第316話 閑話:A_fairytale_15
「ふう……」
マスターからいただく食事に舌鼓を打ち、台所横の使用人室から出る。
蜜のように甘くて美味しい魔力の味は契約印経由でも変わらない。
もちろん直接もらう方が好きだけれど、マスターは2階でフィーネ様とお話中だ。
マスターの快適な生活を守るという使命を果たすため、邪魔するわけにはいかない。
「戻りました」
「おかえり、シエル」
リビングをうろつきながら宴会で提供する料理について考えていると、フィーネ様にまつわる情報収集を頼んでいたシエルが帰還した。
情報収集の主目的は、フィーネ様を害そうとする者たちの動きが鎮静化したかどうかの確認だった。
マスターを含む数名による演劇は、フィーネ様に敵対意識や害意を持つ者たちにとって極めて強力な牽制となったはずだけど――――
「どう?」
「概ね無害化できています。例外を1名、地下に確保していますが、処理してよろしいですか?」
理屈で動かない、端的に言えば頭の良くない人間がいることを私は知っている。
そういう人たちが暴発しないように陰ながら動くことも、マスターの平穏を守るためには大事なことだ。
「一応、見ておく」
今日のデザートは前回好評だったクッキーアイスクリームにしよう。
そんなことを思いながら、シエルに続いて地下へと向かった。
華美なエントランスホールの階段の裏側にある倉庫や用具室。
マスターが立ち入らない部屋のひとつに隠された階段を使い、地下へと降りる。
配下の妖精たちの住処、あるいは仕事場。
マスターに内緒で収集したあれこれの保管所。
そういった目的のために用意した地下区画は、地上に確保した建物が増えるにつれ役割を終えつつある。
そんな中で空いたスペースに与えられた新たな役割があった。
それは、牢屋としての役割だ。
「ふざけんな!出せ!ここから出せ!!」
地下区画の奥、いくつもの扉に隔てられた先に男はいた。
フィーネ様に危害を加えようとしていた人たちの中でも、特に危険な人だと聞いている。
「フィーネ様と共に屋敷に向かっていたアレン様を尾行していたところを確保しました。屋敷への武力行使を企図したようです。放置しても成算はなかったのですが、フィーネ様をこれ以上不安にさせるべきではないと考えまして」
男はシエルの言葉を聞いて目を剥いた。
瞳の中に怒りが宿り、それを感情に任せて吐き出している。
「お前ら、アレンの差し金か!こんなことしてどうなるかわかってんのか、ああ!?」
鉄柵を両手で握り締め、渾身の力で壊そうとしながら罵声を吐き出す。
牢屋がそんなことで壊れるはずがないのに、やっぱり頭が悪い人なのだろう。
「フィーネを解放しろ!フィーネを返せば黙っててやってもいい!」
「フィーネ様をどうするつもりですか?」
「決まってんだろ。俺がフィーネを幸せにしてやるのさ。俺は――――」
シエルの誘導で男の目的が明らかになる。
男によると、男はこれから冒険者として成功し、フィーネ様と結ばれ、フィーネ様との間に子をもうけて幸せに暮らすという。
しかし、肝心の冒険者として成功する部分に具体性はなく、ただ妄想を垂れ流しているだけのように見えた。
「娼館から救い出すのが運命的だと思ったが、まあ、それはいい。代わりに悪い冒険者から救い出すことにした。邪魔すると酷いことになるぞ?」
男は獰猛に笑い、私たちを威嚇する。
しかし、私やシエルがD級冒険者に怯えるわけもなく、それを相手にするほど暇でもなかった。
「確認した。方法は任せる」
目の前の生き物を処分すべき生ごみと見なし、後の処理をシエルに任せて背を向ける。
淡々と首を落とされるか、薬の実験に使われるか、それとも妖精たちのおやつとして飼われるか。
男の行く末に特に興味はなかった。
「おい、フィーネはどこだ!早く連れてこい!」
「フィーネ様はマスターとお楽しみ中。ここへは来ない」
だから、答えたのはただの気まぐれだ。
フィーネ様をの幸せを願う男がフィーネ様に会うことは二度とない。
だから、せめてフィーネ様が幸せになるということを伝えてあげようと思ったのだ。
「…………」
男はポカンと口を開け、間抜けな顔をしている。
どうやら私の言葉を理解できなかったらしい。
かわいそうなので、私はわかりやすい言葉で言い直した。
「フィーネ様はベッドでマスターと抱き合っている。そのうち子どもができて、フィーネ様は幸せになる。フィーネ様と子どもの安全は私たちが保障する。だから、あなたが心配することは何もない」
男はようやく私の言葉を理解できたようだ。
男の顔は憤怒に歪み、吐き出される罵声は留まるところを知らない。
(マスターと結ばれた方が、幸せになるに決まってるのに……)
結局、男はフィーネ様の幸せなんてどうでも良くて、フィーネ様を自分のものにしたいだけなのだろう。
確認は必要だったけれど、最後のやりとりは無駄だった。
心の中で反省しながら宴会の準備のため地上へ戻る。
「さてと……」
料理の支度をしながら私はマスターのことを考える。
ここ半月ほどでマスターの行動は大きく変わった。
屋敷に女を囲ったから歓楽街に行く回数が減り、屋敷にいる時間が増えたのだ。
今もマスターはフィーネ様の部屋にいて、しばらく出てこないだろう。
(愛妾と専属娼婦と恋人の違いは、よくわからないけれど……)
マスターに守られ、マスターだけに抱かれる。
同じようなものなのに呼び方が沢山ある。
序列の話なのだろうか。
待遇に差をつける必要があるなら、早めに教えて欲しいと思った。
◇ ◇ ◇
夜が更け、宴会はお開き。
お皿を片付けてリビングを軽く清掃した私は、使用人室で少しだけ残った料理を摘まみながら手帳を開いた。
指でなぞるのは汚い文字と拙い文章。
マスターの命令と要望が記された、私の原点だ。
「ふふ……」
マスターの要望を叶えた項目には丸印を付けている。
今日は、「私も家妖精の英雄になる」という部分に丸を付けた。
竜の討伐は英雄の証というから、魔法で竜を撃退した私は家妖精の英雄と言っても過言ではないはずだ。
マスターと出会って半年。
丸印は順調に増え続けている。
一回叶えたら終わりというわけではない、「マスターが安心して過ごせるようにする」や「マスターの剣を強くする」のような、定期的にやる必要があることも欠かさずやっている。
(そろそろ剣の術式を上書きしようかな……)
剣の強化方法は火妖精と土妖精が確立してくれた。
術者の魔力が高いほど効果が高くなる術式だから時々上書きが必要になる。
マスターのおかげで力を増し続ける私にできる、ささやかなお返しだ。
手帳に書かれた項目で、一度も叶えていない項目は2つだけ。
そのうちひとつを声に出して読み上げた。
「火が出る鉄の箱をつくってなぎ払う」
長らくマスターの意図が不明だったこの項目。
最近になって、ようやく解決の糸口が見えた。
『魔導砲の基部を箱型の頑丈な造りにすれば、射程や威力が上がるかもしれません。<火魔法>の砲弾なら、火が出る鉄の箱になりませんか?』
何気ない雑談の中でそうこぼした火妖精には特別賞として魔力の雫を進呈した。
目下、土妖精と一緒に手が空いた時間を使って開発に取り組んでもらっている。
場所は流石に屋敷の地下では無理があるので、都市の外壁を一部借りることにした。
外壁の強度が落ちないように魔法をかけているし、使っていない部分なら私が使っても問題ないはずだ。
そして――――残る項目は1つ。
マスターからの最後の試練。
「マスターと話すのはダメ」
思わず頬が緩む。
思いつきで始めた『妖精のお手製』は思わぬ効果を上げた。
店内では妖精が動き回り、言葉を話して人間と交流する。
そのことに驚く人間は日を追うごとに少なくなっている。
都市内で見かけられる頻度も増やした。
徐々に、しかし確実に、“外に出て言葉を話す家妖精”は人々に浸透している。
この項目に丸印が付く日は、決して遠い日のことではないはずだ。
ふと、天井を見上げる。
(今日は仲間の女が客室にいるから、マスターの寝室にはマスターだけ……)
そのことに気づいた私は、手早く手帳をしまって上機嫌に2階へと向かう。
今日は久しぶりにマスターと一緒に寝ることができそうだ。
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