第327話 ラウラの挑発
ラウラを訪ねた理由は習得スキルの確認のためではない。
彼女と緩い協力関係を結んだので、俺は魔力供給のため定期的に冒険者ギルドに足を運ぶことになったのだ。
今までもやっていたことなので、正直なところ代わり映えはしない。
タダでスキルを確認してもらうついでに魔力を供給していたのが、魔力を供給するついでにタダでスキルを確認してもらうことになっただけだ。
「はー……、アレンちゃんをからかった後に魔力をもらうの気持ちいい」
「殴るぞ」
「お触りは禁止でーす」
そんなことを言いながら、ラウラは俺の腕に抱きついて柔らかな膨らみを押し付ける。
わかってやっているのだから本当にたちが悪い。
「3人も囲ってとっかえひっかえしてるのに、まだ足りないのー?」
「足りるとか足りないとか、そういう問題じゃないんだ……」
彼女たちに不満があるということでは全くない。
3人の少女それぞれに魅力があり、代わるがわる俺を満足させてくれている。
しかし、だからといって性欲がなくなるわけではないのだ。
毎晩あれだけやっていれば昼間は賢者でいられそうなものだが、どうやら<リジェネレーション>や<家妖精の祝福>の体力回復がそっちにも作用しているらしく、賢者モードが長続きしない。
我慢できないわけではないので、結局のところ俺がだらしないという結論に変わりはないのだが。
言い訳にもならぬ言い訳に、ラウラは呆れた様子で溜息を吐いた。
「まあ、いいけど……。それで、そっちはどうなのー?」
ラウラの視線の先にあるのは俺の右手首、そこに装備された腕輪型の『セラスの鍵』だ。
『鋼の檻』からぶんどった魔道具から俺の取り分として譲り受けたものだが、ラウラとしては使えているのか心配なのだろう。
操作に失敗するとやばいことになるという曰く付きの魔道具だから気持ちはわかる。
「見てろよー……」
俺は右手のひらを上に向けて何も持っていないことを示す。
そして『スレイヤ』を召喚、収納、魔法銃を召喚とテンポ良く操作して見せた。
「おお、すごいねー。ちゃんと使いこなしてる」
「結構練習したからな」
ラウラにしては珍しく他意のない誉め言葉だ。
目標とする速度に達するにはまだしばらく努力が必要とはいえ、素直に褒められると気分がいい。
(おっと、そういえば……)
訪問の目的はラウラへの魔力供給だが、伝えておくべきことがあったのを思い出した。
魔法銃を収納し、腕にしがみついてだらだらと食事を続けるラウラを見下ろす。
「ちょっとパーティ4人で半月くらい旅行に行ってくる。行先は戦争都市だ」
「ええ、本気……?」
「本気だが……なんでだ?」
「いや、別にー」
少々どころではなく気になる反応だ。
何とか情報を引き出そうと穴が空くほど見つめても、どこ吹く風で知らん顔。
実力行使が必要かと手を伸ばすと、食事を終わらせて向かいのソファーに飛び移り、こほんと咳払い。
「ところで――――」
「いや、露骨過ぎんだろ……」
「ところで、アレンちゃん」
ラウラは決まったことしか話さないNPCの如く、俺の制止を振り切って強引に話し続ける。
しかし、その内容は意外にも真っ当なものだった。
「最近<フォーシング>に頼り過ぎじゃない?」
「はあ?そんなこと――――」
口は反射的に否定の言葉を発しようと動いたが、頭はそれと並行で最近の記憶を掘り起こす。
直近の『鋼の檻』との決闘は、たしかに<フォーシング>が決め手だった。
しかし、あれは火山から徒歩で数日もかけて帰還した直後のことで、到底普通に戦えるコンディションではなかったからだ。
その前、大街道で月に見守られる中――――まあ、これは置いておこう。
もう1つ前、火山での幼竜との戦いでは<フォーシング>を使っていない。
幼竜のブレスを見舞われた俺は早々に戦闘不能になっていたので、<フォーシング>を使う機会なんてなかったともいう。
その前は、歓楽街で怪しいローブの男と対峙したのだったか。
あの男は<フォーシング>によく似たスキルを使っていたから、非常に参考になった。
意趣返し込みで<フォーシング>で撃退したのだが、調子に乗ってやり過ぎた感がある。
おや、これは――――
「……ソンナコト、ナイゾ?」
「自分の言葉を信じられなくなったらおしまいだよー」
棒読みの回答に辛辣な追撃を行う鬼畜精霊から視線を逸らし、俺は何とか反例を探そうと記憶の棚をひっくり返す。
頼りのフロルも俺の記憶までは整理してくれないので、目当ての物を探すのは一苦労だ。
「いや、だって……そうだ!『鋼の檻』のフェリクスを倒したのは素手だった!」
「……アレンちゃんは、それでいいのー?」
かわいそうなものを見るような視線を受け止めきれず、視線が泳ぐ。
不本意ではあるが、ラウラの指摘は的を射ているとまでは言わずとも、無視できない程度には事実を含んでいると言えなくもない、かもしれない。
「アレンちゃん、英雄になりたいんだっけー?いやー、英雄志望の冒険者の必殺技が精神攻撃って、斬新だよねー」
「…………何が言いたい?」
雰囲気的に、ただ俺の心を抉って愉しみたいというわけでもないようだ。
ならばこれは何かの前置きであるはずだが、その後に続く言葉に心当たりはない。
思考に耽る間もなく、ラウラからひとつの提案がなされた。
「アレンちゃん、<フォーシング>を封印してみる気はない?」
「……封印?」
「そう、封印。特定のスキルだけを使用できないようにするの」
スキルが使用できないと聞き、俺は顔を顰めた。
思い出されるのは『鋼の檻』のハイネとの言葉。
『鋼の檻』との決闘後、約束を破ったハイネたちが魔道具やら何やらで俺の魔力を封じようとしたとき、俺は『スレイヤ』を構えることすらできなかった。
<フォーシング>だけでなく<結界魔法>や俺の生命線である<強化魔法>まで使い物にならない状態で、あのときの俺はハイネの言う通りただの雑魚に成り下がっていた。
しかし、俺が嫌な顔をするのも構わずラウラは話し続ける。
「冒険者がスキルの習得や強力なアイテムの入手で強くなることはよくあるし、悪いことではないんだけどー。それに頼りきりになって、それを前提とした戦いしかできなくなっちゃうと、かえって弱くなっちゃうんだよねー」
「それは、まあそうかもな……。つまり、何かの拍子に<フォーシング>が使えなくなっても戦えるように、<フォーシング>がない状態に慣れておけと?」
「うんうん、そういうことー」
理屈はわかるので、ラウラの肯定を受けて考え込んだ。
いざとなったら<フォーシング>がある――――そんな甘えた考えがなかったとは言えない。
最初は雑魚散らしくらいにしか期待していなかった<フォーシング>は、俺のスキルの中でいつのまにか<結界魔法>に代わる切り札として位置づけられている。
<フォーシング>というスキルが思ったほど世間に知られていなかったこともあり、心理的ハードルも徐々に下がった。
たしかに、良くない傾向かもしれない。
だが――――
「うーん……」
腕を組み、さらに熟考する。
頼りきりになるのは良くない。
良くないのだが、<フォーシング>の有無で結果が変わる状況というのは確かに存在するのだ。
それがパーティの命運を分けることにならないとも限らず、良くないという程度のことで封印してしまうのが正しいのか。
判断に迷って唸っていたところ、正面から溜息がこぼれた。
「はあ、そっかそっかー。英雄志望のアレンちゃんは、<フォーシング>がないと怖くて冒険に出ることもできなくなっちゃったのかー」
「なっ……!?」
煽るような口調でわざとらしく溜息を吐かれ、カチンとくる。
しかし、鬼畜精霊は止まらない。
「あれ、次は冒険じゃなくて旅行だっけ?あー、まあ、仕方ないよね、お外は危ないもんね、アレンちゃんも怖いよねー?」
「ぐっ……」
耐えろ、耐えるんだ。
これは鬼畜精霊の罠に違いない。
罠に違いないんだ。
「そうだ。どうしてもと言うなら、お姉さんもついていってあげようかー?」
「…………」
耐え――――
「ふっ……」
「ば、馬鹿にすんな!封印くらい…………あっ」
こうして、俺は<フォーシング>を封印された。
屋敷で俺を迎えたフロルがどことなく不安げだったのは、気のせいだと思いたい。
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