第六章
第321話 新たな装備と三者面談
「これが『セラスの鍵』?」
右腕にぴったりとフィットする鈍色の腕輪を指してフィーネが問う。
俺は頷き、右腕を彼女の顔に近づけた。
「ふうん……」
性能を語って聞かせると、フィーネはまじまじと『セラスの鍵』を観察した。
冒険者ギルドの受付嬢として数年の勤務経験がある彼女だが、こういった魔道具の知識が豊富というわけではない。
それでも彼女が『セラスの鍵』を興味深げに見つめるのは彼女が持つ<アナリシス>が不足する知識をある程度まで補ってくれるからだ。
「便利ね。もう保管庫は設置したの?」
「隣の部屋がそうだ。広さはこの部屋の半分くらいか」
「十分じゃない?それだけあれば大抵の物は収まるでしょ」
フィーネの言う通りだ。
ネルなどは遠征中も入浴できると知って、動かせるタイプの大きな浴槽を探すと張り切っていた。
しかも時間と場所を問わず、フロルが補充できる物なら実質的に際限なく取り出すことができるのだから、容量に関してはクリスやネルの不思議ポーチと比較しても破格の性能だ。
腕輪型だから携帯が楽なのも良い。
しかし、『セラスの鍵』の真価は容量の大きさではない。
「見てろよ?」
『セラスの鍵』に魔力を通す。
すると、何の前触れもなく右手に『スレイヤ』が召喚された。
「へえ、こうなるんだ……」
「こうやって召喚できる物は4つに限られるけどな」
「宝石の数と同じね」
鈍色のセラスの腕輪に嵌め込まれた菱形の宝石たち。
深紅、琥珀、紫紺、群青の宝石は、それぞれ登録したアイテムを即時召喚するためのトリガーだ。
狙って魔力を通すのに多少のコツが必要だが、幸い魔力操作には自信がある。
実際、試行錯誤を始めて間もなく『スレイヤ』の即時召喚には成功した。
ただ、即時召喚の機能を使えることと、その機能を戦術に組み込めることの間には大きな壁が存在するようだ。
今は召喚候補が『スレイヤ』ともうひとつの武器だけで残り2つはブランクの状態であり、昨日から暇を見つけては反復練習を続けているが、交互に素早く召喚と収納を繰り返すだけでもなかなか集中力を消耗する。
感覚的には、楽器の練習が近いだろうか。
ゆっくりだと間違えようもない動きでも、速度を上げると難易度が飛躍的に高まる。
正確な魔力操作には、地道な訓練が欠かせないのだ。
俺は『スレイヤ』を収納し、もうひとつの武器を取り出した。
すぐさまそれを収納し、『スレイヤ』を再召喚する。
この1セットで1秒を切れるようになることが当面の目標だ。
「今、一瞬見えたのは何?」
「これか?」
俺の手には武器が握られている。
愛剣『スレイヤ』は言うに及ばず、街中で護身用に携帯する片手剣よりもずっと小さい。
俺の新たなサブウェポン――――それはハイネが使っていた魔法銃だ。
起動して引き金に指を当てると所持者の魔力から自動的に弾丸を生成し、引き金を引くと弾丸が発射される仕組みの銃型魔道具。
ハンドガンのようなフォルムのそれは、まるでずっと使い続けてきた剣の柄のように手に馴染んだ。
(うん、何度見ても素晴らしい……)
ラウラによると彼女の胸を貫いた金属製の弾丸は<土魔法>の一種であるらしい。
射程は弓と比べて大幅に劣るが、威力はそこそこだし連射速度は弓よりずっと速い。
何より銃にはロマンがある。
剣と魔法も素晴らしいが、銃には銃の魅力があるのだ。
満足げに魔法銃を眺める俺の背後から、呆れを含んだ溜息が漏れた。
「魔法銃は禁制品よ」
「…………………………」
なんだろう、この気持ち。
思えば俺が魔法銃を所望したとき、ラウラは嬉しそうに快諾してくれたのだった。
やけにあっさり頷くものだと思ったが、こうなることをわかっていて期待に胸を膨らませる俺を嘲笑っていたのだとしたら、俺はラウラを許せないかもしれない。
肩を落とす俺の耳元で、フィーネがクスクスと笑った。
「もう……。政庁で許可をもらえば大丈夫だったと思うから、そんなに落ちこまないの」
「許可制なのか。そうか、良かった……」
ラウラとの戦争は回避されたようだ。
やはり世の中は平和に限る。
俺は安堵から大きく息を吐く。
手続で許可がもらえるなら、しっかりと正当な手順を踏むべきだ。
横紙破りばかりではユンカースに呆れられてしまうし、ただでさえ無理を通したばかりなのだから。
「ん……」
魔法銃を眺めていると、耳元でフィーネの口唇が音を立てた。
漏れた吐息は心なしか不満げだ。
俺と話をしながら、彼女はベッドの端に腰掛ける俺の背に寄り添い、首に腕を回している。
背中に感じる肌の温度と柔らかさから彼女がまだ一糸まとわぬ姿でいることが察せられ、それを意識すると少しずつ気持ちが昂ってくる。
俺は回された腕を優しく外し、ベッド脇のテーブルに用意された水差しからグラスに水を注いだ。
一口含んでからフィーネに差し出し、彼女がそれに口を付ける間にカーテンを少しだけ引いて外の様子を眺める。
(晴れか……)
まだ低い位置にある日の光に目を細めた。
今日の予定は決まっているが、都市は朝を迎えて動き出したばかり。
自由気ままな冒険者には、まだベッドの中で過ごす猶予が与えられている。
「フィーネ」
フィーネを抱き寄せて耳元でささやくと、彼女は身体から力を抜いて俺に身を任せた。
◇ ◇ ◇
自由気ままな冒険者も、日がな一日享楽に耽っているわけにもいかない。
遅めの朝食を済ませて街歩き用の服に身を包むと、俺はフィーネを伴って冒険者ギルドに向かった。
「それじゃ、ラウラには伝えてあるからよろしく頼む」
「お金の計量なんてすぐ終わるわよ、もう……」
ハイネから頂戴した金銀銅貨の山を俺の口座の残高に替えるお仕事。
単なるカウントなどでは済まない重労働であるはずだが、俺の心配をよそにフィーネは任せておけと胸を張った。
(まあ、別に急ぐわけでもないしな……)
終わらなければ適当に切り上げていいと伝えてフィーネと別れ、俺はギルドマスターのところへと向かう。
応接室で待つよう事務官から伝えられたが、事前に来訪時間と用件を伝えていたこともあってほとんど待たされることもなかった。
「悪いな、わざわざ時間を取ってもらって」
「なに、気にする必要はない。これもギルドマスターとして必要な仕事だ」
仏頂面こそ変わらない。
しかし、完全にこちらの事情に付き合わせているにもかかわらず、ギルドマスターのドミニク・バルテンは気にした様子もなく応じてくれた。
散々いいように使われてきた身としては、この対応に違和感しかない。
「どうした?」
「今更蒸し返す気はないが、人様を捨て駒扱いする冷酷なギルドマスターが……と思ってな」
「なんだ、そんなことか」
「いや、そんなことって……」
「都市に来たばかりのD級冒険者と、都市に根付いたB級冒険者。これを同列に扱うようならギルドマスターなど務まらん」
事務官が淹れたお茶を味わいながらドミニクは悪びれもせずに宣った。
死にかけた身としては言い返したくもなるが、ここでこいつと言い争ったところで得られる物など何もなく、俺は喉まで上がってきた言葉をお茶と一緒に呑み下す。
その後は、『鋼の檻』の続報や都市に襲来した竜の話など有益な情報がもたらされ、俺はドミニクの話に聞き入った。
まず、『鋼の檻』は端的に言って壊滅状態だという。
俺たち『黎明』が構成員を100人近く削り、ラウラが幹部を軒並み処刑。
それだけでも致命的な弱体化を避けられない甚大な被害だが、フェリクスとその取り巻き連中がギルドからの緊急依頼を無視したことで冒険者ギルドから睨まれ、更には都市の外出禁令を破って西門を強行突破したことで領主から追手まで掛かっている。
『鋼の檻』が本来の勢力を保っていれば、利用価値を考慮した交易都市冒険者ギルドや交易都市領主の介入があってもおかしくないが、現状の『鋼の檻』にそこまでする価値はないだろう。
立て直そうにも総長のハイネは衛士隊に囚われて檻の中だし、フェリクスは領主の追手から逃げ隠れするのに必死でそれどころではない。
一時は交易都市に本拠地を置き『鋼の檻』を利用するアンセルム商会が支援に動いたとも聞いたが、すぐに手のひらを返して『鋼の檻』を切り捨てたらしい。
もはや空中分解は時間の問題という様相だ。
次に、竜との決戦。
ティアは役目を終えて早々に撤退したので後半戦の後の話は初めて聞くが、ラウラを含めた精霊と巨竜の戦いに参加できる人間代表ジークムントは、やはり化け物染みている。
ドミニクは「お前が居れば。」などと言うが、大剣が埋まるほど押し込んでようやくダメージが入るような巨竜を相手にどうしろというのか。
斬れるかどうかもわからないが、斬ったところで大してダメージにならないのでは俺にできることなどないに等しい。
そして――――
「大魔法か……」
「現役時代にも見たことがないほど強力なもの、それも連発だ。おそらくは複雑な術式を組み合わた儀式魔法……貴重な魔道具で威力を向上させているのだろうが、それを差し引いてもあまりにな……」
ドミニクは語らなかったが、領主サイドに強力な魔法使いの存在が判明したことで都市内のパワーバランスが向こう側に傾くことを懸念しているようだ。
竜との戦いを勝利に導いた領主の力が強くなる一方で、まずいことに冒険者はまたしても数を減らしたらしい。
(そこを補うことを期待されているからこそ、この好待遇ということかね……?)
ただし、ご利用は計画的に。
でないと、いつかとんでもないことに巻き込まれそうだ。
「そろそろ時間だな」
こちらからの情報提供も済んだ頃、俺の隣に腰を下ろすドミニクが呟いた。
ともすれば帰れと言われているようにも聞こえるこの言葉。
しかし、今日に限って言えば字句通りの意味で受け取るのが正しい。
ドミニクの呟きから間もなく、応接室の扉がノックされた。
「し、失礼します」
入室したのは動きがガチガチに硬くなった一人のD級冒険者だった。
ギルドマスターであり元A級冒険者のドミニクに呼び出され、よほど緊張していると見える。
「座れ」
「は、はい!」
ドミニクの正面に掛けた男はソファーの柔らかさに体勢を崩しそうになりながら、背筋を伸ばしてドミニクと相対する。
男の視線は時々こちらの様子を窺っているが、俺はソファーの隅で肘掛けに頬杖ついて傍観するだけだ。
「さて、早速だが聞きたいことがある。ギルド職員のフィーネに関することだ」
「す、すいません!すいませんでした……!」
男は額がテーブルに着くほど深く頭を下げ、ガタガタと震えている。
それもそのはず、この男はフィーネ娼婦化計画の参加者であり、フィーネへのセクハラに飽き足らず他の冒険者への嫌がらせも行っていた阿呆の一人だ。
ギルドマスターに叱責される心当たりなど、いくらでもあるだろう。
以前は受付嬢へのオイタが過ぎるとギルドマスターが出張ってきてお仕置きがあったものだが、最近のドミニクはそういったことに緩くなった。
だから阿呆が調子づいて次第にエスカレートしたのだろうが、こうして呼び出された以上、もう逃げられないと諦めたようだ。
「知っていることを全て話せ。他の者より情報が多ければ、処分に手心を加えてやる」
裏を返せば自分が隠した情報を他のメンバーが白状した場合、相対的に処分が重くなるということだ。
他のメンバーも順に呼び込んで事情聴取を行うことを伝えると、男は怒涛の勢いで罪状を打ち明けた。
「やれやれ、呆れたものだな……」
ドミニクがそう呟いたのは、予定している人数の半分ほどから聴取を済ませたときだった。
理解に苦しむという顔だが、俺からすれば締め付けなければ緩むのが当然だ。
「自由にさせ過ぎた弊害だな。俺が言うのもなんだが、冒険者なんて締めるところは締めないと、どこまでもつけあがるぞ?」
「冒険者の数を十分に確保できるなら、そうなのだがな……。騎士として身を立てる実力もなく、衛士として雇用されるほどの誠実さも持たないろくでなしでも、魔獣の間引きくらいはできる。これ以上数が減れば、市民の生活を脅かしかねん」
俺は目を丸くしてドミニクを凝視した。
こいつの口から市民の生活なんて言葉が出るとは思わなかったからだ。
「何のためにギルドの勢力を伸ばしていると?全ては貴族や魔獣の脅威から、市民を守るためにやってきたことだ」
「へえ……」
「へえ、ではない。お前も上級冒険者となったからには、その辺りを気にしてもらわねば困る。そもそも――――」
あまりに予想外のことで気の抜けた返事をしたら、説教が始まってしまった。
これ以上ドミニクの心労を増やすのも忍びないので、今日のところは素直に聞いておくことにした。
「さて、これで全員だな」
休憩を挟みながら事情聴取を繰り返し、8人目か9人目の男が出て行ったところでドミニクが面談の終了を告げた。
予想外の言葉に数秒呆けてから、俺はドミニクに疑義を呈す。
「おい、主犯はどうした?」
最も諦めの悪そうな若い男。
あいつに釘を刺すことが今日の面談の目的だ。
にもかかわらず、あの男はまだこの場に現れていない。
ここで終わっては片手落ちもいいところだ。
しかし、ドミニクは大きな体をソファーに預け、どっしりと構えて腕を組む。
その様子は詫びるでもなく悪びれるでもなく、どちらかというとこちらを責めているようにも見えた。
「探したが見つからなかった。ここ数日、誰も姿を見ていないそうだ。奴が住処にしている貸家にも帰った痕跡がない。どういうことだろうな?」
こちらに向けられた視線には疑念が込められている。
視線の意味を測りかねて黙ることしばし。
ようやく俺は、ドミニクの視線の意味を理解した。
「……俺はやってないぞ?」
「お前がやったとは言っていないが?」
そう言いつつ、ドミニクは俺がやったと確信している顔だった。
疑いたくなる気持ちはわかるし、実際にネルやクリスなどは本心から殺してしまえと言っていた。
フィーネとあの男を天秤に乗せればどちらに傾くかは論ずるまでもなく、ゆえにどうしようもないところまで行けばその選択肢も排除しないつもりだった。
しかし、それはあくまで最終手段としての話だ。
だからこそこうして話し合いの場を設けたというのに、なぜすでに俺が処理した前提で話が進んでいるのか。
酷い濡れ衣を着せられ眉をひそめたが、そうさせたドミニクは俺の反論を聞く気はないようだ。
俺に手のひらを向けて発言を制し、そのまま立ち上がって背を向けた。
「今回の件は馬鹿がやり過ぎたと思っておく。だが、先ほど伝えたことは心に留めて置け」
扉が閉まり、応接室には俺一人が残される。
ぐったりとソファーにもたれて天井を見上げた。
「……解せない」
俺の呟きは誰の耳にも届くことなく、溜息とともに空気に溶けて消えた。
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