第311話 閑話:竜vs辺境都市7
side:辺境都市領主騎士団 ジークムント・トレーガー
「あんた、あのときの!?」
「こんにちは、侵入者さん!」
「誰が侵入者か!!」
少女にしては短い薄緑色の髪とメイド服を整えながら、ココルと名乗る少女は笑う。
仲はやはり良好ではないようで、刺々しい会話が繰り広げられた。
「家妖精……。ふーん、そうきたかー……」
ラウラは少女を一瞥し、ブレスを受けた外壁の方を眺めて呟く。
こちらも何か知っているようだが、それ以上は語ることなく再び竜を見据えた。
「ココルちゃん、レーナに構ってていいのー?」
「あ、そうだった!ココルは竜を倒すの手伝うんだった!」
「くっ……!」
家妖精ココルは竜に大剣を向け、正眼に構える。
その様子を見てレーナも苦々しげに竜に向き直った。
『…………』
場違いな会話が繰り広げられる間、竜は動かずに待っていた。
時折背後に庇った幼竜の様子を気にしているが、すでに戦いに復帰した1体より明らかに回復が遅い。
総攻撃がよほど効いていると見える。
しかし、それも永遠ではない。
今のうちに竜の体力を削れるだけ削るのだ。
「ココルちゃんとジークムントは母親の方。レーナは子どもの方をお願いねー」
レーナは舌打ちしながら幼竜に向かう。
<火魔法>は竜と相性が悪い。
ココルの斬撃が有効であるなら、この組み合わせが最も有効だった。
「いくよ!!」
吹き寄せる火炎と横薙ぎの尾を軽やかにかわし、ココルが草原を駆ける。
竜を斬りつけて間髪入れずに跳躍すると、妖精の居た場所を火炎が焼く。
「ぬん!!」
私は火炎が止んだ直後、高熱に包まれたその場所に飛び込んだ。
目の前にはココルが付けた傷。
それを寸分違わず逆からなぞる斬撃で、傷口を広げた。
「それ、いいね!」
私が飛び退いた直後、ココルはさらに追撃を重ねた。
繊細さに欠けた斬撃で若干のずれが生じているが構わない。
狙いは共有され、傷口は少しずつ広がっていく。
『地虫共ガ……!』
苛立たしげに振り上げた足が草原を踏みしめる。
ココルは空を飛ぶことはできないようで、たたらを踏んで転倒した。
位置は竜の目前。
その隙を竜は見逃さず、燃え盛る火炎が妖精を襲う。
あわや消し炭かと思った刹那、ココルの正面に大量の煙が巻き起こった。
(違う、湯気か……!)
妖精を焼き払わんと放たれた火炎が水の障壁によって阻まれている。
わずかな猶予を得て体勢を立て直したココルは、軽やかに跳ねて火炎の射程を脱した。
「痛い!火傷する!けど、ありがとう!」
「どういたしましてー」
ココルの加勢によってラウラの自由度が増している。
戦場を流れるように飛び回り、十全の支援を提供していた。
それを見た幼竜がラウラに狙いを変える。
飛行能力では竜に分があるようでレーナはついて行くのが精一杯だ。
「ちょっと、レーナ?」
「うっさい!!」
「もう……。でも、そろそろ効いてくる頃かなー?」
徐々に幼竜の速度が落ち始めた。
空を舞いながら苦しそうに身をよじり、ついに火炎を吐き出すことに失敗した。
『貴様、何ヲ……!?』
「さあ、なんだと思うー?」
ラウラが竜を挑発する間に、レーナと幼竜の戦いは急激に形勢が傾いていく。
幼竜の速度が落ちたことでレーナの速度が幼竜に追いつき、その火力で圧倒し始めた。
『堕チロ、羽虫!!』
傾いた天秤を均衡させるため、竜が幼竜の援護に掛ける手数が増えていく。
その隙に私とココルは大胆に竜を削った。
竜は巨体の重心を移動し、踏みつける構えを見せる。
足を注視し、後退の姿勢を取ったそのとき――――
「あっ!!」
家妖精の叫びと頭上から竜の牙が迫るのはほぼ同時だった。
自力の回避は不可能。
食い千切られる寸前、自ら竜の鼻先へと跳躍し、正面から突いた。
竜にダメージは入らない。
私は竜の勢いと刺突の反動に逆らわず、草原に身を投げ出した。
「おお、すごい!」
「…………」
極限の回避は成功したが、代償は大きい。
剣にひびが入り、利き腕には強烈な痛みがある。
だが――――
(まだだ……!)
剣を失い、利き腕を痛めても。
私はまだ戦える。
私にもまだ、できることがある。
「妖精!剣を突き刺せ!」
「ココルだよ!!」
剣を失ったからなんだというのか。
剣を投げ捨て、ココルに追随する。
竜の視線はレーナに向けられ、その対応はわずかに遅れた。
「はあっ!!!」
裂帛の気合が込められたココルの刺突は竜の傷口を抉り、その巨躯に突き立った。
しかし、まだ浅い。
「跳べ!!」
私の声に応えてココルが跳ぶ。
武器を持たぬ私に竜の警戒は薄い。
好都合だ。
無様でも、みっともなくとも構わない。
(最期まで、生き足掻く!!)
狙うは竜に刺さったココルの大剣、その柄の一点。
「おおおおおっ!!」
腕に付けた小楯で放つ渾身のシールドバッシュ。
それは小楯の中心で、大剣の柄を過たず撃ち抜いた。
剣身が竜の体躯にめり込み、竜は初めて苦悶の声を漏らす。
「それいいね!交代!」
私が飛び退くと、着地したココルが体を捻る。
「これで、どうだっ!!!」
回し蹴り。
メイド服の裾が翻り、金属と金属が打ち合う衝撃音が鳴り響く。
果たして大剣は竜を貫き、剣身は完全に体躯に埋もれた。
あれほどの大剣だ。
竜の巨躯であっても間違いなく臓腑に届いたはずだ。
『オ、オノレ……』
さしもの竜も浅くない傷を負ったはず。
しかし――――それでも竜は動きを止める様子はない。
(これでも届かぬか……)
戦意はある。
身体も動く。
だが、手立てがない。
ひび割れた剣で同じ手は使えない。
打開策を求めて視線が草原を彷徨った、そのとき――――
「失礼します」
我々の前に現れたのは、またしてもメイド服の少女だった。
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