地を突破されることを想定していなかったのだ。


 前線基地の防衛を続ければ敵方の攻撃によって設備や兵員に損害が出る。

 しかし、それを戦争都市から補充し続ければ、前線基地は半永久的に耐えることができる。


 机上論のように思えるが、それを信じられる程度に前線基地は堅牢だったそうだ。

 敵軍を受け止める西側には幅200メートルほどの川。

 南北は切り立った崖。

 そして大軍が通行できるような迂回路は近辺に存在しない。

 正面だけを守れば良いという前線基地として正に理想的な地形で、戦争が始まってから長きにわたり一度も失陥したことはなかった。

 

 では、どうしてこのような状況に陥ったのか。


 それは単純に、敵軍が戦争都市のリソースを削り切ったからだ。

 つまり、戦争都市の想定を上回る圧倒的な兵力と火力で正面からぶん殴り、一時的とはいえ戦争都市の予備兵力と物資を枯渇させることで、前線基地を維持する能力を喪失させたのだ。

 

 戦争都市はすぐに吐き出せるリソースは全て吐き出してしまったので、即時に送り出せる戦力がない。

 一方、敵軍は堅牢な前線基地を攻略するために兵力や装備の大半を喪ったので青息吐息。

 普通はそうなる前に攻撃側が撤退するはずだが、本当にどうしてこうなってしまったのか。


 なんにせよ、チキンレースの末、事実上のダブルノックダウン。

 だからこそ、俺たちがわずか600かそこらの人数で前線基地を強襲するという作戦が成立するわけだ。

 

「もっとも、敵方も少数では前線基地をいつまでも維持できないと理解しています。遠からず、増援が到着するはずです」

「だろうな」


 西から攻めるのは難しい前線基地だが、東から攻める分には川も崖もない。

 奪われたときに取り返しやすいという点でも優秀な基地だ。


 だからこそ増援は必ず来ると予想されているし、そのときに前線基地がどちらの手にあるかで戦況は大きく変わる。

 下手を打てば、誰にも邪魔されずに悠々と渡河した敵軍が、前線基地の東側に万全の状態で陣を敷く。

 そして、それが戦争都市側の戦力再編や物資集積より早かったとしたら、戦争都市は余力を残したまま蹂躙される――――そんな展開も十分にあり得る。

 その状態から単独で巻き返すのは難しく、カールスルーエ伯爵が要請したという帝都からの増援が間に合うかも微妙なところだろう。


「再度、念のために確認するが、基地から砲撃はないんだな?」

「東向きの魔導砲は撤退時に破壊しています。簡単に転用できるものではありませんから、東から攻める分には問題ないかと」

「もうひとつ、基地の防壁は破壊して構わないな?」

「無傷で取り返せるならそれに越したことはありません。しかし、第一軍団司令官閣下も、事ここに至っては止む無しという考えです」

「わかった。まあ、火力にはアテがある。魔導砲がないなら何とかなるだろう」


 無論、火力とはティアのことだ。

 彼女の火力なら比較的薄いという東側の防壁くらい吹き飛ばせるだろうし、仮に防壁を崩せないとしても、ハラスメント攻撃としては十分過ぎる威力と手数を用意できる。

 

 それに、いざとなったら――――


(…………いざと、なったら?)


 ゆっくりと、視線を右手に向ける。


 西通りの防具屋で新調したばかりのガントレットではなく、ガントレットに半分ほど隠れている『セラスの鍵』でもなく、


 戦闘服の下、隠されている水色の鎖が少しだけ熱を持った気がした。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る