第328話 飛空船の旅
旅行の出発日を決め、仲間たちに予定を伝達してから数日間。
もちろん俺自身も旅行の準備をしなければならないのだが、俺にはそれと並行してやるべきことがあった。
それは、フィーネ娼婦化計画の後始末だ。
ドミニク協力の下で行った面談が不発に終わった後、俺は情報屋を介して人を雇い、例の主犯を捜索させた。
成果を急がせるため特急料金を支払い、さらに保険として複数人に別口で依頼を持ち込んだ。
雇った者だけでなく、情報屋自身も捜索に当たった。
俺が探す相手は、特別な能力もないであろうD級冒険者。
金払いのいい上級冒険者に顔を覚えられるため、丁度良い案件だと思って意欲的に動いてくれたはずだ。
しかし、蓋を開けてみれば、なんと結果はノーヒット。
繰り返し頭を下げ、冷や汗垂らしながら返金を申し出る情報屋が噓を吐いているようには見えず、俺は渋々ながら報告を受領した。
上級冒険者の機嫌を損ねてまで、情報屋がD級冒険者を庇う理由に心当たりもない。
つまり、その道のプロをもってしても、主犯の足取りを掴むことはできなかったということだ。
これだけ捜索して何もわからないのであれば、対象はすでに都市を去った可能性が高い。
それでも念には念をと、俺自身がフィーネを連れて西通りを巡り、旅行に必要なものを購入する傍らあの男を釣り出せないかと目を光らせたが、結局手掛かり無し。
旅行前日を迎え、フィーネに捜索の結果を説明したとき、彼女が強く不安を訴えるなら、旅行に連れて行くことも選択肢に入れていたのだが――――
『大丈夫だから。4人でゆっくり旅行を楽しんで来なさい』
意外なことに、当の本人は全く気にした様子がなかった。
むやみに危機感を煽ってもフィーネを不安にさせるだけで、俺にできることはすでにやり尽くしている。
せめて留守中に不安を感じることがあればいつでも屋敷に避難してほしいと伝えると、フィーネは心配性だと笑っていた。
◇ ◇ ◇
そして、ラウラに嵌められた日から数えて4日後。
B級冒険者パーティ『黎明』の4人は、私服姿で飛空船発着場のロビーにやってきた。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
前回はネルの出荷を阻止するためにネル父を追ってきたのだったか。
あれから3か月が過ぎたというのだから、月日が経つのは早いものだ。
とはいえ、前回は敷地内で暴れただけでロビーにも入らなかったから、こうして発着場を観察するのは初めてになる。
改めてじっくり眺めてみると、ロビーの中の様子はやはり前世の空港と似ていた。
案内所があり、待合室があり、チケット売り場があり、飛空船の発着予定が掲示されている。
(いや、空港よりもバスの営業所が近いか……?)
富裕層向けの設備が充実しているのにそんな感想が出てくるのは、電光掲示板がないからか、それとも帝都行きの便しかないせいで時刻表が単純だからか。
微妙な違和感の理由を探していると、窓口に出航時間を確認していたクリスが戻ってきた。
「出航は予定通りだってさ。あと、身分証の確認で混雑するときもあるから、搭乗はお早めにって」
「わかった」
それだけ伝えると、クリスは少し離れたところで飛空船の模型を見物しているティアとネルのところに走った。
クリスの背を見送り、これから搭乗する飛空船を見やる。
横長の大きな気球の下に人間を詰め込む箱をくっつけたような飛空船の定員は、わずか100名余り。
しかし、ロビーに待機している人数を見るに、定員超過で乗りそびれるということはないように思われた。
なにせ飛空船の利用料金は高い。
主に平民の商人が利用する最も安価な席ですら、その値段は一般的な平民の月収に匹敵する。
速度重視の魔導馬車ですら最短で3日かかる道のりを数時間で移動できるのだから、時間効率は素晴らしいの一言に尽きるのだが。
「行こう」
俺たちは4人そろって搭乗口へと向かう。
まだ時間に余裕があるため、人は疎ら。
さほど待たずに俺たちの順番になった。
「チケットと身分証を確認します」
搭乗口で身分確認を行う衛士に、あらかじめ購入しておいたチケットと冒険者の身分証であるスキルカードを差し出した。
2人の衛士のうち片方が、慣れた手つきでスキルカードを魔道具にかざす。
以前、騎士団詰所で指名依頼の報酬受領手続をしたときと似ているが、今回は勝手に魔力を計測されるということもあるまい。
結果に問題はなかったようで、愛想はないものの丁寧な手つきで返却されたスキルカードとチケットの半券を受け取った。
「次の方」
俺に続き、クリス、ネル、ティアの順で同様の手順を踏む。
しかし、ティアの番で衛士の声色が変わった。
「あなたが、あのティアナさんですか」
「え?はい、そうですが……」
ここに来て何か問題か、と懸念したのはほんの一瞬。
衛士の顔を見れば、それが的外れであることはすぐにわかった。
「先日のご活躍は聞き及んでおります。どうか、良い旅を」
「あ、ありがとうございます」
笑顔と敬礼で見送られたティアが搭乗口のタラップを進む。
少し照れた様子の彼女を、先に乗り込んでいた俺たちも笑顔で迎えた。
「有名人だな」
「領主から表彰されたし、記事にでもなったのかもね」
「流石ティアね」
「大したことはしてないのに、ちょっと複雑です……」
竜を魔法で撃墜するのは大したことだと思う。
幼竜とはいえ、俺たちが火山で遭遇した空飛ぶ大トカゲと違って成竜に近い大きさだったと聞いている。
控えめなティアのことだから、もしかすると俺たちに遠慮しているのかもしれないが。
「せっかくの空の旅だ。楽しもう」
俺は彼女の手をとり、飛空船内に足を進めた。
想定外のトラブルもなく、飛空船は既定の時刻に辺境都市を出航。
俺たちは飛空船の前方にある展望室の一角に陣取り、景色を見下ろしていた。
「おお……」
「すごいですね……」
大街道と河川に沿って進む飛空船は徐々に高度を上げ、眼下に見える馬車はすでに米粒のよう。
進行方向右手には森、その向こうには山脈。
左手遥か遠くに見えるのは足を運んだばかりの火山だろうか。
「帝国の領土は、ほとんどが平野のはずなんだけど。この辺だけ景色が違うよね」
クリス曰く、他の地域では見渡す限り平野ということも珍しくないそうだ。
実際、正面方向は地平線まで平野が続いている。
この山やら森やらが辺境の辺境たる所以なのだろう。
「やっぱり、うちの領地は貧乏なのかね?」
「領地の広さに対して平野が半分もないのはあれだけど。領地自体が広いし平野部は肥沃な耕作地だから、財政は安定してるはず」
何気ない呟きにネルが解説をくれた。
この辺は商家出身者の領分ということか。
「平野でも水が少ない地域は農業に向かない。水があっても土が悪ければダメだし、人を耕作に振り向ける余力がない地域も同じだね」
そう補足しながら、クリスは背後を振り返った。
視線の先には簡易ながらも帝国全域を含む地図が掲示されており、国土の大まかな地形を把握することができる。
横長の楕円に近い形をしていると言われる大陸の東端に位置する帝国は、他国との国境線よりも海岸線の方がずっと長い。
飛空船の目的地である帝都は、地図の中央付近に見つけられた。
その帝都から南西に進めば、他国との交易が盛んな交易都市。
帝都から北に進めば、帝都から戦争都市までの流通によって発展した中継都市。
そして中継都市からさらに北西に進めば、今回の旅の目的地である戦争都市が見える。
交易都市、帝都、中継都市、戦争都市は大街道で結ばれ、帝国西部に突き出た大山脈を迂回するように左右反転したCの字を描いていた。
なお、帝都から西に向かうと大陸を東西に横断する大山脈と大樹海。
それらから帝国を守るように城塞都市が存在している。
これが帝国西部の地理だ。
一方、帝国東部。
帝都から北東に進むと商業都市があり、そこからさらに北東に進むと迷宮都市がある。
帝都、商業都市、迷宮都市のラインは大街道だけでなく河川でも結ばれているため、交通と流通は非常に円滑。
商業都市は中継都市経由で戦争都市にも繋がるため、帝都に並ぶ帝国の中心地として栄えており、迷宮都市はその名のとおり迷宮に隣接しているため、迷宮から産出される品々で潤っている。
そして、帝都から南東方向には我らが辺境都市。
帝都から直通の大街道や河川が存在しないので、飛空船を使わないなら一度帝都から交易都市に向かう大街道を南西に向かい、途中から東に折れる必要がある。
ただ、それでも新興都市よりはマシだ。
新興都市は帝国東端に位置するが、帝都との間には山と森があり、迷宮都市、商業都市、辺境都市のいずれとも大街道が整備されていない。
新興都市から帝都に行くには動脈というには頼りない小さな街道を進むか、あるいは海岸を北に迂回して河川を進み商業都市を経由するという大回りを強いられる。
この辺は旅行前、フィーネに教えてもらった地理情報だ。
「うーん……。ちなみに大都市の経済規模ランキングは?」
「そうだねえ……。一番は当然だけど帝都、次いで商業都市と迷宮都市、少し落ちて交易都市、さらに落ちて中継都市、その下に戦争都市と辺境都市、最下位は新興都市ってとこかな。城塞都市はちょっとわからないね」
「やっぱりダメじゃねえか……」
「食料生産は重要よ。単純な豊かさで測れるものじゃないでしょ」
ネルが難しいことを言い出した。
言わんとするところはもちろんわかるが。
「国境から離れた位置にあるというのは、それだけで恵まれたことだと思いますよ」
「そうだね。僕もそう思うよ」
ティアが故郷をフォローして、この話は終わった。
クリスが同意するとき、少し羨ましげな口調だったのが少しだけ気になった。
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