第330話 戦争都市




 辺境都市には存在せず、飛空船で都市間を移動するときは不要だったもの。

 それは、都市の検問だ。


 俺たちは都市外郭の近くで馬車を降り、唖然としながら長蛇の列の最後尾に加わった。

 

「これ、このまま日が落ちて締め出されたりしないよな?」

「どうでしょう……」


 一応、テントや簡易寝台などの野営設備一式も保管庫に放り込んである。

 しかし、旅行先で野宿はネルでなくとも御免こうむりたいところだ。

 

 遥か前方を見やると検問を実施している衛士は十数名。

 物資を輸送する馬車などは少し離れた別の列に並び、比較的速やかに門を通過できているようだ。


「戦争中だから仕方ないね」

「まあ、それもそうか……」


 大山脈のおかげで戦線が狭いとはいえ、少数の潜入部隊を全てシャットアウトできるほど緊密な警戒は難しいだろうし、命の保障がいらないなら強力な魔獣が遊泳する海を渡って都市北方の海岸から揚陸するという方法もある。

 都市の検問をしっかりやらないと、敵兵が都市内部で好き勝手に暴れるような事態になりかねない。


 こうしている間にも列は順調に進み、俺たちの後ろに列は伸び続ける。

 時間経過とともに疲れから苛立ちを見せる人が出てくるのは仕方ないが、それでもトラブルらしいトラブルが発生しないのは衛士が目を光らせているからか。


 そして、いい加減会話も途切れがちになってきた頃――――


「次!」


 ようやく俺たちの番になった。

 辺境都市で飛空船に搭乗したときと同じ。

 どういう仕組みか知らないが、冒険者の身分証であるスキルカードを魔道具にかざして情報を確認している。


「うん?B級冒険者?」


 俺が頷くと、衛士が怪訝な顔でじろじろと俺の姿を見つめる。

 完全武装ならともかく、私服に片手剣を吊っているだけではか。


「ずいぶんと軽装だな。所属は……辺境都市か。今日はどうしてここに?」

「ちょっと旅行でな」

「旅行?この状況でか?」

「……この状況?」

「ああ、いや、気にするな」


 無茶を言う。

 しかし、問いただしても回答は得られまい。


 頬がヒクヒクと痙攣するのを耐え、スキルカードの返却を受ける。

 全員の確認が終わるのを待っている間、別の衛士が俺に声を掛けた。


「冒険者ギルドへ向かう予定は?」

「顔出しくらいはするつもりだが……」

「それは良かった。現在、領主閣下からC級以上の冒険者に対して依頼が発行されています。ご検討を」

「……把握した」


 受ける気はないが、それをここで明言する必要はないだろう。

 全員が検問をクリアすると、俺たちはそろって戦争都市の門をくぐった。






 戦争都市。

 現在の帝国が実効支配する地域の中で最も北にある大都市であり、同時に帝国南東部にある辺境都市から最も遠い大都市でもある。


 とはいえ、所詮は国内。

 気候の差も小さいため、文化の差異は大きくない。

 強いて挙げるなら、白い石材を使った建物が散見されるくらいか。

 道行く人の中に若い男が少ないように見えたが、これは多分徴兵されているからだろう。


「さてと……」


 旅程は一日遅れ。

 長時間の待機で疲労も溜まっている。

 とにもかくにも休息を取ろうと、俺たちは昨日から7日間抑えてあるホテルにチェックインした。

 冒険者ギルドに手数料を支払う必要はあるが、こうして遠く離れた都市のホテルを手配してもらえるのも上級冒険者の特権だ。

 本来は昨日から宿泊するはずだったのだが、ホテル側でも飛空船の事情を把握していたようで、従業員は嫌な顔せず迎えてくれた。


 ただ、前日の料金は冒険者ギルドに依頼したときに手数料とあわせて支払っているし、無断キャンセルなので払い戻しはない。

 こればかりはどうしようもなく、文句を言う気もなかった。


「予定を確認しておこう。まず、少し休んだら今日のうちに冒険者ギルドに顔を出す」


 依頼を受けるつもりはないが、元々7日間の予定だった滞在期間は1日を移動に費やしても残り6日間。

 帝都や中継都市のように通過するだけならともかく、滞在するのであれば世話にならないとも限らない。

 そのとき事前の挨拶があるかないかで相手の対応が変わってくるのは、どこの世界でも同じだろう。


 それにこちらが上級冒険者である以上、挨拶がないこと自体が相手の気分を害する可能性もある。

 本拠地でないからこそ、こういったことを軽んじるべきではない。


「面倒ね」

「まあ、大事なことだよ」


 クリスに宥められるネルだったが、本人も必要性は理解している様子。

 俺は諦めろと言う代わりに肩を竦めた。


「明日は、予定どおり自由行動にしたいと思う。問題ないか?」


 3人の反応を窺うと、事前に根回しをしておいた甲斐もあって異論は出なかった。

 この自由行動というのは完全に建前で、実態はデートの時間だ。

 俺にティアとの約束を果たすために都市を巡る予定で、クリスもネルを誘って観光するらしい。

 ティアには話を通しているし、唯一反対する可能性があったネルもクリスに同行することに同意している。

 剣山同然だったネルが陥落間近と思えば、これも感慨深い話だ。

 ちなみにここまでの旅程と異なり、このホテルでは一人一部屋、広めの個室を確保している。

 慰安旅行だから贅沢しようという考えもあるが、相部屋だと都合が悪いことがあるかもしれないという下心も少なからず働いていた。


「よし、一旦解散。準備ができたら1階ロビーの喫茶店で」


 3人が部屋へと引っ込んでいくのを見送ってから俺も割り当てられた部屋に入る。

 ベッドの横に偽装用のリボルバー式荷物袋を放り投げると、ベッドに体を投げ出した。

 

「ふう……」

 

 <リジェネレーション>のおかげで肉体的な疲労はさほどでもないが、柔らかいベッドが精神の疲労をいくらか癒してくれる。

 

(旅程が当初のスケジュール通りなら……)


 ティアと都市を巡り、景色の良い場所で用意していたプレゼントを贈り、抱き合っていた頃だろうか。

 ホテルで夕食をとり、時間を見てティアを部屋へ誘い、そしてその後は。


 不穏な情報の断片が噛み合わず、嫌な予感が杞憂に終われば、明日にはそうなるはずなのだが。


「はあ……」


 どうにも上手くいくビジョンが見えない。

 フィーネたち3人のことをティアにどう説明するかという件も、吐きそうになるほど悩み続けているというのに。

 下手するとその場面にたどり着かないまでありそうだ。


 俺は嫌な想像を追い出すように溜息を吐き、ベッドから起き上がった。




 喫茶店で美味しいコーヒーを味わいながら待つことしばし。

 全員がさほど時間差もなくそろったので、4人で冒険者ギルドへと向かう。


「ここが戦争都市の冒険者ギルドか」


 建物の造りは頑丈そうだが、内部構造は辺境都市のそれと類似点がある。

 俺は扉をくぐり、広々としたロビーの向こうの窓口を見た。


 夕方の混雑時間帯には少し早いはずだが、思ったより人が多いのは辺境都市と戦争都市の冒険者人口の違いだろうか。


「少し左に」


 仲間たちに声を掛け、窓口の方から入口へと歩いてくる一団に道を譲りつつ、自分たちの見てくれを軽く確認する。


 今日の装いは全員私服で防具も無い。

 俺とクリスは帯剣しているが、ティアとネルは丸腰だ。

 一般市民の男が武装するのは珍しいことでもなく、冒険者にしては装備が簡素すぎる。

 どちらかというと依頼人に見える風貌だ。


 向こうから先頭を歩く軽装の男が一瞬こちらに視線を向けたが、気にした様子もなくそのままギルドから立ち去った。

 トラブルを回避するという目的は達成できたと見える。

 綺麗どころを連れている以上、あんまり抜けた態度だと馬鹿が絡んで来るので案配は難しいが。


「僕たちも並ぼうか」

「そうだな」


 ロビーを通り過ぎて窓口に足を進める。

 幸いすぐに順番がきた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 慣れた様子の受付嬢は、俺たちが見ない顔だと気づいたようだ。

 彼女は俺たちの前に並んでいた冒険者と話していたときと比べて少しばかり改まった態度と口調で、お決まりの台詞を口にした。


「戦争都市に来たのは初めてだから、挨拶がてら情報収集に。B級パーティ『黎明』のアレンだ。まあ――――」

「B級!?」


 旅行で来たから依頼を受けるつもりはない――――と言い切ることもできなかった。

 受付嬢は俺のスキルカードを確認すると、大声を上げてこちらを凝視する。


 嫌な予感がする。

 しかし、俺はノーと言える日本人――――ならぬ帝国人だ。


「見てのとおり、旅行で来たんだ。依頼を受けるつもりはない」

「B級冒険者が丸腰なんてあり得ないです。装備は用意してるんでしょう?」


 受付台に半ば身を乗り出してぐいぐい攻めて来る受付嬢に頬が引きつる。

 受付嬢の予想は正確だ。

 俺は『セラスの鍵』から、クリスとネルはポーチから、それぞれ武器を取り出すことができる。

 ティアに至ってはサブウェポンとなった小杖を今もスカートの中に隠している。

 防具だけはこの場で装着とはいかないが、全員分が屋敷の保管庫に入っていて、着替えるための時間と部屋があればいつでも換装可能だ。


「できるかどうかとやるかどうかは別問題だと思わないか?」

「そう言わずに!とても困ってるんです!」


 とうとう受付嬢が俺の手を掴んだ。

 ティアの視線が冷える。


「おい、いくらなんでも――――」


 少し強い態度で拒否しようとしたそのとき、背後がざわついた。


 振り返ると、さっき出て行った奴らとはまた別の集団がロビーを縦断してこちらへと向かっている。

 騎士を伴って先頭を歩く男は、装いや雰囲気から察するに貴族だろう。

 どこかで見たような気がしたが、まずは貴族の歩みを妨げないように動くことが重要だ。


 俺は視線や身振りで仲間を誘導しながら自然に数歩動き、窓口を貴族に譲る。

 貴族にとって、俺の動きは平民が取るべき当然の行動だったはずだ。


 俺を知らない貴族にとって、俺はただの冒険者。

 黒髪で少し目つきが悪く、一般人よりか少しだけ体格が良い私服の若い男。

 貴族の目を引く要素などどこにもない。


 貴族は予想通り、俺から視線を切って受付嬢に歩み寄り――――窓口の数歩手前で立ち止まった。


「ここで、何をしている?」


 男の視線の先にいたのは、クリスだった。


 そして、俺は思い至る。

 この貴族をどこで見たのか。


 違う、初見だ。


 、誤解してしまったのだ。


「答えろ、!!」


 貴族が放つ怒声によって冒険者ギルドのロビーは静寂に包まれる。

 俺も受付嬢も窓口に居た冒険者も、この場にいる全ての人間が緊張に身を強張らせた。


 ただ一人、クリスを除いて。


「そう怒鳴らないでほしいな。冒険者が冒険者ギルドにいるのは、別に不思議なことじゃないだろう?」


 数歩前に出て貴族と向かい合い、まるで俺やネルに話しかけるように自然な口調で、クリスは貴族の問いに答えた。


 貴族の視線は依然として鋭い。

 しかし、クリスの口調を咎めるような雰囲気はなかった。


 そのまま貴族とクリスは無言で視線を交わし続ける。

 少しして、貴族はふと声を上げた。


「……いや、むしろ好都合か」


 そう言って、貴族はポーチから一本の剣を取り出した。


 非常に嫌な予感がする。

 嫌な予感など慣れきっているが、これは特大だ。


 しかし、俺には貴族の口を塞ぐ手段がない。


 そして――――


「クリストファー・フォン・カールスルーエ!第一軍団司令官クルト・フォン・カールスルーエの名において、お前を前線基地攻撃隊の指揮官に任命する!」


 決定的な言葉が放たれた。

 剣は貴族の手ずからクリスへと差し出され、クリスはそれを当然のように受け取った。


「謹んで拝命します」

「……償いを望むなら、その血に宿る使命を果たせ」


 言い捨てるように貴族は去る。

 しかし、騎士の何名かはその場に残っていた。


 強権を振りかざして乱暴を働く様子はない。

 彼らはそうするのが当然という態度で、クリスの周囲に控えていた。


「黙っていてごめん。僕はここでお別れだ」


 呆然とする俺をよそにクリスは貴族の後を追う。


 何か言わなければ、何か行動しなければと思い一歩を踏み出したとき――――何者かが背後から俺の服を掴んだ。


 耐えるように口を一文字に結んだ、ネルだった。



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