第312話 閑話:竜vs辺境都市8
side:辺境都市領主騎士団 ジークムント・トレーガー
戦場に現れた新たな少女。
薄桃色の長髪をなびかせ、武器も持たずに竜に相対する彼女もまた家妖精か。
武器の代わりに両手で抱える荷物は一抱え程もある。
少女は荷物を大地に置き、覆っていた布を外す。
布の隙間から現れたのは大きな卵だった。
「お探しのものをお返しします。どうぞお引き取りを」
レーナとラウラが息を飲んだ。
無理もない。
竜の卵――――それが孕む危険性は誰もが知っている。
それを持ち出して竜に滅ぼされた国や都市の話など、御伽噺でも語り尽くされるほどに有名だ。
(そんなものが、なぜここに……)
話が見えず様子を窺っていると、レーナと戦っていた幼竜が卵の下に舞い降りた。
嬉しそうに鼻を撫でつけ、口にくわえて飛び立つと戦闘には戻らず成竜の背後に隠れてしまう。
どうやら竜たちがあの卵を探して都市へ飛来したのは間違いなさそうだ。
ならば、これで彼らの目的は果たされたのだろうか。
草原を風が撫でる。
誰もが竜の反応を窺っていた。
『フザケルナ……』
強烈な思念が吹き荒れる。
『許セルハズ、無カロウガ……!!』
耐え続けた竜の怒りが解放された。
その視線の先には守るべき都市。
空間が歪むと錯覚するほどの魔力が竜の口内に集中する。
「さっきのが全力じゃなかったの!?」
「これはちょっと……」
「シエルが怒らせるから!」
「ココルがやり過ぎたんです。私は時間稼ぎでいいと言いました」
精霊と妖精が言い争う間も、竜がもたらす終焉が刻々と迫る。
「ラウラ!!」
「無理を言わないでー」
ラウラは防衛を諦めたのか、ブレスの射線を大きく外れるように移動する。
一方、レーナは鬼気迫る表情で竜の前に立ちふさがった。
「絶対にさせないから!!」
レーナは竜から距離を取って都市を背後に庇い、炎の障壁を展開する。
厚みを重視した歪な障壁には、膨大な魔力が込められていた。
しかし――――
「オスカーたちは、私が守るんだから!!」
レーナもわかっているはずだ。
竜のブレスを防ぐことは難しいだろう。
万全の状態でも至難であり、消耗している今ならばなおさらだ。
それでも行動せずにはいられないのだ。
「ふんっ!!」
無駄な足掻きと知りながら、竜の腹から突き出た柄に再び小楯を撃ち込む。
しかし、怒りで我を忘れた竜の気を些かも引くことはできなかった。
(何か、何か手は……!)
起死回生の一手を探して草原を駆ける。
ラウラと妖精たちはすでに戦闘を放棄した。
レーナは悲壮な覚悟でブレスの射線に身を投げ出している。
自分に、何かできることはないのか。
探し求めたそれは見つからぬまま。
ついに、そのときを迎えてしまった。
『我ガ子ヲ攫イ、我ヲ愚弄シタ報イ……、シカト、歴史ニ刻ムガイイ!!』
溜め込まれた魔力が膨れ上がり、今にも放たれる――――その瞬間。
膨大な魔力が、体を圧し潰すような戦慄を伴って都市の内側から放たれた。
「――――ッ!」
直視できないほど鮮烈な青い光と聴覚を破壊するような轟音。
余波に焼かれた身体が、衝撃によって木の葉のように吹き飛ばされる。
受け身も取れずに草原を転がった先で、這いつくばりながら顔を上げた私が目にしたもの。
それは――――
「ばかな……」
眩い光を放つ青い雷。
それは巨大な槌のように竜を打ち据えていた。
強靭な鱗、強力な魔術防御、膨大な体力がそう見せているだけで、竜は無敵ではない。
防御を突破してダメージを与えれば竜の体力を削ることができ、その勢いが回復力を上回ればいつか体力が尽き果てる。
そんな何の役にも立たないはずの空論が、現実として目の前に顕現していた。
竜の魔法防御を貫通する強大な魔法は何度も何度も執拗に降り注ぎ、絶対強者である竜が絶叫する。
そんな理解できない光景を、私は何もできずにただ見守り続けた。
永遠に続くような時間もいつしか終わりを迎え、そこには魔力が淀み火花を散らす空間が残される。
そして――――
『グ……ガァ……』
満身創痍となった竜が、地響きとともに草原に体を横たえた。
堅牢を誇る竜鱗はそこかしこで剥がれ落ち、肉は焼け焦げ翼は破れ、牙や角も欠けている。
それでも地を這う者と同じ視線を共有することは耐えられぬというのか。
竜は残る力を振り絞り、わずかに首を持ち上げた。
その竜の眼前にゆっくりと歩み寄る者がいる。
ココルにシエルと呼ばれていた薄桃色の少女だった。
「都市を統べる、我らが長から言伝を」
そういって、少女は両手を広げた。
「卵を奪った愚か者に代わり非礼を詫びる。幼子は再び飛べるように傷を癒す。それでも我慢がならないならば――――」
悠然と、そして堂々と。
それはまるで教え子を諫める教師か、あるいは刑を執行する処刑人のように。
「この都市を害するものを、私は決して許さない。幼子諸共、この大地に骸を晒せ」
言伝は終わり――――そう告げる代わりに少女は姿勢を正して一礼、そのまま竜の背後に隠れた幼竜に近づいた。
そうはさせじと牙を剥く竜に、少女は告げる。
「片方は槍が喉奥に、片方は腐食液が体内に。死ぬことはないでしょうが、長く苦しむことになるでしょう」
『…………』
幼竜に歩み寄る少女を、竜は見送った。
少女は弱った幼竜に手をかざす。
幼竜が咽るように口を開けると、その口内から槍が飛び出した。
槍は少女の指に従って踊るようにくるくると踊り、草原に突き立つ。
それと入れ替わるように、どこからか取り出した小瓶が宙を舞って幼竜の口の中へ。
劇的な変化は見られないが治療薬を飲ませたのだろう。
もう片方の幼竜にも小瓶を放り、少女は再び元の位置へ――――
「これで最後ですね」
『グッ……』
戻る最中、竜の腹に深々と刺さった大剣がひとりでに抜け落ちた。
少女はもうひとつ小瓶を取り出して薬液を丁寧に傷に掛けると、私と妖精が付けた傷跡は少しずつ癒えていった。
竜はゆっくりと体を起こし、少女を見下ろす。
少女もただ、少し離れた場所から無言で竜を見つめていた。
「あ……」
しばらくして、弱り切っていた幼竜が空を飛んだ。
2体はじゃれるようにして空に上がっていく。
『礼ハ言ワヌゾ……』
竜は飛び立った。
大空を羽ばたく竜を邪魔するものは何もなく、誰もがそれを呆然と見送った。
そして――――
「我々の勝利だ!!勝鬨を上げろ!!」
地が揺らす歓声が、草原に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます