第310話 閑話:竜vs辺境都市6
side:辺境都市領主騎士団 ジークムント・トレーガー
竜に動きを捉えられぬよう、素早く接近して斬りつける。
剣の通った先には傷ひとつない鱗があった。
幼竜の鱗より遥かに硬いが、それだけではない。
剣が鱗に触れる瞬間、明らかに剣が鈍る感覚がある。
(全身が微弱な<結界魔法>に覆われている、だったか……)
竜の魔術防御を破るには剣の技量だけでなく相応の魔法剣が必要だ。
手にした剣はそれを踏まえて選んだ上等なものだが、目の前の成竜の鱗を貫くには些か不足であるらしい。
だが、非力の責を剣に求めるなど恥知らずもいいところ。
足りない分は技量で補うまで。
「ジークムント!当たっても知らないからね!」
「もとより承知!」
『空飛ブ羽虫ニ、地ヲ這ウ虫。鬱陶シイ……』
レーナの<火魔法>は竜に命中する度に甚大な威力の爆発を引き起こす。
しかし、こちらに放たれれば瞬く間に消し炭になるような火力も、竜に対しては目くらまし同然。
炎への耐性が高いのはレーナだけではないということだ。
「レーナ、効いてないよー?」
「うっさい!!ならあんたがなんとかしろ!!」
「私はレーナと違って淑女だから、そういうのはちょっとー」
「やっぱりあんたから先にぶっ殺してやる!!」
喧嘩を始める精霊たちに内心で舌打ちしながら、再び竜との距離を詰める。
そのとき、背後から水精霊の暢気な声が届いた。
「なら、これなんかどう?」
ラウラが作り出した大きな水球が上空で弾け、濁った雨が竜に降り注ぐ。
『コレハ……!?』
竜の魔術防御が雨に反応している。
その部分を斬りつけると、わずかだが鱗に傷がついた。
「特製の腐食薬入り。お味はいかがー?」
『貴様……!』
「やー、こわーい」
火炎の連射をラウラはかわし続ける。
火精霊レーナ、水精霊ラウラ、そして自分を含めた3対1とはいえ、竜との戦いは拮抗していた。
理由は竜の背後にいる2体の幼竜だ。
傷ついて飛べない2体を庇うために、竜の動きが大きく制限されているのだ。
竜の回復力は非常に高い。
傷ついた幼竜はじきに回復して飛べるようになるだろう。
幼竜が参戦すれば戦況は急激に悪化するだろうが、竜の枷が外れるゆえ幼竜に止めを刺すのは悪手だ。
もっとも、目の前の竜は決してそれを許しはしないだろうが。
「くっ……」
人の身で竜と戦うことは容易ではない。
私のユニークスキルは身体能力を極限まで向上させるが、人間の限界を超えて体が頑丈になるわけではない。
これほどの巨竜だ。
踏まれれば潰れ、打たれれば弾け飛ぶ。
一瞬の判断が命取りとなる極限の戦いが続いていた。
「ええい、くらえ、くらえ!!」
レーナの<火魔法>は、少しずつだが竜の体力を削り始めた。
ラウラが回避の合間に浴びせている腐食の雨が効いている。
おかげで剣も通るようになってきた。
しかし――――
「キリがないねー」
立ちはだかるのは竜の回復力。
必死の思いでつけた傷がほんのわずかな時間で癒えていく。
竜はただ耐えている。
我々を牽制しながら、そのときを待っている。
(一か八か、幼竜を……)
時間稼ぎにしかならないとしても幼竜に攻撃を仕掛けるべきか。
そう思案したとき、幼竜の1体と目が合った。
「くっ……」
騎士団が引き受けた幼竜は総攻撃を受けた竜に比べて傷が浅かった。
その傷は癒えかけており、報復の機会を虎視眈々と窺っている。
不用意に近づけば全力のブレスを見舞われるだろう。
ブレスを回避しながら竜の攻撃を防ぎ、幼竜に有効な攻撃を行う。
(成算が低すぎる……!)
そして――――
「ああ!?」
「あらー」
「ぐっ……」
ついに幼竜の1体が飛べるまで回復してしまった。
再び飛翔した幼竜はこれまで痛めつけられた恨みを晴らさんと、血気盛んに襲い掛かる。
「邪魔よ!」
竜と精霊の空中戦。
地を這う人間との戦いとは打って変わって、自由に空を舞う竜は速度で精霊を翻弄する。
徐々に防戦の時間が増え、攻撃が手薄になっていく。
『不本意ダガ、其方ラニ倣ウトシヨウ』
竜が大きく息を吸い込んだ。
鋭敏になった感覚が、これまでにない魔力の高まりを感じ取る。
「ブレス!!」
それが向けられるのは都市の外壁。
そして外壁近くに避難する騎士や冒険者たちだ。
「させるか……ッ、邪魔するな!」
レーナが妨害を試みるが、幼竜を振り切れない。
ラウラは攻撃方向に水の障壁を展開する構えだが、その表情には余裕がない。
そして、魔力の奔流は放たれた。
「――――ッ!」
水精霊の展開した障壁がブレスを受け止めるが、拮抗した時間はほんのわずか。
その猶予によって人々は直撃を回避することができた。
しかし、ブレスは障壁を霧散させ、なおも勢いを保って外壁へ突き刺さる。
「ああ!?」
「くっ……」
着弾は南門の東側。
南東区域の人口は少ないが、それでもどれだけの被害が出るか見当もつかない。
そう考えて――――ふと、様子がおかしいことに気づいた。
ブレスが外壁に突き刺さり、眩い光を放っている。
それだけだった。
外壁を貫通して大勢の人々の命を奪うはずのブレスが外壁で押しとどめられ、ついには止んだ。
魔力が弾けて残滓になった後で、外壁には巨大な魔法陣が浮かぶ。
竜のブレスを防ぐほどの魔術防御。
そんなものがあるという話は、聞かされていなかったが。
誰もが目を疑い、動きを止めたそのとき。
風のように草原を駆ける者がいた。
「うりゃああっ!!」
『ナッ…!?』
少女が武器を振り抜いた瞬間、竜の血飛沫が宙に舞う。
すぐさま吹き付けられた火炎を回避し、それは大きく跳躍して距離を取った。
身の丈ほどもある大剣を構えて竜と相対し、その者――――場違いなメイド服を纏う少女は叫んだ。
「ようやく!ココルの出番、きたー!!」
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