第313話 閑話:竜vs辺境都市9
side:辺境都市領主 ミハイル・フォン・オーバーハウゼン
竜の襲来と決死の迎撃戦から一夜明けた。
結局は竜を1体も討伐できなかった冒険者たちであるが、私はその健闘を称え特別報酬として計5枚の金貨を支払い、騎士たちにも同額を支給した。
大金を得て浮かれた冒険者たちは大通りで馬鹿騒ぎを始め、商機を見出した者たちがそれを囲んだため、政庁主導で都市中央噴水周辺を宴会場として開放した。
戦費を回収すべきと主張するユンカースの提案で商人から場所代を徴収しているが、あれだけの馬鹿騒ぎで客は多い。
商人たちも十分な利益を得ることができるだろう。
現在も、外ではお祭り騒ぎが続いている。
冒険者や休暇中の騎士だけでなく、市民も一緒になって大騒ぎだ。
あれほど大規模な戦闘を隠すことなどできはしない。
竜が飛来するところや、竜と精霊の空中戦を目撃した市民もいることだろう。
暴動にこそならなかったが、最後は衛士の手には負えぬほど多くの市民が不安から家の外に出ていたと聞いている。
だから、無事に今日を迎えた者たちが騒ぎに興じるのも仕方のないことだ。
衛士長には今日までは多少の騒ぎを大目に見るよう指示している。
もちろん、これは市民に対する慈悲だけの話ではない。
焼け焦げた巨大な竜鱗。
欠けた牙と角。
集まった市民たちは厳重な警備に守られたそれを目にすることになる。
その威容は市民の興奮を煽り、領主家の権威を高めるのに一役買うだろう。
そして市民は騎士や冒険者たちに英雄譚を求め、激闘を生き抜いた者たちは口々にそれを語る。
竜に果敢に立ち向かった剣士たちの奮闘。
竜に打撃を与えた魔法使いの活躍。
不仲を越えて手を取り合った精霊たちの共闘。
彼らが語る内容は様々だが、締めくくりは必ず同じ。
『激闘の末、領主に仕える魔法使いが放った大魔法によって、ついに竜は撃退された!』
実に素晴らしい語りだ。
竜を撃退した事実は風のように帝国内に広がり、オーバーハウゼン家の影響力はかつてないほどに大きくなるだろう。
帝都では早くも、侯爵への陞爵は当家で決まりだという声が上がり始め、候補となる他家は単なるうわさに過ぎないと打ち消しに躍起になっているという。
陞爵の話は横に置いても、昨日の決戦はミハイル・フォン・オーバーハウゼンという貴族にとって、人生最大の偉業となることは間違いない。
私自身、誇らしくてたまらない。
ただ一点、竜を打倒した大魔法使いなど当家にはいないという事実を棚上げにすれば。
「して、何か掴めたか?」
「恥ずかしながら……」
「いや、よい。苦労を掛けたな」
我が居城にある大会議場。
出席者の視線が集まる中、起立した衛士長は疲れきった様子で語った。
彼にも休息をとるよう促していたが、この様子だと働き詰めだろう。
(まあ、無理もないか……)
都市を統べると主張する強大な力を持つ何者かの存在が明らかとなったのだ。
都市の治安を預かる者として胃痛は留まるところを知らないはず。
もちろん、この都市の領主である私も全く同様の思いだった。
「では、竜の前に現れた者たちについてはどうだ?」
正体不明の存在は竜を打倒した大魔法使いだけではない。
場違いなメイド服で戦場に現れた二人の少女にしても我々が掴んでいない存在だった。
片方は騎士団の最高戦力であるジークムントに比肩する戦闘力を発揮して竜に手傷を負わせ、もう片方はどこからか用意した卵と薬でもって竜を撤退させた。
いずれも大魔法使いの配下と思われる者たちだ。
「戦闘に加わった少女については調査中です。しかし、交渉を担った少女については、確認中ですがよく似た者の目撃情報を得ることができました」
「ほう?わかっている範囲でいい、話せ」
期待していなかったが予想外の報告があった。
疲労も蓄積しているだろうに仕事が早い。
彼の貢献には、必ず報いねばなるまい。
「名はシエル。西通りに面する『妖精のお手製』という服飾店、菓子店の経営者です。店ができたのはこの春のことですが、商品が極めて高品質であること、そして従業員の全てが妖精であることで市中で噂になっているようです」
「『妖精のお手製』か……。聞いたことがあるな」
たしか配下の無能な貴族が不敬だなんだと騒いでいたのだった。
宥めすかして黙らせたが、あるいはこれを利用する手もあるだろうか。
今後の動きについて思案していると、会議室の扉を乱暴に開け放つ者がいた。
「れ、レーナ様……」
侵入者を迎撃すべく警備兵が剣を構えるが、すぐに困り顔で構えを解いた。
当のレーナは警備の者に構いもせず、契約者であるオスカーに一直線だ。
「逃げるよ!」
「え、何で?」
「いいから、もう時間が……ッ!?」
彼女は口を噤むと跳躍して会議室のテーブルに飛び乗った。
いくらなんでも小言のひとつも必要かと思い口を開きかけたが――――私の口が言葉を発することはなかった。
レーナの視線の先にいる何者かの存在に気づいたからだ。
「シエルと申します。お取込み中、失礼いたします」
薄桃色の髪を揺らし、メイド服の少女が深々と一礼する。
間違いない。
まさに話題となっていた当人だった。
「まずは、突然の訪問をお詫びします」
少女は何事もなかったかのように語り始める。
この場で最も強いレーナが少女を警戒したまま動かないことで、警備兵も動きを決めかねていた。
その間にも、少女は訪問の目的を語り続け、我々を交渉の場に引き込もうとする。
「――――互いに都市を統べる者同士、譲れぬ事もありましょう。しかし、私たちは互いのことを全く知りません。不幸なすれ違いが発生する前に、一度話し合いの場を持つ必要があると考え、こうして参上した次第です。話し合いで済むことであれば、話し合いで解決を図る方が合理的です。あなた方もそうは思いませんか?」
少女はこちらに投げかけた。
相手は竜を打倒し得る者たちだ。
返答を誤れば今度こそ都市が滅びるかもしれない。
しかし――――
「都市を統べるなどと宣う者たちと、友好的な話し合いができるとは思わない」
私はこの都市の領主だ。
その前提を放棄して、交渉を行うことなど許されない。
少なからず少女の機嫌を損ねることを覚悟して放った言葉に、少女は変わらぬ態度で応じた。
「これはおかしなことを。つい先ほどまで、この場所はレーナ様の支配領域でありましたが?」
「……ふむ、なるほど」
少女の返答は私にとって思いのほか飲み込みやすいものだった。
領有の主張は基本的に同族に対して行われる。
私の屋敷は領主ミハイル・フォン・オーバーハウゼンの支配地であると同時に火精霊レーナの支配領域であり、あるいはどこかの小動物の縄張りかもしれないということだ。
たしかに私が領主であることと矛盾はない。
しかし、私はふとおかしなことに気がついた。
「つい先ほどまで、と言ったかな?」
ならば、今この場所を支配しているのは誰なのか。
額に汗が滲んだ。
こちらの焦りを知ってか知らずか。
薄桃色の少女は微笑を浮かべたまま、あくまで友好的な態度で語り続ける。
「話を単純にするための一時的なものです。この話が終わり次第、この屋敷の支配権はレーナ様にお返しすると約束しましょう」
「それは結構なことだ」
レーナは支配権とやらを奪われていることを否定しない。
それがどういったものなのかすら判然としないが、レーナの焦りようを見ると武力的に制圧されていると見るのが妥当だろうか。
「その提案に答える前に、ふたつ尋ねても良いかな?」
「私にお答えできることであれば」
「竜の卵。竜が襲来した原因はアレのようだが、あれは其方らが持ち込んだものか?」
「否定します。都市に卵を持ち込んだのは南東区域の人間です。それを手柄として、ならず者集団の中で立場を確保したかったようですが、竜が追ってくる危険は認識していなかったと証言しています。現在は、ならず者集団が捕えていますので、直接尋ねてみるのも良いでしょう」
竜の卵について非常に詳しい説明が示された。
(いや、そうでなくては卵を確保することなどできないか……)
我々は都市内に竜の卵があることすら知らなかったのだ。
これまで都市外門の自由通行を認めてきたが、検問の実施について検討すべきかもしれない。
しかし、それは後でも良い。
もうひとつ、大事なことを少女に尋ねなければならない。
「では、もうひとつ。其方らの目的は、一体なんだ?」
「それでしたら簡単なことです」
少女は胸に手を当てて上品に微笑むと、望むまでもないことを堂々と告げた。
「我々の望みは、この都市が平穏であり続けること。そのために、オーバーハウゼン家が今後も安定した統治を行うことを望みます」
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