第333話 前線基地強襲戦




(完全に頭から飛んでたな……)


 右腕に巻き付く水色の鎖。

 それは、今も俺の切り札である<フォーシング>を封印している。


 膨大な魔力を消費することで無理やり解除できるが、そのために具体的にどれくらいの魔力が必要なのか、ラウラは教えてはくれなかった。

 こんなことになると知っていたら、鬼畜精霊の煽りと嘲笑に耐えてでも聞き出しておいたのだが。

 後悔しても、後の祭りだ。


(膨大な魔力……。一体、どれくらいだ?)


 消費した魔力はラウラのものになると聞いているので、あいつが設定できる上限ギリギリを要求される可能性は低くない。

 ラウラの食事量は、俺の魔力総量の1割程度。

 自分の食事量を膨大とは言わないだろうから、低めに見積もっても2倍は持っていかれるだろう。

 俺の魔力残量は例によって3割なので足りるかどうかは五分五分、一か八かの賭けになる。

 

 もし足りなければ、切り札を封じられたまま魔力枯渇で昏倒だ。

 それだけは何としても避けたい。

 

(いや、落ち着け……。まだ慌てる時間じゃない……)


 実際、この戦場に限れば状況はそこまで悪くない。


 魔導砲がない前提でモノを言うのは魔法使いの火力だが、こちらには竜を撃墜した頼れる魔法使いを筆頭に、C級冒険者の魔法使いを20人ほど擁している。

 一方、敵方は長年戦争を継続して疲弊した軍。

 さらに激戦の末に辛くも前線基地を占領した直後となれば、魔法戦力は相当に摩耗しているはず。


 つまり、前線基地にティアを超える魔法使いが万全の状態で待ち構えている可能性は考えにくく、普通に戦えば優勢になる公算が高いのだ。

 ならば焦って膨大な魔力を消費した結果、ティアに供給する魔力が足りなくなることの方を心配すべきだ。


 それに――――


「………………」


 今の俺は、B級冒険者アレンとしてここにいる。

 大勢の味方と共に戦場に向かう以上、ことはできない。


 大規模に<フォーシング>を行使するならば、が必要だ。

 それは俺にとって、勝てそうな戦いに身を投じるのとは比較にならないほど大きな選択になる。


「ふう……」


 接敵までの時間を使い、俺は何とか平静を取り戻す。


 しかし、やはりというべきか。

 全てが想定通りとはいかなかった。


「――――ッ!砲撃か!?」

「いえ、これは……!」


 砲声が響くも着弾はない。

 代わりに夜空が煌々と光を放った。


 <光魔法>が込められた砲弾――――照明弾だ。


「来るのは向こうさんもわかってるか。てか、魔導砲あるじゃねえか……」

「牽引式の魔導砲を前線基地の東側に展開したのかもしれません!通常と比べて威力も射程も劣るはずです!」


 装甲馬車のにこぼした呟きはライアンに拾われた。

 彼の主張どおり、照明弾に続く本命の魔導砲撃は基地ではなく左右前方から。

 防衛機構としてはあまりに散発的で、確認できる限り命中もない。

 基地に設置された魔導砲を運用できているなら俺たちの馬車はすでに射程圏内のはずなので、斉射どころか観測射撃もないのはたしかに違和感がある。


「まあ、仕方ないか。どうだ?」


 俺の腕の中で魔法を使い続けているティアに尋ねる。

 彼女は魔法を発動して待機させ、俺から魔力を吸収し、さらに魔法を発動し――――と繰り返して攻撃に備えていた。

 傍から見たら魔力を吸収していることはわからないはずなので、突然いちゃつき始めたように見える俺たちに向けられる視線は冷ややか。

 しかし、それらの視線はすでに困惑と驚愕に変わっている。


「これで限界ですね。移動中ですし、これ以上は制御できないと思います」


 ティアの周囲で待機状態となった氷の槍――――その数36本。

 しかも、1本1本の威圧感が凄まじい。

 いつぞや巨大黒鬼を相手にぶちかましたときより、さらに1回り以上大きくなっている。


「やっぱりすごいですね。魔力がよく馴染みますし、少ない魔力でより強力な魔法を使えるようになりました」


 ティアが握るのは、竜を撃墜した褒美として辺境都市領主から下賜された魔法の杖。

 領主家として下手なものは寄越さないはずと思っていたが、この光景を見ると想像以上の逸品のようだ。

 これまで使用していた指揮棒のような短杖と比べるとだいぶ長くなったが、先端に魔石が埋め込まれている形状は俺が考える魔法使いの杖のイメージに近くなった。


(考えてみれば、出会った頃から同じのを使い続けてたしなあ……)


 俺が『スレイヤ』を手にしたときのような大幅な火力向上が、ティアにも発生したのだろう。

 悪い情報ばかりが届く中、嬉しい誤算だ。


「もうそろそろ、いける気がします」

「え、届くのか……?」


 ティアはしっかりと頷いた。


 前線基地はいまだ遠い。

 防壁上からも観測射撃が始まったが、着弾は遥か前方。

 砲撃より手数が多い魔法攻撃も、射程は魔導砲より短いので当然射程外。


 つまり、この戦場に置いてティアの<氷魔法>は、完全にアウトレンジからの攻撃になるわけだ。


「クリス!」

「構わない!やってくれ!」


 クリスの指示を受け、ティアが杖を掲げた。

 

「――――――――当たって!」


 願掛けの言葉は出会った頃から変わらない。

 しかし、発生する現象の規模は桁が違った。


 撃ち出された氷の杭は夜空を穿ち、低め放物線を描いて基地に襲い掛かる。


 敵方の魔法使いが迎撃や防御を試みただろうが、効果範囲が広い代わりに小規模な魔法でも誘爆させやすい<火魔法>や<風魔法>と違い、ティアが放つ氷の杭は純粋な質量攻撃だ。

 これほどの質量、迎撃するにしろ防御するにしろ、必然的に相応の規模の魔法が必要となり、当然ながら大規模な魔法になればなるほど溜めには時間が掛かるもの。


 直後、着弾地点から轟音と土煙が立ち昇り、大地が震えた。


「所定の地点で停車!作戦開始!」


 クリスの号令は照明を合図として後続に伝わる。

 減速した俺たちを追い抜いた後続の装甲馬車群は左右に散らばり、防壁と並行に停車していった。


 一部は兵員を降車させた後で魔導砲の射程外まで後退して支援拠点として。

 一部は射程内に留まる冒険者たちの盾として。


 基地の防壁と比べれば強度はお察しだが、有ると無いとでは安心感が違う。


「先に左右の魔導砲を潰せ!林に潜む遊撃部隊に注意しろ!」


 騎士の一部は兵を率いて左右へ駆けた。

 照明弾と月明かりだけが頼りの夜間戦闘だというのに、それが届かない木々の中に斬り込む集団もあるから余程練度に自信があるのだろう。


「魔術師は土煙が晴れたら順次攻撃開始!防壁上の魔導砲と魔術師を黙らせろ!」

「前衛はまだ出るな!こちらに迫る敵兵がいれば、これの迎撃に専念しろ!」


 前線基地の防壁まで200メートル弱のところで展開する友軍を前方に眺めつつ、2射目のに励むティアを腕に抱く。

 敵方の遊撃部隊を警戒していると不意に風が吹き、ティアの魔法によって発生した土煙が晴れて前線基地の姿が露わになった。


「おおっ!!」

「これは……!」


 双眼鏡で手早く戦果を確認する。

 流石に防壁を破砕とまでは行かなかったが、門の近辺や防壁の上に無視できない被害が生じていた。

 特筆すべきは防壁上の魔導砲だ。

 魔法に対して回避を選択できる魔法使いと異なり、移動もままならない魔導砲は氷の杭を回避できず、多くが沈黙している。


 想像を遥かに超える戦果に、足元の装甲馬車内から歓声が上がった。

 

「さて、僕も出よう」

「指揮官が前に出ていいのか?」

「僕に指揮能力なんて無いからね。後はライアンに任せるさ」


 当のライアンはクリスを止めようとしていたが、飛び出した指揮官にその声は届かない。

 

「まあ、冒険者を率いるなら前に出た方がいいかもな」

「そうはおっしゃいますが、万一のことがあれば……!」

「心配するな、クリスは強い」


 すでに前方は攻撃魔法が飛び交う戦場と化しているが、状況は当初想定していた大規模で統制された戦争からは程遠い。

 敵方の兵力が乏しいという情報はウソではないようで、敵兵はおそらく基地内での戦闘を見据えて温存されている。


 ならば、魔法戦で押し切った後は基地内でのゲリラ戦。

 個人や少数同士の戦闘はクリスの最も得意とするところ。

 敵方は浮足立ち、こちら側が押している状況だからこそ、危険を恐れるよりも前面に出て士気を向上させるのは悪くない選択だ。


 もちろん、基地内にいる相手戦力が不明である以上、油断はできないが。


「前衛の突入支援として、まず門に火力を集中するべきか……?」


 このまま攻撃を続けても防壁上の魔導砲や魔法使いは蹴散らせそうだが、敵兵が基地の外に出てこないせいで、冒険者の前衛たちが遊兵になっている。

 門を破壊すれば前衛たちも動きやすくなるし、何なら門が破壊された段階で防壁上の魔法使いたちが撤退することもあり得るだろう。


 問題は、基地内への突入はハラスメント攻撃の範疇にないということだ。

 やれるならやった方がいいのかもしれないが、この辺りは戦略の話も絡むはずで、依頼を受けただけの冒険者には判断しにくい。


 ただ、肝心の指揮官様は先ほど指揮を放棄して最前線に突っ込んだばかり。

 持前のカンを遺憾なく発揮して冒険者たちの被害を軽減しているので、当分は戻ってこれないだろうから悩ましい。


 念のためこちらへ飛んでくる攻撃を警戒しつつ思案していると、再び俺の独り言を拾ったのはライアンだった。


「左手に向かった騎士が率いる精兵が、隠し通路から基地内に侵入を試みています。陽動のためにも、正面突破を試みる動きは率先してお願いしたく」

「……なるほど。つまり、最初から正面は囮か」

「…………」


 装甲馬車の天板に開いた穴から顔を出したライアンが、俺の言葉を受けて黙り込んだ。

 

 後方から冷静に戦場を俯瞰すれば、正面の陣を形成する装甲馬車群は基地への魔法攻撃が届く位置に停車していて、そこは当然ながら基地から放たれる魔導砲や魔法攻撃の射程圏内だ。

 そしてここからなら、冒険者部隊への指示を出す騎士や魔法を使う騎士を除けば、その場所にいるのはほとんどが冒険者であることも分かる。


 ティアの魔法で魔導砲や魔法使いが間引かれていなければ、一体どうなっていたことか。


「好みじゃないな、そういうのは」


 ネルとクリスが示した覚悟を踏みにじるような話だ。

 それが俺の手によって半ば強要されたものだとしても――――いや、だからこそ気に喰わない。


「お怒りは承知しております!ですが、今はどうか……!」

「…………」


 懇願に対して舌打ちをひとつ。

 ここで俺がへそを曲げても、戦況を悪化させるばかりでメリットはない。

 正面で危険に身を晒す者たちを思えばこそ、忠実に作戦を実行すべきだということは理解している。


「……報酬は2倍だ。条件伝達にがあったんだ、当然だな?」

「必ずや」


 装甲馬車の中に引っ込む頭を睨みつけた後、ティアに向けて頷く。

 

 2射目の直後、前線基地の東門周辺に大穴が空いた。



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