第326話 戦闘訓練




 褒賞授与式の翌日。

 騎士団詰所併設の訓練場で、俺は騎士たちと共に汗を流していた。


「次!」


 ジークムントの声を合図に、騎士の二人組が俺に向けて突進を繰り出す。

 騎士たちは俺を挟むように動き、俺はそれを回避しようと位置取りを変える。


 <強化魔法>に習熟した俺は瞬発力に関して並々ならぬ自信を持っており、身軽な相手ならともかく重装備の騎士相手に機動力で負けることは早々ないはずなのだが――――


「くっ……」


 足が止まり、俺はあえなく騎士に挟まれた。

 

 原因は足元に引かれた白い線。

 直径10メートルほどの円形の内側にいる俺は、ここから出ることが禁止されている。

 何かの刑罰に処されているわけではない。

 今日の訓練上のルールの話だ。


「ハッ!!」

「シッ!」


 左右から騎士たちが同時に襲い掛かり、俺は<結界魔法>を使わされる。

 本来は必要最小限の面積で発動する<結界魔法>だが、相手の攻撃をしっかり見てから後置きできない状況では広めに使うしかない。

 魔力消費の増加は考慮しないとしても、集中力はじりじりと削られる。


 だが、やられっぱなしでいるつもりはない。


 左右に同時発動した<結界魔法>だが、発動距離は左右で微妙に異なる。

 俺の近くに発動した<結界魔法>を見た右側の騎士は、攻撃を中断して俺の背後に回り込む動きを見せた。


 しかし――――


「なっ……!?」 


 左側の騎士は<結界魔法>を叩いて隙を晒した。

 騎士が下手を打ったわけではなく、騎士の攻撃が当たる場所に<結界魔法>をのだ。


「ひとつ!」


 背後にもう1枚大きめの<結界魔法>を置くと同時に、体勢を崩した騎士に刺突を見舞う。

 俺が突き出した模擬剣の先は盾の横を抜けて騎士の胸に突き立ち、審判役の騎士は撃破判定を示す旗を上げた。


「くっ!」


 片方が落ちれば騎士側に勝機はない。

 残る一人も善戦したが、最後はやはり<結界魔法>で体勢が崩れたところを討ち取られた。


「次!」

「……ッ」


 インターバルはない。

 撃破判定を受けた騎士たちが退場すると、すぐさま次の組が襲い掛かる。

 

 そんな訓練が数時間にわたって続けられた。




「ずいぶんと消耗したようであるな?」

「そりゃ、こんな戦い方すれば、そうなるさ……」


 挟まれないように意識して立ち回ったつもりだったが、後半はほとんどの対戦で挟撃の憂き目にあった。

 集中を欠いて<結界魔法>の発動が雑になり、それが消耗を加速させるという悪循環に陥るとなかなか抜け出すことはできない。

 特に片方の騎士の所在を見失ったときの消耗は大きい。

 視野の外側全体をカバーするために大型の<結界魔法>を複数置く必要があるからだ。


 俺の魔力は膨大であっても無限ではない。

 時間当たりの消費が<リジェネレーション>の回復を上回れば消耗するし、消耗が続けばいつか底をつく。


 実際、今日は数時間の訓練で残存魔力の半分近くを消耗した。

 俺の魔力総量の7割は常にフロルのご飯になっているので全体から見れば1割強に過ぎないが、ここまで消耗するのは本当に珍しい。


「いや、良い訓練になった。やっぱり経験不足は如何ともしがたいな」

「そう言っていただけると、こちらとしてもありがたいですね」


 副官が汗を拭きながら会話に混ざる。

 俺だけが動き続けるのでは不公平ということで、騎士たちは順番を待つ間に別メニューをこなしていた。

 疲弊しているのは騎士たちも同様で、周囲を見ると大の字に転がっている騎士も多かった。


「足りないならもう一勝負するであるか?」

「さっきやっただろうが……」


 騎士たちとの訓練後では疲労が溜まって勝負にならないと訴え、ジークムントとの戦いは最初に済ませた。

 なお、結果はお察しである。


「さて、そろそろお暇するよ」

「おつかれさまでした。また、是非」

「ああ、またな」


 訓練を重ねるにつれ、騎士たちとの関係も大きく変わった。

 最初は睨まれたり警戒されたりということも多かったのに、今では帰り際に手を振ってくれる者もいる。

 ネルやティアを巡って戦ったことも今ではひとつの思い出だ。

 もちろん、二度とやりたいとは思わないが。


 帰り際にフィーネの言葉を思い出し、政庁に寄って魔法銃の許可を申請した。

 B級冒険者のカードは珍しいのだろう、身分証としてスキルカードを差し出すと窓口の職員は驚いて俺の顔を二度見していたが、手続や説明自体は淡々と進んだ。


 許可証は後日屋敷に届けられるそうなので、楽しみにしておくとしよう。






 朝から騎士団の訓練に参加し、入浴で汗を流した後はフロルお手製の昼食をいただく。

 リビングでフロルとスキンシップ兼食事を済ませると、俺は再び屋敷を出た。

 今度の行先は冒険者ギルドだ。


(なんか最近は飲んだくれが多いな……)


 ロビーの面積の3割ほどを占める冒険者たちの待合スペース。

 普段は真剣に何事かを話し合う者たちと隣の酒場から調達した酒とツマミで馬鹿騒ぎする者たちの割合が半々といったところなのだが、今日は全ての席を飲んだくれが占拠していた。

 おそらく竜との戦いで領主が支給した特別報酬で懐が温まったからだろう。


(たしか、基本部分とボーナスで金貨5枚だったか?)


 これはC級冒険者にとっても年収に近い稼ぎになるし、D級冒険者にとってはそれ以上だ。

 働くのが馬鹿らしくなってしまうのも無理はない。


 ただ、彼らが働かないとこの地域の魔獣が増え続ける。

 俺としては彼らの腕が鈍らないうちに仕事に復帰してくれることを願うばかりだ。

 

 なんにせよ、飲んだくれに用はない。

 ロビーの中央を通って冒険者用の窓口へ向かうと、受付嬢たちは暇そうに佇んでいた。

 依頼を受ける冒険者がいないというのは彼女らの収入にいくらかの打撃を与えるはずだが、今は仕方ないと諦め顔。

 近づくと、俺に気づいた受付嬢の一人が笑顔で声を上げた。

 

「おつかれさまです。フィーネさんはお休みなので、代わりに伺いますよ?」

「助かる。ラウラはいるか?」

「確認しますので少々お待ちください」


 一礼して小走りに衝立の向こうへと引っ込んでいく受付嬢を見送った。

 俺の顔を見てすぐフィーネの話が出たところから察するに、フィーネが正式に俺の専属受付嬢となったことはギルド内で周知されているようだ。


 ちなみに、フィーネの予定は俺の方でも把握している。

 今日はローザやアンとともに引っ越し祝いで女子会をすると言っていたので、フロルに頼んで酒とツマミを提供しておいた。

 3人の関係性というか共通点からすると、女子会のトークがどのような内容になるかは大方予想がつくところだが、清廉潔白からは程遠い身である以上、愚痴のネタになるのは諦めるほかない。

 このところ気苦労が多かったはずだから、3人で存分に楽しんでもらいたいものだ。

 

「お待たせしました。2階へどうぞ」


 対応してくれた受付嬢に感謝を伝え、2階へ上がる。

 階段を上りきった場所からラウラの部屋の扉を見て、俺は大きく息を吐いた。

 

(さて……)


 数年前に見習いだったフィーネに案内されて以来、何度も訪れたラウラの部屋だ。

 今更怖気づくこともない。


 俺は部屋の前に立ち、左右を確認してからいつものようにドアをノックする――――フリをして背後を振り返り、直後に頭上を見上げた。


「……ヨシ!」


 速やかにノックを済ませ、返事を待つことはせずドアを開ける。


 敵地に侵入したスパイのごとく左右の確認は速やかに、続いて頭上を――――


「どーん!!」


 見上げた直後、背後から突き飛ばされた俺は無様に絨毯に転がった。


 仕留めた獲物を弄るように、俺の背中に着地したラウラが言う。


「ふふ、お姉さんの勝ちー」

「…………なあ、なんかズルしてないか?」

「アレンちゃん、襲われてからズルだって騒いでも手遅れなんだよー?」


 返す言葉もなく、口から出るのは溜息ばかり。

 

 ズルについて否定しないあたりが、本当にズルいと思った。

 


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