第329話 慰安旅行往路




 その後も景色を眺めながら雑談を続けた俺たちだったが、景色が見渡す限り平野になってしばらくした頃、時間もちょうど良かったので船内の食堂で軽く昼食を取った。


 昼食後は、飛空船の中を探検するというネルにクリスがついて行ったので、俺とティアは座席で一休み。

 肩を寄せ合って雑談に興じていたところ、ティアの視線が俺の右手に向いたことに気づいた。

 

「気になるか?」

「いえ……」


 言葉を濁したティアだったが気になるのも無理はない。

 俺たちは旅行者としてここにいるので、冒険者として活動するときに装備する防具の類を一切身に着けておらず、見えるところにある武装は俺とクリスの腰にある片手剣だけ。

 もちろん各自が所有する容量詐欺のポーチや荷物袋に入るものは入れてあるのだが、特に防具の類はかさばるのでポーチや荷物袋の中には収納できない。


 そういったものを収納しているのが、俺の右手にある『セラスの鍵』だ。

 つまり、俺がこいつの操作をしくじると、何かあったとき防具なしで行動しなければならなくなる。

 自分たちの安全を握っているのがよくわからない魔道具となれば、不安を感じるのも当然だろう。


「安心してくれ。ほら」

「あら」


 飛空船内で突然武器や防具を取り出すのは良くないと思い、代わりに一口大の焼き菓子を取り出してティアの口に押し込んだ。

 保管庫に保管できるのは装備や設備だけだはない。

 飲料水や食料の備蓄、着替えなども置くことができるのだから、当然お菓子もある。

 常温で溶けるアイスクリームや温かいスープですら、保管はできないが受け渡しはできるのだ。


(なんかもう、ほとんどネットショッピングだよな……)


 方法は簡単だ。

 腰のポーチに入れてある鉛筆と紙を使い、欲しいものと時間を書いて保管庫に入れておくだけ。

 それだけで決まった時間にフロルが注文を確認して、指定の時間に配達してくれる。

 保管庫のドアを開けているときに『セラスの鍵』が起動しないことは俺のうっかり――開けた記憶がないのになぜかドアが開いていた――によって確認できたので、フロルの安全確保も問題ない。

 戦闘では少しだけ使いにくくなったが、それさえ保管庫経由で事前に時間を伝えておけばフロルの入室を禁止することができる。

 

 使っていく中で不都合があれば、その都度運用を考えればいい。

 現状でも十分過ぎるくらいの便利アイテムだった。

 

「別に、アレンさんを疑っているわけじゃありませんよ」


 焼き菓子を飲み込んだティアが不服そうに訴える。


「じゃあ、何が?」

「触れたときに冷たいので」


 可愛らしい訴えに思わず頬が緩んでしまう。

 そういえば、金属製の胸当ても嫌いだったか。

 スキンシップを好むティアらしい意見だ。


「流石にこいつを外すわけにはいかない。代わりに左腕は好きにしてくれ」

「もう、仕方ありませんね……。あら、これは何でしょうか?」


 また、ティアが何か気づいたようだ。

 彼女の視線は、右手首に装着された『セラスの鍵』より少し肘に近い位置にあるに注がれている。


「あー、これはだな……」

 

 水色の鎖のような紋様。

 ラウラが施した<フォーシング>の封印だ。


 こいつのせいで、次にラウラに会うときまで<フォーシング>が一切使用できない――――というわけではない。

 普通の人間では到底賄えないほど膨大な魔力を注げば解除することができ、解除後は再び普段どおり<フォーシング>を使えるようになるので、実態は封印というよりもに近いのだろう。


 なお、解除方法が力技な理由は、このやり方が正規の解除方法ではないからだ。

 牢屋から出るために鍵を使わず、鉄柵を腕力で引き千切るようなもの――――ラウラが用いた例えに仄かな悪意を感じたが、属性魔法すら使えない俺が封印の術式など扱えるはずがないので文句は言えない。


 そして抜け目がないことに、俺が封印を解除した場合、解除のために注がれた膨大な魔力はラウラのものになるという。

 当然ながら俺が封印を解除した事実は即座にラウラの知るところとなり、次に顔を合わせたときに散々に煽り倒される未来が確定する。


 ラウラの愉悦顔など見たくもないので、絶体絶命の危機でも訪れない限り解除するつもりはなかった。


「まあ……、修行みたいな感じだ」

「修行ですか」


 鬼畜精霊に煽られた挙句スキルを封印されました、とは言いにくいので言葉を濁す。

 ティアも俺の雰囲気から触れない方がいい話題だと察したらしく、追及はなかった。


 そのとき、船内にアナウンスが流れた。


「もうすぐ帝都に着くそうですよ。展望室に行きませんか?」

「ああ、行こう」


 ティアに手を引かれ、展望室へと向かう。


「楽しみましょうね、アレンさん」


 振り返った彼女は、見惚れるような笑顔だった。






 上空から見た帝都は広かった。


 辺境都市も全長十数キロメートルの外郭に囲まれた大都市だが、それですら比較対象として物足りない。


 帝都中央部を航行するには特別な許可が必要らしく、俺たちの飛空船は帝都の外縁部とでもいうべき場所にある発着場に着陸した。


 そして――――


「すげ……」

「わあ……」

「…………」


 地上に降りた俺たちは、再度圧倒された。

 

 目の前には人、人、人。

 人がゴミのようだと呟きたくなるほどの人の海。

 前世日本のターミナル駅構内を思わせる、人の流れに乗らないと目的の方向に進むのも困難なレベルのそれが目の前に広がっていた。


「これは無理だな……」

「そうですね、ちょっと自信ないです……」


 飛空船を降りるときの手続に時間を要し、時刻はもうすぐ夕刻という頃合い。

 今日は帝都で一泊の予定だったので、ホテルにチェックインする前に軽く観光でも――――などと考えていたが、浅はかだった。

 辺境から初めて帝都に出たお上りさんには難易度が高過ぎる。

 目指した場所にたどり着けないどころか、迷子になって戻って来れないまである。

 

「田舎者丸出しで恥ずかしい。まあ、同感だけど」


 ポカンと口を開けて呆然としていたネルも、復帰早々に白旗を上げた。

 クリスだけは経験があるらしく、楽しげに笑っている。


「予約したホテルは飛空船発着場の近くだし、商業系の施設はこの辺も充実しているから見るものは沢山あるよ」

「そうだな。そうするか」


 クリスの視線の先には5階建てくらいの立派な建物。

 雰囲気的に百貨店のような感じだろう。

 時間を潰すには丁度良い。


「帰りも帝都で一泊するから、お土産を買うなら帰りの方がいいよ」

「流石にそれくらいわかってる」


 旅慣れない田舎者をからかうクリスに言い返す。


 もっとも『セラスの鍵』があるので、生ものでもなければ保管庫に放り込めば済む。

 なんなら生ものでも時間を調整すればフロルが回収してくれるだろう。

 ここで購入したデザートを一旦フロルに回収してもらい、夜にホテルで取り出してデザートに――――なんてことも可能だ。


(まあ、やらないけどな……)


 お土産は帰りにというのは旅行のセオリーだ。

 まずは観光を楽しまなければ。


 目を輝かせて商業施設に繰り出したネルとティアを追う。

 はぐれないように、まとまって行動した方が良いだろう。


 俺とクリスは顔を見合わせ、二人の背を追いかけた。






 その後、俺たちは帝都の百貨店の品揃えとお値段に驚愕し、ホテルの美味しい料理に舌鼓を打ち、四人部屋の高級そうなベッドでぐっすりと休んだ。


 翌朝、帝都の発着場の混雑具合に戸惑いながらも予定通り中継都市への飛空船に搭乗し、無事出航。


 二日連続の飛空船ともなれば珍しさも薄れる。

 昨日より幾分か落ち着いた旅を満喫した俺たちは、昨日より少し早い時間に中継都市の発着場へと降り立ち――――


「戦争都市への飛空船が出ない?」


 中継都市の飛空船発着場にでかでかと掲示された運行情報に、呆然と立ち尽くしたのだった。





 ◇ ◇ ◇





 帝国大都市ランキング(クリス調べ)堂々1位の帝都はともかく、辺境都市より一回り大きい程度の中継都市ならば、昨日は諦めた観光も可能だろう――――そんな見通しは脆くも崩れ去った。

 俺たちは中継都市を巡るはずの時間を使って手分けして情報を収集し、今は発着場の待合室で顔を突き合わせて唸っている。


「うーん、どうにもダメそうだな……」


 戦争都市への飛空船が出ない。

 発着場の職員に尋ねたところ、正確には一般利用者向けの飛空船が飛ばないということだったが、俺たちが空路で戦争都市に行けないという結論に変わりはない。

 

「どうやら戦争都市側の事情みたいね。輸送の枠を全部抑えられたんだって」

「どうしてそんな……」

 

 ティアは嘆くが、事情は理解できる。

 元来、中継都市は戦争都市への流通を円滑化するために発展した都市だ。

 両都市は河川で結ばれていないので輸送の主力は陸路だが、高速である程度の量を輸送できる飛空船も輸送手段として重宝されているのだろう。


「一般用の飛空船の出航は未定だってさ。明日だけじゃなくて、明後日以降もわからないそうだよ」

「なら、空路はナシだな」


 幸い中継都市と戦争都市を結ぶ大街道は多少の輸送量増加で目詰まりするほど貧弱ではないようで、馬車を抑えれば陸路で向かうことはできる。

 

 よって問題は、この状況で旅行を強行するか否か。


(一旦、状況を整理しよう……)


 戦争都市への輸送が優先されて一般客が割を食うことは時々あるらしい。

 辺境都市の冒険者ギルドで数日前に仕入れた情報によれば、戦争都市の状況は特に異常なし。

 冒険者ギルド経由で抑えていた飛空船のチケットは払い戻しを受けられる――なおギルドに支払った手数料は戻ってこない――ので1日余計に掛かるが陸路で行けばいい、はずだ。

 

(理屈上は、そうなんだけどなあ……)


 今更ながら、戦争都市に行くと告げたときのラウラの反応が気になってくる。

 煽るでも馬鹿にするでもない「何言ってんだこいつ。」と言いたげな顔は、ラウラにしては珍しかった。

 あのときは、ただ単に観光先に戦争都市を選んだことに対する反応なのかと思っていたのだが。


「ちなみに、戦争都市の戦況について何か情報は?」

「特には……。今はたしか、こちら側の前線基地が攻められているんでしたか?」


 クリスとネルは無言。

 これ以上の情報はなさそうだ。


(仕方ないか……)


 名目は慰安旅行。

 しかし、俺にとってはそれ以上の意味がある旅だ。

 この程度の理由で中止することはできないし、戦争都市へ観光旅行に出掛けた挙句、戦争が怖いので戻ってきましたでは間抜けもいいところ。


「……反対意見がなければ、陸路で行く」


 反対は、なかった。






 一夜明け、翌朝。

 俺たちと同じ状況に陥った人々はやはり俺たちと同じことを考えたようで、馬車の停車場は大変混雑していた。

 臨時の需要を見込んでか割高に設定されていた運賃を支払って昨日のうちに予約していた魔導馬車に乗り込み、一路北西へ。


 道中、宿場町で一泊し、さらに半日。


「ここが……」


 魔導馬車の窓を開け、外に顔を出す。


 辺境都市よりほんの少し涼しい気候。

 そびえ立つ堅牢な外郭。

 その外郭越しに見える小高い丘の上の立派な城。


 視界に映るそれらは、俺たちが旅の目的地に到着したことを示していた。


「……戦争都市」


 運命の日から4年半。


 長い月日を経て、俺はようやくこの場所にたどり着いたのだった。



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